2017年9月29日金曜日

フランス映画祭2017『エタニティ 永遠の花たちへ』上映後トークショー text藤野 みさき

© Rumi Shirahata/UniFrance

愛とは学ぶことであり、与えられるものではない
――『エタニティ 永遠の花たちへ』劇中の台詞より

 ヴェネツィア国際映画祭へ出品された『ノルウェイの森』から早7年。トラン・アン・ユン監督待望の最新作は、19世紀から現代へと紡がれる女性たちの生命の足跡を綴った美しい人生賛歌である。ものがたりの始まりでもあり、映画の中心のヴァランティーヌ役をつとめるのは、『アメリ』でおなじみのオドレイ・トトゥ。その他にメラニー・ロラン、ベレニス・ベジョと仏映画界の実力派女優たちが、婚約者の恋人、その親友であり親に決められた結婚を乗り越えてゆく女性の姿を演じる。
 名撮影監督マーク・リー・ピンビンが映し出す、自然や花々の色彩豊かな映像美とともに、台詞をできるかぎり排除し、人物の顔や表情、映像や音楽でものがたりを描くことを試みたというトラン・アン・ユン監督。質疑応答では、その撮影秘話や、俳優たち自身の人間性・映像に託した思い、そして監督自身の大きなテーマでもある「美」についてを語った。

(2017年6月25日(日)有楽町朝日ホールにて 取材・構成・文:藤野 みさき)

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Ⅰ ものがたりの誕生に至るまで

矢田部吉彦(以下矢田部):トラン・アン・ユン監督、お迎えできて本当に光栄です。ものすごく美しい映画をつくってくださって感謝申し上げます。まず観客の皆さまに一言ご挨拶のお言葉を頂戴できますでしょうか。

トラン・アン・ユン(以下TAH):皆さま、本日はこの映画の上映にお越しくださって本当にありがとうございます。朝、というフレッシュな時間に皆さまにお見せできたことを嬉しく思っております。
そして、いま客席の中に『ノルウェイの森』時代の友人が来てくださっています。今回の映画『エタニティ 永遠の花たちへ』では「子どもが産まれる」ということがもちろんテーマになっていますので、この上映に来てくださり、子どもさんが産まれた友人に「おめでとう」と申し上げたいと思います。

会場:拍手

矢田部:ありがとうございます。いまおっしゃった『ノルウェイの森』が2010年ですから、7年ぶりの作品になるわけですけれども、『ノルウェイの森』とはまったく違う世界の物語で、どのようにしてこの映画の着想を得られたのか、映画の誕生のいきさつを教えていただけますか。

TAH:実は『ノルウェイの森』を終了して1年後には、今回の『エタニティ 永遠の花たちへ』のシナリオができていたのですが、資金を集めるのに時間が掛かりました。

矢田部:お金……は、このキャストを見るとお金は集まるのではないか、と思ってしまうのですが、そういうものでもないのでしょうか。

TAH:そのことにつきましては、出演してくださった俳優さんたちがいつもよりも低いギャラでこのオファーを受けてくださったのです。おそらく、平均としていつもの彼等の10分の1ほどではないかと思われるギャラで承諾してくださいました。

矢田部:ありがとうございます。

 矢田部さんから会場へと質問のバトンが渡される前に、トラン・アン・ユン監督は観客の皆さんにこのような質問をされました。

TAH:皆さんは、この映画をご覧になられて、涙を流されましたか? 私は映画を撮りながら何度も泣きました。

 そして、その質問に答えるかのように、会場からはあたたかな拍手がトラン・アン・ユン監督へと送られました。

© Rumi Shirahata/UniFrance


Ⅱ 主演女優・俳優たち ベレニス・ベジョとの逸話

Q1. 素晴らしい映画を、本当にありがとうございました。この映画では登場人物の台詞というものが極端に少なく、表情や動き、映像と色彩の映画だなと感じました。そして質問は、おそらくこれは多くの方々が訊きたいのではと思うのですが、主演のオドレイ・トトゥさん、メラニー・ロランさん、ベレニス・ベジョさんの起用についてです。特に、ベレニス・ベジョさんですけれども、個人的にとても注目をしている女優さんの一人で、『アーティスト』(第84回アカデミー賞作品賞受賞作品)でも主演女優賞にノミネートされましたよね。それから『ある過去の行方』(2013年、アスガー・ファルハディ監督)にてカンヌ国際映画祭でも主演女優賞を受賞されました。すごく注目をしている女優の一人なので、ベレニス・ベジョさんの起用の過程についてをお伺いしたいと思います。

