2015年10月29日木曜日

第28回 東京国際映画祭《コンペティション部門》審査委員記者会見text藤野 みさき

写真左から、ベント・ハーメル監督、トラン・アン・ユン監督、ブライアン・シンガー監督、ナンサン・シーさん、スサンネ・ビア監督、大森一樹監督

 2015年10月22日(木)に開幕した、第28回東京国際映画祭。盛大なオープニングから一夜明けた23日(金)の朝、TOHOシネマズ六本木では審査委員記者会見が行われ、計六名の審査委員が本映画祭に対する意気込みを語った。

 本年の審査委員長は、『XーMEN』シリーズ『ワルキューレ』他数々のハリウッド大作の監督を務める、ブライアン・シンガー。他審査委員は、これまでも東京国際映画祭に何度も出品経験のある、ノルウェーの映画監督、ベント・ハーメル。『未来を生きる君たちへ』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞するなどの輝かしい実績を持つ、デンマークが誇る名匠、スサンネ・ビア。これまで数多くのヒット映画をを手掛けたプロデューサー、ナンサン・シー。村上春樹原作、菊池凛子、松山ケンイチを主演に迎えた『ノルウェイの森』の監督を務めた、トラン・アン・ユン。そして日本からは『ゴジラVSキングギドラ』等の映画で知られる大森一樹監督が名を連ねた。

ブライアン・シンガー監督

 はじめに「この度東京国際映画祭の審査委員長という役目を担えること、そして素晴らしい方々と仕事ができることを非常に嬉しく思います」と、ブライアン・シンガー監督が感謝の気持ちを述べた。どんでん返し映画の金字塔として輝き続ける『ユージュアル・サスペクツ』と共に初来日を果たして以来、シンガー監督はこの度で8度目の来日となる。

 続いて「大好きな日本に5年振りに来られたこと、そして東京国際映画祭の審査委員として参加できることを本当に嬉しく思います」と、トラン・アン・ユン監督が喜びを語った。「日本食が大好き!」と言うナンサン・シーは「今までも日本には沢山来ておりますが、こうして来日できることが非常に嬉しいです」と発言。昨年の東京国際映画祭コンペティション部門にて『1001グラム ハカリしれない愛のこと』が出品されたベント・ハーメル監督は「1年振りの来日はもちろん、この度は審査委員として来ることができて嬉しく思います」と言葉を続けた。また今回が初来日となるスサンネ・ビア監督は「初めての日本、そして初めての東京国際映画祭で審査委員を務めることを光栄に思います」と、感慨深く、丁寧に言葉を紡いでいた。大森一樹監督は「日本を代表する審査委員としてこの場に立てることを光栄に思うと同時にプレッシャーを感じております」と胸の内を明かし、改めて東京国際映画祭という舞台の大きさを感じさせる。



トラン・アン・ユン監督
 質疑応答で挙った、映画祭における映画を観る一つの基準について、ブライアン・シンガー監督は「映画祭は様々な国の映画を観られることはもちろん、コメディー、ホラー、ドラマと出品作品のジャンルも非常に多彩です。国の文化の違い、ジャンルの違いを含めて、判定をする基準は非常に難しいと思っております。そしてその中から作品を選出することは、我々審査委員の真剣に取り組まなくてはならない大きな課題でもあります」と述べる。

 他の審査委員の良い映画の基準として、トラン・アン・ユン監督は「最も大切なことは“言葉”です。万国共通して、素晴らしい映画は言葉で物語を語ることができます。物語の中で紡がれる言葉たちを、私は重要視しながら観ていきたいと思っています」と語り、ナンサン・シーは「映画を観た時に、自分の心が映画と相通じるものがあり、映画と自分との間に絆が生まれた時や、観終わった後自らの人生により良い影響を与えてくれる作品が、私にとっての良い映画の基準です」と話を続けた。

写真左から、ベント・ハーメル監督、トラン・アン・ユン監督、ブライアン・シンガー監督
 日本人監督の中で影響を受けた監督について訊かれると、審査委員一同、口を揃えて黒澤明監督と答えた。スサンネ・ビア監督は若い時から影響を受けていると話し、ブライアン・シンガー監督は「映画を学び始めた頃から黒澤明監督の映画に触れる機会が多く、三船敏郎さんにお会いするという幸運にも恵まれました。大先輩である、スティーヴン・スピルバーグ監督や、ジョージ・ルーカス監督も黒澤明監督の映画を敬愛していたこともあり、彼が私に与えた影響はとても大きなものです」と、自身の過去を振り返りながら、生き生きと語っていた。黒澤明監督の映画はもちろんのこと、『四谷怪談』に慣れ親しんできたと言う、ナンサン・シー。「香港では日本映画が盛んで、小津安二郎監督の映画も数多く観ました。私がイギリスに留学をしていた時、チケットを取るため何時間も劇場に並び、黒澤監督を拝見する機会を得たことがあります。その時の『私は毎日学ぶことがたくさんあります』と仰られていた黒澤監督の言葉が、今でも私の心の中に残っています」と、日本映画、そして黒澤明監督への尊敬の念を明かした。そして日本映画が大好きだという、トラン・アン・ユン監督からは、黒澤明監督、小津安二郎監督の他に、溝口健二監督、成瀬巳喜男監督、柳町光男監督、橋口亮輔監督、是枝裕和監督と、質問を受けるなり多くの映画監督の名前があがり「私は常に日本映画から学ぶことがあります」と述べた。ベント・ハーメル監督は、黒澤明監督の『羅生門』を友人に勧めたばかりだと明かし、大森一樹監督は「黒澤明監督がこうして世界中の映画監督に影響を与えていることに感激をしています。私は高校時代に黒澤監督の『赤ひげ』を観て医者を志し、医学部へ進学をしたのですが、医学を学び、自分は映画を学びたいのだ思いました。そして映画監督の道に進んだのですが、その選択は間違ってはいなかったのだと皆様のお話を聞いて思います」と、日本映画が世界に影響を与えることの喜びと、自身の経験を語った。

スサンネ・ビア監督
  現在の政治問題、社会背景も映画を審議する基準として含まれるのか? という問いかけに対し、ベント・ハーメル監督は「映画を観るにあたり、社会的、政治的背景は非常に大切な要素です。答えを出す、ということは難しいことですが、これから映画を観て様々なことを皆で論議をしていきたい」と発言し、トラン・アン・ユン監督は「私にとっては、やはり語られる“言葉”が大切です。何十年後に観た時も、その映画が自分の心に届くのか、何かを語ってくれるのか、という事が重要なことです」と述べる。ナンサン・シーは「物語がどのように語られ、役者たちが演じるのか、というのは良い映画において必要な要素です。そこに政治的背景を捉えながら、万国共通して、50年後に観たときでも、何か心に訴えかけることがある作品というものこそが、真の素晴らしい作品であると思います」と語った。

 最後にブライアン・シンガー監督は「様々なジャンルはもちろん、ホラー映画を出品するのは本当に勇気あることだと思います。映画祭はこういったものでなければならない、という決まりはありません。東京国際映画祭のように、より多くのジャンルの映画を揃えるということは本当に素晴らしいことだと思います」と述べ、この記者会見を締めくくった。

 時差ぼけなどの疲労がありながらも、冗談を交えて様々なことを語ってくれた審査委員長のブライアン・シンガー監督を始め、スサンネ・ビア監督は、常に正面を見据えて真剣な眼差しで一つ一つの言葉を選び、紡いでいた。きらきらと大きく瞳を輝かせながら日本に来る喜びを表していたナンサン・シー、物腰の柔らかいベント・ハーメル監督、落ちついてしっかりと物事を語っていた大森一樹監督に、知的で生き生きと話す姿が印象的だった、トラン・アン・ユン監督。会見時も終始笑顔の絶えなかった審査委員たち。最終日、どのような作品が最高賞に選ばれるのか、その行方にさらに期待と関心が高まった。

審査委員たちの魅力度:★★★★★
(text:藤野みさき)



第28回 東京国際映画祭
28回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される。(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)
若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」では国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」などを始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。
国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報
2015年10月22日(木)〜31日(土)

上映スケジュール
http://2015.tiff-jp.net/ja/schedule/

会場案内
http://2015.tiff-jp.net/ja/access/

公式ホームページ
http://2015.tiff-jp.net/ja/

2015年10月18日日曜日

「山形国際ドキュメンタリー映画祭2015訪問記」text 高橋 雄太

二年に一度、山形で開催されている山形国際ドキュメンタリー映画祭。名前が示すようにドキュメンタリー映画に特化したイベントであり、世界中から多くの作品が集まる。2015年、念願かなって参加することができた。

