2015年6月27日土曜日

映画『THE COCKPIT』text高橋 秀弘

「コクピットの窓から―」


がらんどうの様な部屋。壁にくっついたエアコンとポスターが奥に、手前にターンテーブルとキーボード、それと四角いボタンだらけの妙な機材があるぐらいだ。そこにゾロゾロ男達が集まる。室内だけれど帽子を被っている彼(OMSB)と室内だけれどパーカーのフードを被るもうひとりの彼(Bim)が機材のそばへ。おもむろにターンテーブルのスイッチを入れる。ブーンンン。「おおお、ノイズ出まくり」。

 OMSBとBimと仲間たちはヒッピホップ・アーティストで、どうやらこの小さなマンションの一室で1曲作るらしいのだが、始まりを告げる説明的なものはない。ヒップホップに疎い僕は最初、レコードの曲を聴きながら、とりとめない冗談、雑談を交わしてまたレコードをかける彼らの、どこからどこまでが曲作りなのかよく分からなかったが、黙々と手を動かし続けていたOMSBが、やがて身体でリズムを刻み始め、妙な機材の上のいくつものボタン(機材はサンプラー、ボタンはパッドというらしい)を連打してビートを作っている頃には、彼らの真剣に遊ぶノリが分かってきたし、それどころか曲が形となっていくその手応えも感じるようになっていた(身体が自然とリズムにのっていた)。ビート作りまでが1日目の夜のことで、あけて2日目はOMSBとBimのふたりでリリックを書き始め、その後レコーディングという流れが続く。

 64分の本編を見終わった時、あたかも自分は現場に赴き、全過程に立ち会ったのだと錯覚してしまうような感覚を覚えた。さらに不思議なことに、『THE COCKPIT』という映画そのものの制作現場も体験したような気がした。

 現場(現実の時間)・音楽(曲の時間)・映画(の時間)。この3つの時間の流れがある。軸になる現場に流れていた現実の時間を、64分なら64分にまとめるのが基本的な映画の時間(編集)だとすれば、『THE COCKPIT』はまとめるという作業から程遠い、そうではない時間を志向しているように思われる。ダイジェストではなく、現場で起きる面白い出来事、冗談、何気ないようでハッとする言葉、陽気なノリまでも、立ち上がって来るそれら瞬間々々を細大漏らさず見つめ、その変化を映し出そうとしているように思う。

 瞬間を大切にすれば、全体像はぼやけてしまうかもしれない。確かに曲の時間についてははっきりしない。例えばレコーディングのシーンでは、OMSBとBimがヘッドホンで聴いている音は観客には聴こえない。曲の仕上がりの進捗状況が分からない。しかし、音はなくても、彼らのラップを聴くことがまさに現場にいるライブ感となり、ラップを録音すれば、またひとつ曲が形になろうとしているのだと感じられる。

 定点観測のような固定カメラと手持ちカメラで撮った映像が、音楽的リズムによって大胆に軽やかに、それからRedBullでの乾杯、コップを受け取りテーブルに置くといった、日常動作のアクションつなぎによって端的に、編集されている。曲作りの現場の空気、動きの微妙な変化を切り取ったショットの積み重ねによって、映像のもつライブ感に、編集のリズムが加わり、新たな現場の時間が生まれる。それだけでなく、本編の64分以外の映らなかった時間をも意識させてくれる。本作はそのような時間の広がりをもっている。

 そして、新たな現場の時間と映画の時間は、ほとんど同期しているようかのようだ。『THE COCKPIT』は、“今、作られつつある映画”として、映画館での上映によって開始後64分にいよいよ完成するのではないかという感覚。つまりそれはライブといっていいかもしれない。

 現実の写しのようなリアルな日常を描き、スルーされがちな小さな事柄に物語を見出そうとする映画が生産される一方、本作は日常を描こうとするのではなく、日常を生きている人物たちの瞬間々々を撮ろうとしている。観念的でスタティックな日常なんかいらない、シンプルに目の前のラッパーたちの一挙一動を撮ることがつまり、生きている瞬間を捉えることであり、その瞬間の変化が日常でありリアルなんだ、と本作は教えてくれる。映画のキャッチフレーズは“KEEPIN’ IT REAL”(リアルに生きてる)。

 本作を映画館で見るということは、カメラレンズという窓を通して特等席からOMSBやBimのコクピットの中を少しだけ見ることである。本編の中で、リリックを考えるBimがOMSBに「半径5mのことを書く」といったことを口にする印象的なシーンがある。そう、才能ある彼らにも当たり前に半径5mの世界があり、彼らはその「半径5mの生活感覚とか実感を絶対に手放さずに*」生きている。きっと彼らのコクピットは、半径5mほどの大きさで、すべてはそこから始まり、手に入れた実感=エネルギーを燃焼させながら、来るべく瞬間々々めがけて、昼も夜も飛行しているのだろう。そのように思う。

 勿論、スクリーンという窓を通してこれまた特等席から『THE COCKPIT』というコクピットを見ることでもある。さて、コクピットの中の彼らは窓の外の風景をいつも見ている。その風景の中に観客の姿もあるだろう。自分はどうだ、コクピットの中にいるのだろうか。

 本編の後半、飛躍的なショットのつなぎがある。思いもよらない形で現れたそのクロース・アップショットに驚いた。そのつなぎ、そのショット、そのとき流れているラップ。驚き以上の面白さがあったけれども、果たしてその面白さが何なのか、2度見ただけでは知るに足りない。その実感を手放さずに、より確かなものにするために、また映画館に足を運ぶつもりだ。そうして『THE COCKPIT』の窓から三宅監督が見ていた風景を、自分も少しは見ることができるといいのだが。

*nobody掲載の「Do Good !!『THE COCKPIT』三宅唱(監督)&松井宏(プロデューサー)interview」から三宅監督の言葉を一部抜粋。(nobodymag http://www.nobodymag.com/interview/cockpit/

元気が出る度★★★★★
(text:高橋 秀弘)



映画『THE COCKPIT』
2014/日本/64分

作品解説
とあるマンションの一室で、ヒップホ­ップ・アーティストのOMSB、bimらが仲間と集まり、楽曲作りに取り組む姿と楽曲が生まれるまでのプロセスを記録した音楽ドキュメンタリー。本作のなかでしか聴けない曲­「Curve Death Match」が完成するまでの2日間の様子を追い、アーティストたちの日常と地続きの創作風景を映し出して行く。

出演
OMSB( SIMI LAB)
Bim( THE OTOGIBANASHI'S)
VaVa(SIMI LAB)
Heiyuu( CDS)
Hi'Spec( CDS)

スタッフ

監督:三宅 唱
撮影:鈴木 淳哉、三宅 唱
編集:三宅 唱
プロデューサー:松井 宏
宣伝:岩井 秀世
アートワーク:可児 優

公式ホームページ:http://cockpit-movie.com/

劇場情報:全国順次公開中!!
     横浜シネマリン 2015年7月11日(土)〜24日(金)
     ユーロスペース(アンコール上映) 2015年7月18日(土)〜31日(金)など

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