TAH:キャスティングは割とシンプルに進行いたしました。一番大切だったことは、もちろんその時スケジュールが空いている方を探す、ということだったのですが、その他で重要視をしたのは、その人たちの顔からヒューマニティ、人間性が感じられるということでした。今回の映画では顔を見せる映画にしたいと思っていたのです。つまり、その人の人生や人間性というものが、なにかその人の顔を見ただけで感じられるような作品にしたいと思いました。そして本作はストーリーらしいストーリーはなく、シーンらしいシーンはなく、心理描写を排除しているのですけれども、だからこそ、俳優が場面に現れた時にそこに人間性が現れている、という風にしたかったのです。
そして、私はこの作品の原作を読んですごく感動しました。その時に私が覚えた感動、エモーションというものを伝えたいと思いました。そのために特別な映画の表現方法、それはとても大胆なものだったのですけれども、さきほど申し上げましたように、ストーリーらしきストーリーがない、心理描写がない、シーンらしいシーンもないというものでしたが、この手法があの感情を伝える唯一の方法だと思ったのです。私が原作を読んだ時に感じたのは、「時の流れの偉大さ、雄大さ」というものだったからです。

矢田部:いま会場のお客さまが、ベレニス・ベジョさんにとても注目をされているということだったのですが、彼女と仕事をなされて、どのような女優さんであったのか。その印象をお聞かせいただけますか。

TAH:楽しかったです! 彼女は出演をする女優さんの中で唯一私に“イラついていた”女優さんでした。

会場:(笑)。

TAH:撮影中、最初から彼女は「率直に言って、私は何をやっているのか分からないわ!」と言いました。そして、撮影前に私は役者さんたちを集めましてミーティングを行ったのですが、そこで一つ約束をしました。私自身、確信はなかったのですけれども。実はその時点で、私がどのように映画を撮ろうか、どのような映画になるのか。ということが分かっていなかったのです。その時に私が皆さんに言ったことというのは、「恐らく撮影期間中あなたたちは途方にくれたり、不満を覚えたり、フラストレーションを感じたりするかもしれません。でもここで約束できるのですが、この映画は、終わったらば、完成したらば、そこに見られる豊かな表現というのは、いまあなたたちが想像している以上のものに必ずなります」と言いました。……でも、私自身、本当はその自信はなかったのですけれども。でも「撮影はしなければならないので、俳優さんたちを安心させなければならないのです」とも言いました。
(ベレニス・ベジョが劇中着ている、ウェディングドレスに列なる袖のボタンを外す動作をしながら)新婚初夜のシーンで、ここのボタンを一つ一つ外さなくてはならず、それが彼女にとってはなかなか難しかったのです。なので、私が例を何度かやって見せました。ですが、お手本を見せてもらうにも拘らずできないということに彼女が苛立ちまして、「私はあなたの操り人形じゃないのよ!」と怒ったのです。「そのようなことをされて、私が下のように感じるわ」と言って怒ったので、私のほうで謝りました。撮影を続けなくてはならなかったので。でも、そのようなことがあったからこそ、そのあとすごく仲良くなることができました。

矢田部:ありがとうございます。

Ⅲ 女性視点である印象・感性について

Q2. とても美しかったです。お花のある暮らしというものがこんなにもすてきで、幸せな感じが映画の中から伝わってきて、それが自らの家の中にあったらすごくすてきだろうなって思いました。いま(結婚初夜の)お袖のシーンの話しが出ましたが、あのシーンもすごく美しいなと思ったのです。全体的に女性の視点で描かれた、女性の感覚が盛り込まれたもので、男性の監督が撮られているということが不思議に思う部分もあるのですが、監督としましては、あえて女性視点で撮られていったのでしょうか? それとも監督自身の男性的な部分を折り込んだところもあったりするのでしょうか?

TAH:この原作のお話に私は感動をしたので、何か女性的なものを目指したというより、原作の世界を、如何に、どのようにして映画的言語に置き換えるのか。そして、洗練された映画表現に移し換えるのか、ということをまず目指しました。なので女性的な感覚、とおっしゃってくださいましたけれども、自分の感性・感覚というのがどこから来るものなのかというのは、自分では意識しておりません。ただ一つ面白いのは、私の1本目の映画であります『青いパパイヤの香り』がカンヌ国際映画祭で紹介された時に、私の、このアジア風の名前「トラン・アン・ユン」というのは欧米の人にとっては男性なのか女性なのかわからないということで、女性だと思われた方が多いらしく、私が登場したところ、男性であるということを見て驚いた人がたくさんいらっしゃったそうです。ですから、私はしばしば冗談を言うのですけれども、自分はカンヌで性転換をしたんだ。という冗談を言います(笑)。

Ⅳ ベトナム戦争 大家族への想い

矢田部:ありがとうございます。いま『青いパパイヤの香り』のお話しが出ましたけれども、『夏至』でも姉妹のしっとりとした関係が描かれていて、とてもこの作品にも繋がるなと思ったのですが。