「インターナショナル・コンペティション」、「アジア千波万波」、「日本プログラム」、「ラテンアメリカ——人々とその時間:記憶、情熱、労働と人生」、「アラブをみる——ほどけゆく世界を生きるために」など数々の企画がある。

私が経験できたのは映画祭のほんの一部に過ぎないが、映画、会場などの情報を含めたレポートをお送りする。

・期間


開催期間:2015年10月8日-15日

筆者の参加期間は10-12日

・利用した交通手段

往路:新宿~山形駅の夜行バス、所要約6時間

復路:山形~東京の山形新幹線、所要約3時間

夜行バスは5:30頃に山形駅到着。映画の上映はだいたい10:00頃に始まるため、4時間ほど暇を潰さねばならない。しかし、山形駅周辺には早朝に開いているファストフード、ファミレス、ネットカフェなどが見当たらない。開いているのは松屋とコンビニくらい。同行した友人と山形駅構内で長い時間を過ごすことになった。また、夜の移動は疲れるので、肝心の映画鑑賞にも支障が出てしまった。

市内交通について。会場近辺を循環するバスがあるようだが、筆者は利用しなかった。会場間、ホテル~会場も全て徒歩で移動した。

・会場


映画祭の会場は複数あり、いずれも山形駅東口側に集中している。時間が許すなら、複数の会場を行き来するスケジュールを組むのもよい。徒歩での移動がちょうどいい散歩になり、気分転換ができる。

会場は以下の通り。

フォーラム:シネマコンプレックスであり、一般の映画も上映されている。山形駅から伸びる大きな通りを歩き、交差点を左折したところにある。山形駅から徒歩10分弱。(写真1:フォーラム

山形市民会館:フォーラムの隣にある。大ホールと小ホールが会場になっている。

山形市中央公民館:フォーラムの北東方面、繁華街の七日町にある。複数の店舗が入っているアズ七日町ビルの6階のホールが上映会場。 (写真2:山形市中央公民館のビル入り口

山形美術館:山形駅から見て線路とほぼ平行な方向にあり、他の会場からやや離れている。映画の上映だけでなくシンポジウムなども行われる。



写真1


写真2

・宿泊 


山形駅の東側、駅と映画祭の会場から徒歩圏内のビジネスホテルに泊まった。

山形駅の近くに多くのホテルが見られたが、映画祭期間中には混雑するとのこと。山形駅以外の駅に宿を取ることも可能らしい。だが、鉄道の本数が少ないこと、後述の香味庵などで遅くまで飲食することを考えると、山形駅周辺に宿泊することが望ましい。

・香味庵


映画祭期間中に関係者・観客が集まるお食事処。 (写真3:香味庵入り口)

知り合いとはもちろん、見知らぬ人とも気軽に話せる雰囲気である。筆者は地元のおじさまと同席し、日本酒をおごってもらった(ごちそうさまでした)。

入場料500円(ワンドリンク、おつまみ付き)。追加のドリンクは有料。日本酒、ビール、ソフトドリンクが揃っている。

無料の芋煮、うどん、漬物が振舞われる。ただしすぐになくなってしまう。有料の食べ物はおにぎりと唐揚げ。

おおよその位置は、山形美術館の東、フォーラムと山形市民会館から見て北。フォーラムから徒歩15~20分が目安。

宴会場としての営業時間は22:00~2:00。



写真3

・チケット 


1回券、3回券、10回券、フリーパスがある。いずれの種類にも前売り券と当日券があり、前売り券の方が安い。なおシンポジウムやトークイベントなどは無料のケースもある。

映画の座席は予約制ではなく自由席。当日券・前売り券関係なく会場に並ぶ。人気のある作品では会場の外まで行列ができ、立ち見になることもある。後述の映画『鉱』は大変混雑しており、筆者は最前列に座り、超ローアングルで鑑賞した。

・映画


鑑賞した作品の中でも印象深かったものを、筆者の感想とともに紹介する。

『フランスは我等が故国』(監督:リティ・パン/フランス、カンボジア/2015/75分)


フランスの植民地支配を受けていた時代のカンボジアの記録映像にナレーション、音楽、サイレント映画を模した字幕を加えた作品である。文明国フランスと未開のカンボジアという構図を意図的に作り上げることで、帝国主義的な視点が普遍的なものではなく恣意的なものであり、同時にドキュメンタリーの主観性をも示す。

『子のない母』(監督:ナディーン・サリーブ/エジプト、アラブ首長国連邦/2014/84分)


女は子供を産み、家庭を守るもの。そうした価値観を批判することなく、懸命に母親になろうとする女性たちを正面から描いた作品。

『ホース・マネー』(監督:ペドロ・コスタ/ポルトガル/2015/104分)


ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)受賞作。

『コロッサル・ユース』に続いてヴェントゥーラが登場する、ペドロ・コスタの新作。

固定ショットに不安定をもたらす斜めの構図。光と闇、画面内を仕切る直線。亡霊のような人々は、画面内の境界を行き来し、同時に過去と現在、虚構と現実とを出入りする。ヴェントゥーラの震える手のように、映画は世界を揺り動かす。

『鉱』(監督:小田香/ボスニア・ヘルツェゴビナ、日本/2015/68分)


ボスニアの炭鉱、地下300m。そこは文明を支えるエネルギーを掘り起こす場所、我々の日常からは隠された場所だ。カメラは名もなき坑夫たちとその労働を記録する。しかし、トンネルの闇、強烈なヘッドライトで画面はよく見えない。観客と不可視の画面との関係は、地上の社会と地下の炭鉱との関係のアナロジーである。見えないことが映画であり得ることを示した作品。

なお、タイトルの『鉱』は「あらがね」と読む。

『ドリームキャッチャー』(監督:キム・ロンジノット/イギリス/2015/98分)


性暴力の被害を受けた女性たちを支援する女性ブレンダを主人公とした作品。ブレンダは団体ドリームキャッチャー・ファウンデーション率いて、女性たちの話を聞き出し、希望を与える。

ブレンダの活動は意義深いものだと思う。だが、アクセサリーやウィッグで自分を飾り、歌って踊り、企業のCEOのようなプレゼンをする彼女の姿は、「強い女性」や「社会的成功者」のステレオタイプにも見える。結局はアメリカン・ドリームやポジティブ思考という価値観のプロパガンダに思えてきて、単純に「女性たちを助けていて素晴らしい」と共感はできなかった。

『我等の時代の映画作家シリーズ:ジョン・カサヴェテス』(監督:アンドレ・S・ラバルト、ユペール・クナップ/フランス/1969/49分)


生前のジョン・カサヴェテスへのインタビュー映像と、彼の映画『アメリカの影』、『フェイシズ』の抜粋で構成されている。亡きカサヴェテスが、モノクロの画面によみがえり、生き生きと動き、語る。自作のこと、自分とハリウッド、お金のためでなくやりたいからやるという姿勢。自宅の編集室まで公開している貴重な映像作品。

『チリの闘いー武器なき民の闘争 三部作』(監督:パトリシオ・グスマン/チリ、キューバ、フランス/1975-1978/263分)


山形市長賞(最優秀賞)受賞作『真珠のボタン』のパトリシオ・グスマン監督の過去作品。

民主的に選ばれたチリのアジェンデ政権が、軍事クーデター(南米の9.11)で崩壊するまでの過程を描く263分に及ぶ超大作。カメラは街や工場に繰り出し現場を記録している。民衆のアップ、群衆のロングショットなど高密度の画面に、当時の情勢を語るナレーションが重なる。大量の情報と悪化する一方の状況が、現代の観客をサスペンスに引き込む。クーデターは40年近く前のできことだが、政治闘争、言論と暴力、民主主義……時代と場所を超えた普遍的なテーマが含まれた作品であり、現代への警鐘でもある。

・全体の感想


途中で帰ってしまうのが惜しいほど楽しいイベントでした。

好きな作品、気に入らない作品、お目当ての映画、意外な傑作。様々な映画との出会いがありました。 また、友人たち、一期一会になるであろう見知らぬ人々……多くの人たちとの出会いもあるのです。

ドキュメンタリー映画が好きでも、そうでなくても、参加してみてはいかがでしょうか。と言っても、次回は二年後ですが。

二年後が待ち遠しい度:★★★★★

(text:高橋雄太 photo:大久保渉)