TAH:そうですね。自分で分析をしたことはないのですけれども、常に私の映画では家族が出てきます。私の家族というのは、ベトナム戦争のこともあり、とても少人数なのです。私の家族というのは、両親と弟しかいないと。そして、私は家族が少人数であるということを、とても“脆い”と感じていたのです。何かあったら家族がいなくなってしまうのではないか。そのようなことを思っておりましたので、この原作本で描かれている大家族、家族がいっぱいいる、ということに非常に感銘を受けたのです。そしてこの映画でも、最後に二つの家族が合体をして、16人の子どもが一つのテーブルの周りに集まって食事をするシーンというのがあるのですけれども、あの場面などが私がとても感動してしまうところなのです。

矢田部:ありがとうございます。

Ⅴ 人間は自然の一部であるということ 永遠から見た視点

Q3. ありがとうございます。夢のような2時間でした。僕は監督の作品、この映画もそうなのですけれども、『青いパパイヤの香り』からずっと見てきて、一番の魅力というのは、人間と風景の調和された映像と言いましょうか、風景ととても一体感があるということです。それはただの映像の美しさというよりも、そのことを描くことによって、毎回人間は自然の一部であるという、当たり前のことにハッと気付かされます。特に今回の場合のような大家族の何年もの時の流れの中で、生と死が循環されてゆく。その中には理不尽な死も含まれていたりするわけですけれども、それでも、その生と死の循環というのは自然の摂理の中の一つの風景として世界の中で調和をしている、その美しさのようなものをとても強く感じました。これは僕の勝手な監督の作品の魅力なのですが、監督ご自身の世界観、その根底にあるものというのは、既に持たれているものがありましたら、教えていただきたく思います。

TAH:いまおっしゃっていただいたことをまさしく感じております。映画作家といたしましては、もちろん人生に対するビジョンというものを映画で見せてゆく、つまりはスクリーンを通して人生というものを表現してゆくことを目指しているのですが、その点において自然というものは私にとって一つの方法、一つの手段でありました。何の手段かと言いますと、人間が感じる感情を視覚的なものに表す、そのクォリティというものを表すというのに自然が私の映画において重要な役割を果たしております。
もう皆さまお気づきだと思うのですけれども、この映画は“永遠”から見た視点というもので語られています。そして、永遠から見た場合にどうなるのかと言いますと、人生のディテールというものはすべて消えてしまうと。本当でしたら描かれる戦争の詳細ですとか、家族の問題の詳細ですとかはすべて消えてしまって、そこで繰り返されるのは、婚約・結婚・出産・死といったものがどんどん流れてゆく。そしてこのような方法、このような見せ方というのが、時の流れを表す唯一の方法だと思ってこのような手法をとっています。つまり長い時の流れから見れば、残るものは思い出だけなのだ、ということです。

© Rumi Shirahata/UniFrance

Ⅵ 音楽の効果~観客自身が物語りを紡ぐということ~

Q4. 映像とそれから表情と、ということを先ほどの方もおっしゃられていたのですが、もう一つ、僕は非常に音楽が(登場人物たちの)表情の説明をしてくれているような気がしたのです。例えば、不安感を煽ったり、これから訪れるであろう死であったりということを、とてもピアノが表しているなと思ったのですが、監督の中でシーンを撮っていらっしゃる時にあの音はなっていたのか、それとも、映像を編集した時に「この音だ」という風に思われたのか。その辺の意図をお伺いできたらと思います。

TAH:コメントをありがとうございます。おっしゃられたように、こうした音楽の使い方というのは、これまでの私の映画の中では無かった手法で、このような音楽の手法は今回初めてやってみました。ご覧のように、この映画においては映像というのがナレーション的な繋ぎ方はしていないと。なのでむしろ、音楽によって物語りを語らせるということを試みてみたのです。そしてもっと正確に言いますと、音楽がお話しを語っているのではなく、観客の皆さんご自身でお話しを紡ぐその手助けを音楽がしているのだと思います。つまり、まるで観客の皆さんが作家になったような気持ちで映画を見ながらお話しを紡いでいる。そのような仕掛けになっています。それはまさに音楽が、観客がもっている美の意識を刺激することにより、そうした状態が生まれるのです。
そしてこの映画で流れている音楽というのは、私がよく知っている、いつも聞いている音楽を選んでいるのですけれども、これは編集段階で映像に音楽をテストをしていってつけたものです。驚いたことに4分間あるような長い曲、例えばフランツ・リストのピアノ曲というのは、画に合わせることがとても難しいのですけれども、今回の映画は驚くほど編集した画に音楽がぴったりと合ったのです。そこであまりにも音楽と画が一致するので、編集担当者が一つの仮説を立てて私に話してくれたのですが、その方の仮説いわく、私があまりにもその曲をよく知っているので、撮影をしながら音楽が私を導いていたのだろう、と。それがゆえに映像にあとから音楽をつけたら、こんなにも長い曲でもぴったりと合うのだろうと言いました。