作品解説

特別招待作品『フランスは我等が故国』

カンボジアのボパナ視聴覚資料センターの代表も務め、YIDFFで数々の作品を上映してきたリティ・パンのアーカイブ・ドキュメンタリー。

アラブをみる——ほどけゆく世界を生きるために『子のない母』

土地に根ざした因習と変わりつつある社会の狭間で浮かび上がる、ある女性の死生観を描く。

インターナショナル・コンペティション『ホース・マネー』

『コロッサル・ユース』に続き、リスボン郊外のスラム街フォンタイーニャス地区に暮らした老移民者ヴェントゥーラの記憶とその苦しみを、清冽な眼差しのもとに描き出すペドロ・コスタ最新作。カーボ・ヴェルデから19歳で出稼ぎに出た彼が経験した1974年カーネーション革命とその後の曲折。廃虚と化した工場、監獄のごとき病院。過去と現在、そして未来へと亡霊的な時空間を彷徨い歩くヴェントゥーラの魂の軌跡が、高純度の人間愛と圧倒的な映画表現の中に立ち現れる。事実とフィクションの狭間で「映画」という装置がいかにして人間の「生」を解放するのか。映画表現の極北を見つめつづける孤高の作家による到達点。

アジア千波万波『鉱』

ボスニアの炭坑で黙々と働く坑夫たち。絶え間なく響く音のなかで、カンテラの光と闇にうごめく彼らをひたすら見続ける。監督はサラエボの大学院のタル・ベーラの映画プログラムで学ぶ。
 

インターナショナル・コンペティション『ドリームキャッチャー』

イラン式離婚狂想曲』(YIDFF '99)などで強く生きる女性を撮り続けてきたキム・ロンジノットが新たな被写体に選んだのは、シカゴで性暴力の被害女性たちを支援する団体「ドリームキャッチャー・ファウンデーション」のブレンダ。問題を抱えた娼婦や性暴力の記憶に悩む少女らの話に耳を傾け、献身的に活動するブレンダ自身、娼婦であった過去に薬物中毒にかかり、性的暴行を受けた経験があった。弱者としての女性に冷淡なアメリカ社会の現実に立ち向かいながら、ブレンダの慈悲と熱意が彼女たちの傷を癒やし、明日を生きる力を与えている。

Double Shadows/二重の影――映画が映画を映すとき『我等の時代の映画作家シリーズ:ジョン・カサヴェテス』

1965年、ジョン・カサヴェテス(1929−89)は、自宅のガレージを編集室に改築し『フェイシズ』の編集作業を開始。カサヴェテスのワークショップに参加した学生たちがその作業を手伝い、その模様がインタビューで綴られる。3年後、『フェイシズ』の編集は終わり、ヴェネチア国際映画祭に参加する為パリに立ち寄ったカサヴェテスは再びインタビューに答える。ハリウッド映画の対局に自らを位置づけ、インディペンデントな映画製作について力強く語るカサヴェテスの姿が記録されている。

ラテンアメリカ――人々とその時間:記憶、情熱、労働と人生『チリの闘いー武器なき民の闘争 三部作』

パトリシオ・グスマンによるチリ・ドキュメンタリー映画の金字塔的作品。グスマンはチリの政治的緊張とアジェンテ政権の終焉を記録している。「第一部:ブルジョアの叛乱」「第二部:クーデター」「第三部:民衆の力」から成る長編作。「世界で最も優れた10本の政治映画の1本」と評されている。


プログラム解説


〈Double Shadows/二重の影――映画が映画を映すとき〉

映画について語る映画とは、映画好事家のためにだけあるものだろうか? 「シネフィルの消滅」「映画の死」という言葉を出すまでもなく、観終ったばかりの映画を話す場所自体が、私たちの生活から失われているのではないか。本特集では、映画誕生から約120年を経た今日において、映画史あるいは映画そのものを主題とし、被写体とした作品を上映する。

〈アラブをみる――ほどけゆく世界を生きるために〉

国境を越えて広がるアラビア語圏。そこには「アラブ」とひと括りにできない豊かな個々の物語が溢れている。いわゆる「アラブの春」から4年。変わりゆく世界と真摯に向き合った新作と、40年代、70年代のレバノンやパレスティナを撮影した旧作を併せて上映することで、国家や共同体を越えた人々のつながりの可能性を模索する。

〈ラテンアメリカ――人々とその時間:記憶、情熱、労働と人生〉

1960年代に「第三の映画/サード・シネマ」と銘打たれた新しい映画の形式が模索され、数々の伝説的な作家を輩出したラテンアメリカ。やがて、独裁政権時代へと突入し、自国での制作が困難になった作家は、国境を越えて様々なかたちで助けを得て、互いに精神的にも連帯しながら作品を完成させていく。「第三の映画/サード・シネマ」は、第三世界(アジア、アフリカ、ラテンアメリカ)から発せられた情熱をかけた映画の探究でもある。混迷を極める現在だからこそ、60~70年代の社会変革への挑戦を映画で試みた第三世界の〈抵抗〉という視座を映し出し、現代における試みも含めて上映し、国境や島境を越えてラテンアメリカを巡るプログラム。

公式ホームページ


山形国際ドキュメンタリー映画祭
10月8日(木)〜15日(木)
http://www.yidff.jp/home.html


◎パトリシオ・グスマン監督『光のノスタルジア/真珠のボタン』(ともに山形国際ドキュメンタリー映画祭2015最優秀賞受賞作)が東京・岩波ホールほかにて劇場公開中



映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』text井河澤 智子

「親密な、しかし少し恥ずかしげな」


乱雑に散らかった部屋に、そのおじいちゃんは背中を丸めて座る。

口を開くと、ぼそぼそ人を煙に巻くような言葉を漏らす。少し照れくさそうでもある。 

誰が彼を、かつて華やかなファッションフォトの最前線で活躍した写真家だと思うだろうか。
ソール・ライター。 

1940年代から、濃密な色彩でニューヨークの街角を撮影したカラー写真の先駆者。 

「ライフ」誌や「ハーパーズ バザー」「ヴォーグ」誌など、フォトジャーナリズム誌から有名ファッション誌のグラビアまで、幅広く活躍した写真家。

同時期に、ユージン・スミス、リチャード・アヴェドン、ダイアン・アーバス、ジャンルー・シーフなど錚々たる面子が集っていた、ニューヨークの写真界。彼もその一員だった。

60年もの間この倉庫のような部屋に暮らしている、自らを「大した存在じゃない」と言い切るこのおじいちゃんが?

この映画は、そんな彼、ソール・ライターの、どこか口ごもるような、しかし別に他人を拒絶するところのないような、ぽつりぽつりと語る諸々を、「おじいちゃんの知恵袋が13個」というようなやわらかな感覚で描く。字幕翻訳は米文学研究者・翻訳家の柴田元幸氏による。やわらかな印象はこの字幕によるところも大きい。音楽も温かな、親密な雰囲気で、観る者を引き込む。 

LUMIX。日本のご家庭でもおなじみのこのカメラ。おじいちゃんがこの薄い紫のデジカメを弄びながらぼそぼそと喋る場面もある。(機材にこだわりはないのか?) 

おじいちゃんはそんな普通のデジカメをぶらさげて、ご近所の人たちをふらりふらりと撮って歩く。ご近所のみんなはごく普通の顔でファインダーに収まる。いや、デジカメだから、液晶画面に収まる、と言うほうが適切か。一見、写真好きのご隠居、といった風情で、おじいちゃんは人々の間にごく普通に溶け込んでいる。 

そんなおじいちゃんの若き日の作品の数々が映画の中に写し出される。

50年代のニューヨークの街角。写っているのは街の普通の人々の日常である。それは(知らずに被写体となっているであろう彼らにとって)生活であり、労働である。しかし、色彩は美しく鮮やかで、構図はすこぶる大胆である。一度見たら忘れられない、ストリートスナップの芸術である。

この美しい写真の数々が日の目を見ることになったのは、映画『世界一美しい本を作る男 ~シュタイデルとの旅~』(2010)により、その本づくりへのこだわりが映画ファンにも知れ渡ったドイツ・シュタイデル社から、2006年、写真集『Early Color』が発行されたことによる。40年代からの長いキャリアを持つというのに、これが初の写真集である。その後、2008年にはアンリ・カルティエ・ブレッソン財団で個展が開催されるが、これもまた初の個展だという。念を押すようだが、彼は著名な写真家である。

「忘れられたいと 思ってたのに
 重要でなくあろうと願った 
 それが……まあ仕方ない」 

しかし、(意に反してかもしれないが)彼は「再発見」された。 

「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。何を捨てるかということだ」こう語る彼が住む部屋は、彼が捨てられずにいる(あるいは、捨てずにいる)物の数々に溢れている。それらひとつひとつが、彼の歴史だ。その物語にはずっしりと重いものもあったが、その歴史に埋もれるように、慈しむように、彼は暮らしている。片づけなければ、と言いながら片づけられずにあるそれらは、彼、ソール・ライターが、とても愛情深い人間であることを表しているようである。

その愛情(すなわち、捨てなかった個人的なフィルム)が、時を超え、一冊の美しい作品集へと結実したのだ。捨てないでいてくれてありがとうございます、と感謝の言葉を述べたい。

この映画には、主にソール・ライターが個人的に撮影した写真が取り上げられている。では、ファッション写真家としての彼はどんな写真を撮っていたのか。50年代の「ハーパーズ バザー」誌を探してみた。幸い、何部か彼の写真が掲載されたものが見つかった。

被写体とフレームの間になにか遮蔽物があり、被写体の一部が隠れているものが多い。また、その遮蔽物のせいか、被写体がカメラに視線を送っていない写真もある。 


時を経てくすんだ写真ではあるが、想像させる往時の色彩、また、被写体とカメラの間に漂う、親密なような、同時にどこか恥ずかしげな距離感に、あぁ、ソール・ライターの写真なんだ、と、ふと感じさせられた。

街のご隠居は実は凄いのだ度:★★★★★
(text:井河澤 智子)






『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
原題:In No Great Hurry: 13 Lessons in Life with Saul Leiter
2012年/イギリス・アメリカ合作/75分/カラー/日本語字幕:柴田元幸

作品解説
2006年に写真集で定評のあるドイツのシュタイデル社から初の作品集が出版され話題を集めたライターは、1940年代からニューヨークを撮影したカラー写真の先駆者で、一流ファッション誌の表紙を手がけていた。しかし、80年代からあえて名声から距離を置き、表舞台から消えていった。本作はそんな写真家の晩年に、英国人の監督トーマス・リーチ監督が密着した作品である。

スタッフ
監督・撮影:トーマス・リーチ
編集:ジョニー・レイナー、ケイト・ベアード、トーマス・リーチ
音楽:マーク・ラスティマイアー
製作:マーギット・アーブ、トーマス・リーチ
協力:Saul Leiter Foundation / Howard Greenberg Gallery 
イラスト:Ritsuko Hirai
配給協力・宣伝:プレイタイム
配給:テレビマンユニオン
公式ホームページ

劇場情報
11月下旬、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!

2015年10月17日土曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.4《ラインナップ記者会見取材》(特集上映作品編) text 井河澤 智子


【特集上映 ホウ・シャオシェン】

台湾ニューウェーブを代表する映画監督として、世界中の映画ファンを魅了するホウ・シャオシェン監督。最新作『黒衣の刺客』はカンヌ映画祭監督賞を受賞しました。ご覧になった方、多いのではないでしょうか?
そんなホウ監督の作品を35ミリプリント英語字幕付きで上映するプロジェクトが、昨年秋から各国を巡回しております。そのプロジェクトが東京フィルメックスにやってきました。
今回上映されるのはこの3本です。

『風櫃(フンクイ)の少年』 台湾/1983/102分
1984年ナント三大陸映画祭最優秀賞受賞。ホウ・シャオシェン監督の名を海外に知らしめた自伝的作品。現在は監督としても活躍しているニウ・ツェンザー主演。

『悲情城市』 台湾/1989/160分
1989年ヴェネチア映画祭において、中華系の監督として初めて金獅子賞を受賞した代表作。トニー・レオン主演。

『戯夢人生』 台湾/1993/142分
1993年カンヌ映画祭審査員賞受賞。日本では長らく上映の機会が途絶えていた幻の傑作。

実は日本ではホウ監督の作品は比較的上映される機会が多いので、上映する作品を選ぶ作業はかなり大変だったということです。が、ということはここで挙げられた3本は、本当に選りすぐり。見逃せません。


【特集上映 ツァイ・ミンリャン】

『郊遊 ピクニック』(2013)で映画製作から引退を宣言したツァイ・ミンリャン監督。と言っても、昨年の東京フィルメックスでは『西遊』が上映され、また今回も特別招待作品として『あの日の午後』が上映されるなど、あの引退宣言は「劇場長編作品」から引退する、ってことか…と、ファンをほっとさせました。東京フィルメックスとの縁も深いツァイ監督の作品が、日本初上映の短編など9本(予定)特集上映されます。
現在決定しているのはこちらの4本。

『ふたつの時、ふたりの時間』 台湾、フランス/2001/116分
台北の時計屋と、パリに旅立つ女との出会い。ツァイ監督が初めて台北以外の都市を舞台に製作した作品。ジャン・ピエール=レオーが出演している。

『無色』 台湾/2012/20分
“行者(Walker)”シリーズの記念すべき第1作。托鉢僧に扮したリー・カンションが超スローモーションで台湾の群衆の中を歩く。

『行者』 香港/2012/27分
“行者(Walker)”シリーズの2作目。香港の様々な街角をリー・カンションが超スローモーションでを歩く。香港映画祭のオムニバス企画『美好 2012』の一編として製作され、その後カンヌ映画祭批評家週間でも上映された。

『無無眠』 台湾、香港/2015/34分
“行者(Walker)”シリーズ最新作。全編東京で撮影された。渋谷駅近くの歩道橋を超スローモーションで歩くシーンに始まり、サウナでの日本人青年との出会いが描かれる。サウナ客として安藤政信が出演。香港映画祭のオムニバス企画『美好 2015』の一編。

9本上映予定、ということは、あと5本は未定…いったいなにが来るのでしょう?あれが来ると嬉しい、これが来ても嬉しい… 筆者、個人的にもとってもわくわくしているのですが、ここでちょっとご注意を。
特集上映 ツァイ・ミンリャンは、開催日程、会場、チケット発売方法が他と異なります。

 会期:11/28(土)~12/4(金)各日2回上映
 会場:有楽町スバル座
 チケット発売方法:前売り券は劇場窓口での取扱のみ
 (有楽町スバル座、有楽町朝日ホール)
 ※ticket boardでの取り扱いはございません。

ちょっと声を大きくしてお伝えいたしました。
 

(写真:左よりプログラム・ディレクターの市山尚三さん、園 子温監督、東京フィルメックスディレクターの林加奈子さん)

東京フィルメックスは毎年毎年新しい発見を与えてくれる映画祭。この季節が来るととってもわくわくします。その年のベストがここで見つかることも。
去年ここで観たあの映画、おととしここで観たあの映画、そのまた前にここで観た…
本当に毎年毎年、驚くほど印象的な映画との出会いがあります。
今年は、どんな映画がここで観られるでしょうか?
来年の今頃は、「去年ここで観た…」なんて、今年のことを話しているかもしれません。

さて、今年の(ほぼ)全ラインナップをご紹介しました。観たい映画は、どれでしょうか?決まりましたか?
え?多すぎて決まらない?

大丈夫。そういう人、いっぱいいますから!

秋の例大祭度:★★★★★
(text、写真:井河澤 智子)


関連レビュー:



第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ
http://filmex.net/2015/

2015年10月15日木曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.3《ラインナップ記者会見取材》(ピエール・エテックス特集上映、フレンチタッチ・コメディ!、松竹120周年祭編) text藤野 みさき

(写真中央:園子温監督)

 《映画の未来へ》を主題に、東京フィルメックスは、アジアの映画作家を育てる映画祭として、これまで数々の映画監督を世界に発信し続けてきた。『ふたりの人魚』で第1回目の最優秀作品賞を受賞した中国のロウ・イエ監督、第63回カンヌ国際映画祭においてパルムドールに輝いた『ブンミおじさんの森』のアピチャッポン・ウィーラセータクン監督。そうしたカンヌ国際映画祭を始めとする、数々の国際映画祭という世界の舞台で飛躍する作家たちの作品を日本でいち早く上映する東京フィルメックス。2000年に創立された本映画祭は、今年で第16回目を迎える。


(写真:ヌーレディン・エサディ氏)

ピエール・エテックス特集上映


 東京フィルメックスは、主軸であるコンペティション部門の他に、特別招待作品、特集上映と、主に三つの項目が設けられている。本年の特集上映は、本映画祭のメインビジュアルにもなっている、フランスの映画作家、ピエール・エテックス。カンヌクラシックスでも上映が行われた彼の貴重な二作品である『ヨーヨー』と『大恋愛』がデジタル・リマスター修復版として美しくスクリーンに蘇る。
 ピエール・エテックスは、その特異な才能を持ちながらも、作品の権利関係の問題があり、長い間本国であるフランスを始めとする多くの国々でも紹介することの出来ない映画作家であった。映画監督の枠に留まらず、俳優、脚本家、音楽家、イラストレーター、そして道化師と様々な顔を持つアーティスト、ピエール・エテックス。そんな多彩なエテックスを「彼を定義すのに最もふさわしい言葉は道化師かもしれません」と、フランス大使館映像放送担当官のヌーレディン・エサディ氏は述べる。又、ピエール・エテックス本人の人柄についても「稀に見る優雅さ、類希なユーモアのセンス、そして常に自分の仕事に情熱を傾ける姿勢に深く感銘を受けました」と言葉を続けた。
 チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイド、そして、ジャック・タチ。喜劇王である彼等の後継者とも呼べるピエール・エテックスの世界を、この機会に是非堪能したい。

フレンチタッチ・コメディ!