矢田部:ということは、撮影中でも監督の無意識下で音楽が流れていたのかもしれない、ということですね。

TAH:はい、そうなのです。

矢田部:ありがとうございます。

Ⅶ 愛する人への思い出 美しさこそが残るもの

Q5. この映画はナレーションがとても魅力的だったと思うのですが、前半に比べて、後半になるにつれて要所要所に(ナレーションが)入ることの回数が減っていったように気がするのですが、何か理由がありましたら教えてください。あとは、映像ですね。人が亡くなったあと、(亡くなった人物の)回想シーンが流れている気がするのですが、神の視点と言いますか、時間の流れに抗うような、断ち切るように入ってくるのがすごくすてきだと思いました。

TAH:これは“思い出”についての映画です。死のあとに見えてくる映像というのは、生きている人の死者に対する思い出の映像なのです。でも、神の視点ではありません。そして、ナレーションの入れ方の密度と言いますのは、自分では意識したところはありません。私は(ナレーションの)入れ方というのはいつも勘で選んでおりますので、ここが必要、ここが良い、というところに随時入れております。
いま、皆さんのお話しの中でも「美」ということばがたくさん出てきましたけれども、私は美こそが残るものだと思っています。それは映画においてもそうですね。そして、映画における美、映画が美しいと感じる時は、その伝わり方が正しい時にしか美しさを感じないと思うのです。どんなに美しい映像を撮っても、それがそこに在る息というものがなければ、人々はインパクトを感じないのです。私は映画作りにおいて常に映画館を出る観客の方に、何かしらの美を残し、その人に残る美を与えて、映画館をあとにしてもらいたいなと思いながら、作品づくりをしています。そして、そのために観客の方々がそれぞれ持っている美の、美意識の潜在的な力を呼び覚ますような、そのような作品づくりを心掛けているのです。

* * *

 思い返すと、この映画では「愛してる(ジュテーム)」ということばがなかったことに気がつく。
 でも、妻が夫を、夫が妻をみつめるまなざしに、ことばはなくとも、ただその交される瞳だけで、ふたりは愛し合っていることが充分に伝わってくる。甘く、優しい口づけ。ふたりの恋が始まった花園。花園にある小道を走り、振り返ったときの彼女の笑顔と、その美しい髪を揺らした風。その瞬間こそが永遠に息づき、大切な想い出としてのこるものであるのだと。
 愛情はおたがいが想い合えることもあれば、一から育んでゆくこともある。親の決めた結婚では、夫が「君のことを、僕はまだ愛していると言えない。でも、これからふたりで学んでゆこう」とつげる。「愛とは学ぶことであり、与えられるものではない」という劇中の美しいことばがあるように、相手に求めること、愛されたいと受動的に願うことだけでは、愛情を育むことは難しい。恋愛の美しいところに想いをはせるのではなく、ふたりで「学んでゆこう」と。おたがいを想いあい、すこしずつ相手を知りながら、育まれてゆく愛があることを映画はあたたかく映し出す。

 本編上映前、トラン・アン・ユン監督はこれから映画を観る私たち観客の様子を、朝日ホールの扉の傍で、そっと見守っていた。そのときの監督の優しさに満ちた笑みと、身の振る舞いから滲みでる知性を忘れることができない。質疑応答でも述べていた「観客の皆さんに、(何かしらの)美を残し、与えたい」というトラン・アン・ユン監督の願いが、この映画を通して多くの方の心へと届くことを願っている。そして、劇場をあとにしたときに感じた映画の息遣いを、私も心のなかで大切に育んでゆきたい。

(text:藤野みさき)


 『エタニティ 永遠の花たちへ』
原題:Éternité/2016年/1時間55分/フランス=ベルギー合作

監督:トラン・アン・ユン

公式ホームページhttp://eternity-movie.jp

劇場情報
9月30日(土)、シネスイッチ銀座ほかロードショー


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『フランス映画祭2017』               
   
開催日程:2017年6月22日(木)~25日(日)※会期終了 
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
オープニング作品:カトリーヌ・ドヌーヴ主演『The Midwife』(邦題:ルージュの手紙)
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、未来の映画館を作るワークショップ第一期受講生。映画のほかでは、自然・お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが趣味。この秋は、敬愛する作家、ジャン=ピエール・メルヴィル監督の特集上映をとても楽しみにしています。

Twitter:@cherrytree813

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