 
アンスティチュ・フランセ東京では、ピエール・エテックス特集上映に伴い、連動上映として「フレンチタッチ・コメディ!」を開催する。東京フィルメックスで上映される『ヨーヨー』『大恋愛』他のピエール・エテックス監督作品や、1930年代から現在に至るまでのコメディ映画を中心に特集が催される。又近年では、コメディアンの俳優達が監督業を務めることも多くなったフランス映画。古典では「エルンスト・ルビッチのフランス人の兄である」とフランソワ・トリュフォー監督が評した、『とらんぷ譚』のサシャ・ギトリ監督を始め、近年では『さすらいの女神(ディーバ)たち』で監督としても活動をするマチュー・アマルリックに、『やさしい人』で主演を務めたヴァンサン・マケーニュなど、多彩な活躍をする俳優をテーマに当てた作品が出揃う予定であり、こちらも年末まで楽しめる特集上映となっている。


松竹120周年祭


 そして最後に、10月10日(土)〜10月30日(金)、11月21日(土)~11月27日(金)まで東劇で開催される、松竹120周年祭も見逃せない永遠の名画が揃った。満を持してのジャパン・プレミアとなる、小津安二郎監督の『晩春』と溝口健二監督の『残菊物語』。その他、『東京物語』『彼岸花』『お早う』『秋日和』『秋刀魚の味』の計6作品の小津安二郎監督の作品に加え、木下恵介監督、高峰秀子主演の『カルメン故郷に帰る』、大島渚監督の『青春残酷物語』がデジタル修復版となって一挙に上映される。

 古今東西、現代の新しい才能との出会いを始め、フランスのコメディ映画に、美しく復元された日本の名画との再会。本年もすばらしい映画が出品された、東京フィルメックス。この秋はしばし名画の芳香に心酔してしまいそうである。

ラインナップ充実度:★★★★★
(text・写真:藤野 みさき)


関連レビュー:




第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ


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PROFILE:ピエール・エテックス Pierre Étaix


1928年生まれ。
漫画家、イラストレーターとして生計を立てていたところにジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』と出会い、映画の道に進むことを決意。『ぼくの伯父さん』(58)の撮影現場では助監督や俳優を務めたほか、世界的にも有名なポスターをデザインした。その後、アカデミー賞短編映画賞を受賞した『幸福な結婚記念日』(62)などの短編を監督し、『Le Soupirant』(62)で長編デビュー。同作はベルリン映画祭のコンペティションコンペティション部門で上映され、『女はコワいです』という邦題で日本公開もされている。

1964年にはサイレント喜劇のスタイルを踏襲し、子どもの頃に道化師に憧れた自身の体験を色濃く反映した『ヨーヨー』を発表。カンヌ映画祭のコンペティション部門で上映された。トリュフォーは「すべてのショット、アイデアが好きな美しい映画。多くの事を私に教える」と絶賛している。四作目となる代表作『大恋愛』(69)もカンヌ映画祭のコンペで上映され、大きな話題を呼んだ。

その後、長編劇映画の演出から離れる。同時に権利関係の複雑さから、フランス国内でも長らくエテックス作品は上映機会に恵まれなかった。その間も、エテックスの作品を強く支持する映画作家の作品に俳優として出演を続ける(大島渚『マックス・モン・アムール』、アキ・カウリスマキ『ル・アーブルの靴みがき』など。『フェリーニの道化師』では本人役で出演。)2009年にはミシェル・ゴンドリーやミシェル・ピコリ、デヴィッド・リンチ、ウッディ・アレンなどの多くの著名な映画人や映画ファンが、エテックスへの権利返還を求める陳情の署名活動を行った。

2007年には『ヨーヨー』が、2010年には『大恋愛』がそれぞれデジタル復元され、カンヌ映画祭クラシック部門で上映され好評を博した。またパリでは特集上映と合わせてエテックスのイラストや撮影した写真で構成された展覧会が開催された。世界各地で再評価の機運が高まっている喜劇映画の名匠であり、多彩な才能を誇るマルチクリエイターである。

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2015年10月14日水曜日

インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2015 開催中!!text大久保 渉


© http://www.indianfilmfestivaljapan.com


心がぐっと鷲づかみにされてしまう。

想い人へ向けた深い愛。家族へ向けた尊い愛。インド映画特有の、ナイン・エモーション(恋、笑い、悲しみ、怒り、勇猛、恐れ、嫌悪、驚き、静寂)が人間の心をあらわにし、見ているものの身体を熱くたぎらせていく……。

そんな魅力溢れるインド映画の祭典【インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2015】が、10月9日(金)から10月23日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。今年で第4回目を迎える同映画祭では、劇場未公開の最新インド映画を2週間限定で楽しむことができるのである(大阪会場/シネ・ヌーヴォ:10月10日~10月22日まで)。

今年のラインナップの特徴としては、「歌わず、踊らず」の作品が13本中7本も入っているということが挙げられる。昨今話題となった『マダム・イン・ニューヨーク』、『女神は二度微笑む』にも見られるように、もはやインド映画の魅力は歌と踊りだけにはとどまらない。

『国道10号線』
片田舎で「名誉殺人」を目の当たりにした夫婦が村人たちから執拗に追いかけられていく様を描いた緊迫のサスペンススリラー『国道10号線』。女性犯罪捜査官を主人公に、インドの闇夜に蠢く人身売買組織とのタフな対決を鋭い映像で描き切ったハードボイルドスリラー『女戦士』。そしてインド映画界で注目を集めるディーピカー・パードゥコーン(『恋する輪廻-オーム・シャンティ・オーム―』他)主演による、「うんち」の話で喧嘩ばかりする父と娘の家族愛を可笑しくも爽やかに描いたロードムービー『ピクー』等々、インド映画の「最先端」を突っ走る作品の数々が同映画祭をバラエティー豊かに彩っている。

『ピクー』

そしてもちろん、隆起した肉体としなやかな肢体がぶつかり合う、豪華絢爛な「歌って踊って」の作品も健在である。



『銃弾の饗宴-ラームとリーラ-』

「ロミオとジュリエット」を原案に、美男美女による華麗なダンス、身体の芯から熱くなってしまう魅惑的な歌、そして細部までこだわった民族衣装と荘厳な舞台装置が観客を幻想的な世界へといざなってくれる『銃弾の饗宴―ラームとリーラ―』。そしてインドの街中を縦横無尽に、キレキレなアクションととぼけたギャグが冴えわたる、抱腹絶倒のアクション大作『バン・バン!』がひときわ注目を集めている。


『バン・バン!』

そしてもう一つ、インド映画史に新たな一ページを刻む名作として期待が寄せられているのが、『ヨイショ!君と走る日』。体重を89㎏まで増量した主演女優ブーミ・ペードネーカル演じるふくよかな新妻と、両親からの要請でしぶしぶ見合い結婚を果たしたその夫が、まごつきながらも次第に心を通わせあっていく様をユーモラスに描いたこの傑作が、果たして劇場公開に結びつくのかどうか、追って注目していきたいところである。



『ヨイショ!君と走る日』

その他、血みどろの復讐劇や、愛憎劇、アート系作品も多数上映。人間の格好良さも腹黒さも、賢さも愚かさも、すべて包み隠さず見せてくれるところがインド映画の良いところ。「映画」のことも「人間」のこともますます好きになっていってしまう、そんな映画体験をこの機会に是非ご堪能していただきたい。


インド映画、もっと劇場公開して欲しい度:★★★★★
(text:大久保 渉 )






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インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ2015)
日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2015年10月9日(金)~10月23日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2015年10月10日(土)~10月22日(木)まで、シネ・ヌーヴォにて開催。


タイムテーブル

開催期日
東京:10月9日(金)〜10月23日(金)
大阪:10月10日(土)〜22日(木)

場所
東京:ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:シネ・ヌーヴォ

公式ホームページ

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.2《ラインナップ記者会見取材》(特別招待作品編) text梅澤 亮介


(写真:発表会に登壇された園子温監督)


 第16回東京フィルメックスのプログラム・ディレクターである市山尚三からは、特別招待作品9本が紹介された。オープニング作品は園子温監督『ひそひそ星』。クロージング作品はジャ・ジャンク―監督『山河故人』(原題)。
その他7本は以下のラインナップ。

『タクシー』 イラン/2015/82分/監督:ジャファル・パナヒ

『念念』 台湾、香港/2015/119分/監督:シルヴィア・チャン

『最愛の子』 中国、香港/2014/130分/監督:ピーター・チャン

『華麗上班族』 中国、香港/2015/118分/監督:ジョニー・トー

『約束』 日本/2011/15分/監督:塩田明彦

『昼も夜も』 日本/2014/69分/監督:塩田明彦

『あの日の午後』 台湾/2015/137分/監督:ツァイ・ミンリャン

 個人的注目作は『華麗上班族』。香港が生んだ名匠ジョニー・トーは、香港ノワールを筆頭に、武侠劇、ラブコメ、ヒューマンドラマなど、ジャンルを問わず幅広く制作してきたが、本作はミュージカル。大企業での昇進抗争劇が主な内容だ。
 キャスト・スタッフ陣も豪華! 主演はジョン・ウー監督作品で有名なチョウ・ユンファ。さらに、本映画祭のコンペティション部門・国際審査員として任命されたシルヴィア・チャンも出演している。舞台美術はウォン・カーウァイ監督作品で知られるウィリアム・チャン。香港映画ファンには垂涎ものだ。

 なお、今回は園子温監督も登壇された。「日劇*という大きな小屋を使って、皆さんに見て頂けるという素晴らしい最初の第一歩を踏み出せて光栄です」とのこと。
 また、本映画祭のオープニング作品を飾る映画『ひそひそ星』は、園監督が自身のプロダクションを作って制作した第1回の作品である。ロボットが8割、人類が2割になった未来の宇宙を舞台に、様々な星を巡って人間たちに荷物を届ける宇宙宅配便の配達アンドロイド、鈴木洋子を主人公にした物語。壮大な旅をしながら、3.11の傷跡残る福島を舞台とする。演者の三分の二が現地の仮設住宅の人だ。
 同作品は、9月15日に開催された第40回トロント国際映画祭にてワールドプレミアが行われ、NETPAC(最優秀アジア映画賞)を受賞している。

 特別招待作品は、世界的な名匠の作品ばかり。しかし、東京フィルメックスで公開されても、日本での劇場公開は1年以上先ということも多い。例えば、ジョニー・トー監督『奪命金』でさえ、2011年の同映画祭で上映されながら、2013年公開であった。映画ファンであれば、好きな監督の最新作は見たいはず。筆者も楽しみでしかたない。

*TOHOシネマズ日劇のスクリーン1は、スタジアム形式の946席と、7.20m×17.30mの大きさで日本最大級の劇場

ラインナップの興奮度:★★★★☆
(text:梅澤 亮介)

関連レビュー:
第16回東京フィルメックス 特集記事vol.1《ラインナップ記者会見取材》(コンペティション部門編)text大久保 渉

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.3《ラインナップ記者会見取材》(ピエール・エテックス特集上映、フレンチタッチ・コメディ!、松竹120周年祭編) text藤野 みさき




第16回東京フィルメックス
2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。


公式ホームページ
http://filmex.net/2015/

2015年10月13日火曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.1《ラインナップ記者会見取材》(コンペティション部門編)text大久保 渉


激しく叫ぶ男のすがた。遠くを見やる女のすがた。青空の下に広がる自然の原風景。いずことも知れぬ異国の街並み。

10月7日(水)、アンスティチュ・フランセ東京にて開催された『第16回フィルメックス』全ラインナップ記者会見は、ほんの一瞬顔を向けただけで画面から目が離せなくなってしまうほどに、エネルギーに満ちた溢れた予告編映像の公開から始まった。

フィルメックスと言えば、毎年話題を集めるのがコンペティション部門である。今年は釜山映画祭のディレクターを務めるイ・ヨンガン氏が審査委員長を務め、その他自身の出演、監督作が同映画祭で多数上映される台湾の大女優・シルヴィア・チャン氏、『害虫』他話題作を発表し続ける映画監督・塩田明彦氏、映画評論家の斎藤敦子氏らが審査員席に名を連ねることとなった。 

今年のプログラムについては、同映画祭ディレクター・林加奈子氏による「作り手の揺るぎない覚悟と想いが受けとめられる」、「映画の未来を担う素晴らしい10本が揃った」というコメントがとても印象に残った。そしてそれでいて、「押しつけるのではなく、胸に押し寄せてくる」という作品の数々。 

妥協を許さない、製作者たちの熱い「呼吸音」までもが聞こえてくるほどの気迫と覚悟が感じられる日本の『クズとブスとゲス』。同映画祭初のネパール映画『黒い雌鶏』。過去に『オールド・ドッグ』でグランプリを受賞したペマツェテン監督の最新作『タルロ』。そしてその他、同映画祭人材育成事業「タレンツ・トーキョー」卒業生が関わったという『人質交換』等々、それぞれに語り口が異なる、目を見張るばかりのプログラムが会期中いっぱい上映されていくと発表された。 


(以下、コンペティション部門・全10作品)

『わたしの坊や』カザフスタン/2015/78分//監督:ジャンナ・イサバエヴァ

『白い光の闇』スリランカ/2015/82分/ヴィムクティ・ジャヤスンダラ

『黒い雌鶏』ネパール、フランス、ドイツ/2015/91分/監督:ミン・バハドゥル・バム

『消失点』タイ/2015/100分/監督:ジャッカワーン・ニンタムロン

『人質交換』フィリピン/2015/97分/監督:レムトン・シエガ・ズアソラ

『酔生夢死』台湾/2015/107分/監督:チャン・ツォーチ

『タルロ』中国/2015/123分/監督:ペマツェテン

『ベヒモス』中国/2015/91分/監督:チャオ・リャン

『コインロッカーの女』韓国2015/111分/監督:ハン・ジュニ

『クズとブスとゲス』日本/2015/141分/監督:奥田庸介 


現在世界で何が起こっているのか? 人々は日々どんな想いを胸に生きているのか? 新しい世界との出会い。今いる世界との接近。果たしてカメラは何を映し、我々は、何を見、何を感じることができるのだろうか? 今年もコンペティション部門の全作品を見逃すわけにはいかない、期待に溢れるプログラムだと感じた。 


みんなで行こう!フィルメックス!!度:★★★★★ 
(text:大久保 渉)

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第16回東京フィルメックス
2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

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映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』textくりた

「マックスとその亡霊たち」 


『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の主人公であるマックスは、「フュリオサに比べるとちょっと目立たない」というイマイチな評判をしばしば目にします。しかしこの作品は非常に多くの観客に観られ、そして様々な考察がされる中で取りざたされている興味深い一説に「マックス精神病んでる説」があります。それを裏付ける主な着目ポイントとして「他人と目を合わせられない」「単語しか話さない」「同じ言葉を繰り返す」等々いくつか不自然な点が挙げられています。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED


またその中でも最も分かりやすく、顕著な症状として幻覚・幻聴があります。主な幻覚として現れる少女はクレジットで“Glory the Child”となっているのですが、では彼女は一体何者なのか?何者なのかって、まぁご覧になった方はお分かりでしょうが、クライマックス前に「Come on Pa!(急いで!パパ!)」と呼びかけるので恐らくマックスの娘なのだろう、という事が分かります。

しかし彼女はそれより以前は、彼に向かって「マックス」と、呼びかけているのです。
観ている間その呼びかけの違いに違和感を感じていたので、これがどういうことを意味するかを考えていました。

先述にもある通り、マックスが精神を患った状態であるという考察は多いですし、きっとそれが正しい認識なのだろうと思います。その結果としてマックスは“Glory the Child”を始めとする過去に救えなかったであろう人物達の幻覚が見えているのですが、マックスはずっとその幻に責め立てられているのです。そして“Glory the Child”は出てくるたびに同じ台詞を繰り返しています。

「Where are you?(何処にいるの?)」「You promised to help us!(助けてくれるって約束したのに!)」と。

この2つの台詞はマックスにとってどんな意味があるのでしょうか?

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

まず「Where are you?」ですが、これは物語の冒頭で「I am the one who runs from both the living and the dead.(生者からも死者からも逃げている)」とマックス自身が語っていたところを見ると、死者から「逃げている」という意識はすなわち、「死者が自分のことを探し回っている」、という妄想の表れだとも言えます。その妄想が「何処にいるの?」という幻聴として聞こえてきているのだろうと推察できます。

また、それらの症状はフュリオサ達と出会ってからは現れる回数が劇的に減っています(忙しくて幻覚を見てる暇すらないということもありますが!)。それは戦いを通してマックスが少しずつ癒され、精神が安定していっているであろう事を表しています。

それから後にフュリオサ達と別れ、荒野に1人で佇んでいるシーンでまたあの“Glory the Child”が現れ、そして再度「Where are you?」とマックスに囁きかけます。つまり、ここでフュリオサ達と共に歩むこと(戦うこと)から「逃げた」というマックスの自責の念が、やはり「Where are you?」という台詞に投影されているのだと考えられるのです。

また、その一方で「You promised to help us!」という台詞はさらに直接的に、マックスを責め立てる台詞ですがこれはまた別の重要な役割を果たす一文でもあります。

先ほどの別れのシーンにおいて繰り返されるその2つの台詞の他に、“Glory the Child”が泣きながら「Monny!」と呼びかける声が聞こえ、その直後に子供ではない女性の声で「You promised to help us!」という台詞が続きます。この2つの台詞の前後関係を考えると、「You promised to help us!」と言ったのは“Glory the Child”の母親、つまりはマックスの妻と考えることも出来るのです(妻かどうかはものすごい飛躍かも知れませんが)。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

おそらくですが、フュリオサ達と出会うそれ以前は幻覚に現れる少女が誰なのかマックス自身も分からなくなっていた、もしくは認識したくなかったのではないかと思うのです。それほどまでに心を病んでいたのではないかと。しかし、フュリオサ達と共に戦いながら癒され、立ち直りつつあったマックスはその時になって、ようやく“Glory the Child”が自分の娘だったという事を認識できた(思い出せた)のではないか?またその娘を、妻をも救うことが出来なかったことと向き合えたのではないかと思うのです。

だからこそ、先のシーンで“Glory the Child”の呼びかけが「マックス」から「パパ」へと変化したのではないでしょうか。

そこでようやくアイデンティティ(父親であり、夫であった自分)を取り戻した彼は、自らが今しなければならない事を改めて認識し、フュリオサ達のもとへ向かうシーンへと繋がっていくのです。かつて救えなかった人たちの面影を胸に、しかし二度と同じことは繰り返すまいと覚悟を決めたマックスは、その前夜にフュリオサに向かって「希望を持つな」と告げた時の彼とは明らかに違います。自分自身を取り戻した彼は、フュリオサに向かって「可能性にかけろ」と諭すのですから。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

「もしかしたら駄目なのかも知れない」、それでもマックスは(恐らく)また以前のように、自分以外の人間のために、虐げられた人々のために命をかけることを選択するのです。それは真の英雄的行為、究極の自己犠牲の精神であるわけなのですが、しかし彼はそれをただ「人のためだから」と行っているわけではない筈です。その行為自体が、他ならぬマックス自身のためでもあるから戦っているのです。過去に助けを求めてきた人たち、自分の大切な人たちを守れず、1人生き残ってしまった自分と向き合えずに崩壊してしまった心。それを取り戻すことは、再び他人のために命をかけることでしか為し得ないのです。そうやって生きていくこと自体がマックスたる所以、それが彼のアイデンティティの根幹にあるのです。

こんなにも尊い行いを何も言わずに、見返りすら求めずに最後までやり遂げる男を観てこれが泣かずにいられますか?
もう正直言って涙しかないです!
そうやってまた繰り返し観てしまうのが『マッドマックス』なのです。

(text:くりた)

関連レビュー:
映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 【鉄と血と、怒れる女神の物語】text:くりた






『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

2015/アメリカ/120分

『マッドマックス』(1979)のシリーズ第4作。石油も水も尽きかけた世界。主人公は愛する家族を奪われ、本能だけで生きながらえている元・警官のマックス(トム・ハーディ)。荒野をさまようマックスは、資源を独占し恐怖と暴力で民衆を支配する凶悪なイモータン・ジョーに捕えられる。そこへジョーの右腕の女戦士フュリオサ(シャーリーズ・セロン)、配下の全身白塗り男ニュークスらが現れ、マックスはジョーへの反乱を企てる彼らと協力し、奴隷として捕われていた美女たちを連れ、決死の逃走を開始する。追いつめられた彼らは、自由と生き残りを賭け、決死の反撃を開始する!

出演
マックス:トム・ハーディ
フュリオサ:シャーリーズ・セロン
ニュークス:ニコラス・ホルト
イモータン・ジョー:ヒュー・キース=バーン
トースト:ゾーイ・クラビッツ

スタッフ
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー、ブレンダン・マッカーシー、ニコ・ラザリウス
撮影:ジョン・シール
美術:コリン・ギブソン
衣装:ジェニー・ビーバン
編集:マーガレット・シクセル
音楽:ジャンキー・XL
制作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー、P・J・ボーデン
製作総指揮:イアイン・スミス、グレアム・バーグ、ブルース・バーマン

公式ホームページ:http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/

blu-ray&DVDレンタル/発売日:2015年10月21日(水)

2015年10月10日土曜日

映画『草原の実験』text高橋 雄太

「終わらない実験」


タイトル『草原の実験』、そして原題”ISPYTANIE”=実験の通り、本作では実験が行われている。映画、生、死……複数の実験が。

風が吹きすさぶ大草原。そこに建つ一軒の家に、少女と父親が暮らしている。父はトラックに乗って働きに出て、少女はそれを見送る。それが二人の毎日。少女は馬に乗った少年と親しいようだ。そこに故障した車に乗っていた青い目の少年が現れ、やはり少女に恋をする。淡い恋の三角関係と穏やかな日々。しかしそれは唐突に終わることになる……。 

97分間セリフなしの本作は、言葉を使わない映画の実験と言える。 

身振りの丹念な描写が、観る者の想像力に働きかける。少女は髪を三つ編みし、父親に靴下を履かせる。少年は少女に微笑みかける。言葉を交わさずとも、親子は心を交わすことができ、少年少女の恋心も伝わる。そして言葉に頼らない映画が成立する。 

登場人物たちは、草原に根付く草木のように、大地に根を張って生きている。テレビやインターネットで遠くの世界を見ることもない、外部から孤立した生活だ。しかし映画の登場人物も、我々と同様に、想像力を働かせている。翼のない飛行機に乗ってはしゃぐ父親、飛行機の下に置いた綿を白い雲に見立てる娘。彼女は、葉をスクラップブックに貼り付けて木やヨットを形作り、部屋の壁に貼られた世界地図を眺め、指でたどる。彼らの想像力は、草原を大空や世界に変える。我々が映画館に座り映画の世界を旅することと同じく、彼らはどこにも行かずに、どこにでも行ける。この作品は、草原という環境に人間を配置し、人々の生を見据えた実験でもあるのだ。 

ファーストシーンの草原に散乱する羽毛、草原の一軒家、トラックが停車する分かれ道など、ハイアングルのショットが頻繁に登場する。高みから人間を観察する「神の視点」である。

その神の視点に映る生は、循環と回転に支えられている。 

少女は馬に乗った少年に水を差し出す。少年は水を一口飲み、残りを大地にまく。水は瞬く間に蒸発し、大気に拡散する。そして雨として降り注ぎ、再び大地を潤す。物質は循環し、草原の人々の糧となる。

物質が循環して元に戻るように、人々の生活は元に戻る運動=回転で構成されている。父親はトラックのエンジンルームに取り付けた金具を回転させることで、エンジンを起動させる。少女は自らの髪を束ね、螺旋状に巻きつけることで三つ編みを作る。フィルムが繰り返し再生(回転)されるように、これらのシーンは反復される。回転が同じ軌道をたどって元に戻る運動であるごとく、人々の生も同じところに帰り着く。

また、青い目の少年は、映写機のハンドルを回すことで、少女の写真=静止画を家の壁に映写する。回転というアクションが静止を生み出す。動きと静止。この相反するものの両立が、時間の止まったような、素朴で力強い草原での生を実現させている。

青い目の少年と少女の行うあやとり、永遠に続くかとも思われる指と糸の戯れは、草原で繰り返しの日々を過ごす彼ら自身の生を象徴している。 

そこに訪れる死の実験。静かな草原を襲う圧倒的な暴力。草原、水、家、人、愛……全てを吹き飛ばす。草原は荒野と化し、生きるものの姿はない。ここで映画は終わる。映画の実験は終了し、生の実験も終わってしまったように見える。 

だが、それでも日は昇り、沈む。この太陽の見かけの動きは、地球の自転という回転により生じる。手回しの映写機が少女を静止画に固定したように、回転には生をとどめる力があるはずだ。繰り返しを続ける天体運動のもと、生の実験も続く。

実験成功度:★★★★★
(text:高橋 雄太)






『草原の実験』
原題:SPYTANIE
2014年/ロシア/97分

作品解説
広大な草原地帯を舞台に、平和な日々を送る父と美しく優しい娘、そして娘に恋をする2人の青年のエピソードを一切のセリフを排して描いた異色作。ロシアの新鋭監督アレクサンドル・コットが、旧ソ連のカザフスタンで起きた実際の出来事に着想を得て作り上げた一作で、セリフなしの映像美で描かれる少女たちのささやかな日常に、徐々に意外な暗い影がさしこんでいく。2014年・第27回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、最優秀芸術貢献賞を受賞した。

出演
ジーマ:エレーナ・アン
マクシム:ダニーラ・ラッソマーヒン
トルガト:カリーム・パカチャコーフ
カイスィン:ナリンマン・ベクブラートフ=アレシェフ

スタッフ
監督:アレクサンドル・コット
製作:イゴール・トルストゥノフ、セルゲイ・コズロフ、アンナ・カガルリーツカヤ
脚本:アレクサンドル・コット

公式ホームページ

劇場情報
渋谷シアター・イメージフォーラムほか 全国順次ロードショー

2015年10月1日木曜日

東京国際映画祭~ラインナップ発表会~ text藤野 みさき



 アジアで最も大きな映画の祭典である、東京国際映画祭。2015年10月22日(木)の開幕に先駆けて、2015年9月29日(火)、六本木アカデミーヒルズにて、本年度の東京国際映画祭のラインナップ発表会が行われた。中でも、11年振りに日本映画が3作品出品されることで大きな注目を集めた、本年のコンペティション部門。画家である藤田嗣治の半生を、オダギリ・ジョーを主演に迎えて描く小栗康平監督最新作『FOUJITA』、小野不由美の傑作小説を初映画化した中村義洋監督、竹内結子主演の『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』、『ほとりの朔子』等の作品で知られる深田晃司監督による、人間とアンドロイドの交流を通じて生と死を鋭く問いかけた『さようなら』。上記の日本映画3作品に加えて、この発表会まで明らかにされていなかった、コンペティション部門の残りの13作品が一挙に出揃った。


(『FOUJITA』の小栗 康平監督)

残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-主演の竹内結子さん)

(『さようなら』主演のブライアリー・ロングさん、 深田 晃司監督)


まず本年のコンペティション部門では、全16作品中7作品と最も出品作品の多かったヨーロッパ映画。フランスからは、近年『最強のふたり』や『グレート・デイズ! 夢に挑んだ父と子』等、逆境を乗り越える実話が注目を浴びているが、今回の出品作品である『スリー・オブ・アス』も、激動の社会を生きる家族を描いた感動の実話物語だ。続いて、日本でも注目を集めたヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『雪の轍』で知られるトルコからは、本作が長編第1作目となるムスタファ・カラ監督の『カランダールの雪』が選出。チェコからは、観客の胸を締め付ける見事な結末が注目の『家族の映画』、イタリアからは、暖かな笑いが会場を包み込むコメディ・ドラマ『神様の思し召し』が出品。オランダとデンマークからは、仏俳優であるグレゴワール・コランを主演に迎えて現代の戦争を描いた『フル・コンタクト』、戦時直後を舞台にした『地雷と少年兵』がそれぞれの戦争を通じて人間の姿を描く。そして「最も今年のコンペティションの中ではアート映画に仕上がっていると思います」と、プログラミング・ディレクターの矢田部吉彦氏も推薦のエストニア映画の『ルクリ』も見逃せない。



 続いて、アジアからは、中国・タイ・イランの3ヶ国の作品がノミネート。中国からは、初恋の女性を思い続ける少年を、現代の若手代表格のハオ・ジエ監督がコミカルに描いた『ぼくの桃色の夢』が満を持して東京国際映画祭に初出品される。タイからは、同じく初恋の追体験に胸が締めつけられる青春映画『スナップ』が選出。近年勢いを増すイランからは、結婚式を翌日に控えたある女性が死に、その真実を追うという、アスガー・ファルハディ監督『彼女の消えた浜辺』を想起させる『ガールズ・ハウス』と、注目の映画が並ぶ。




 最後に、アメリカと現在活気溢れる中南米の2ヶ国からそれぞれ1作品ずつが選出された。アメリカ・カナダ・イギリス合作、米国が生んだ名トランペット奏者チェット・ベイカーの光と影を、イーサン・ホーク主演で描いた『ボーン・トウ・ビー・ブルー』、75分間を見事な手腕で描いたメキシコの新星ロドリゴ・ブラ監督によるノンストップ・サスペンスの『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』。そして最後に、ブラジルから届いた、60年代を舞台にある女性精神科医を描いた実話映画『ニーゼ』と、こちらも色とりどりの映画が出品された。

 全86ヶ国、応募総数1409本の中から選出された、コンペティション部門の全16作品。その基準について、矢田部氏は「監督さんの個性を一番に重視し、なるべく多くの国、そして多くのジャンルを揃えようと考えております」と述べていた。「映画は世界に開いた窓である」という矢田部氏の言葉通り、多くの国々の映画がコンペディション部門だけでなく様々な部門から出揃った、本年で30周年を迎える東京国際映画祭。東京グランプリの行方だけではなく、スクリーンが映し出す、その一つ一つの映画との出逢いを、今から心待ちにしたい。



(写真左から 小栗 康平監督、中村 義洋監督、竹内 結子さん、『さようなら』主演のブライアリー・ロングさん、 深田 晃司監督)

(text、写真:藤野 みさき)




東京国際映画祭

28回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年に日本ではじめて大規模な映画の祭典として誕生し、アジア最大級の国際映画祭へと成長した。アジア映画の最大の拠点である東京で開催され、世界中から優れた映画が集まり、国内外の映画人、映画ファンがあつまって、新たな才能とその感動に出会う交流する場となっている日本で唯一の国際映画祭である。
才能溢れる新人監督から熟練の監督までを対象に、世界中から厳選されたハイクオリティーなプレミア(世界で最初に作品を披露する)作品が集結。国際的な審査委員によってグランプリが選出される「コンペティション」には世界各国から毎年多数の作品が応募されている。
その初期から一貫して映画クリエイターの新たな才能の発見と育成に取り組んでおり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。未見の若く新しい才能と出会える、映画ファン必見の映画祭である。


作品解説コンペティション部門16作品)
〜日本〜
『FOUJITA』
126分 日本語、フランス語 カラー | 2015年 日本=フランス
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=9

『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』
107分 日本語 カラー | 2015年 日本
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=31

『さようなら』
112分 日本語、英語、フランス語 カラー | 2015年 日本 
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=27

〜ヨーロッパ〜
『スリー・オブ・アス』
102分 フランス語 カラー | 2015年 フランス
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=1

『カランダールの雪』
139分 トルコ語 カラー | 2015年 トルコ=ハンガリー
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=5

『家族の映画』
95分 チェコ語 カラー | 2015年 チェコ=ドイツ=スロベニア=フランス=スロバキア
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=7

『神様の思し召し』
87分 イタリア語 カラー | 2015年 イタリア
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=15

『フル・コンタクト』
105分 英語、フランス語 カラー | 2015年 オランダ=クロアチア
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=11

『地雷と少年兵』
106分 デンマーク語、ドイツ語 カラー | 2015年 デンマーク=ドイツ
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=17

『ルクリ』
99分 エストニア語 カラー | 2015年 エストニア
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=25

〜アジア〜
『ぼくの桃色の夢』
100分 北京語 カラー | 2015年 中国
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=21

『スナップ』
97分 タイ語 カラー | 2015年 タイ
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=29

『ガールズ・ハウス』
80分 ペルシア語 カラー | 2015年 イラン
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=13

〜アメリカ・中南米〜
『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』
97分 英語 カラー | 2015年 アメリカ=カナダ=イギリス
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=3

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』
75分 スペイン語 カラー | 2015年 メキシコ
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=19

『ニーゼ』
109分 ポルトガル語 カラー | 2015年 ブラジル
http://2015.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=23

公式ホームページ
第28回 東京国際映画祭
http://2015.tiff-jp.net/ja/
※2015年10月22日(木)〜10月31日(土) 10日間

第28回TIFF 上映作品一覧

劇場案内