2015年11月18日水曜日

第28回東京国際映画祭《コンペティション部門》 最優秀監督賞 受賞『カランダールの雪』 text大久保 渉

「降りしきる雪と男の涙」


暗闇。光。
微かに見える光の先には、
微かに見える未来へ向けた、
すがるような顔をした男の瞳が、
うすぼんやりと映しだされていた。

©2015 TIFF

狭く薄暗い岩壁の間で一心に杭を打ちふるう男のシーンから始まる今作『カランダールの雪』は、トルコでドキュメンタリーを手掛けてきたムスタファ・カラ監督による2本目のフィクション長編作品である。荒涼とした険しい山間を舞台に、雷雨、豪雪、厳しくも壮大な自然環境を画面いっぱいに撮影したダイナミックな映像と、その地で電気も水道もない暮らしを続ける家族のつましい生活を描き出したこの物語は、東京国際映画祭2015コンペティション部門で最優秀監督賞を受賞。10月28日上映後のQ&Aで監督自らが作品について「努力すれば必ず報われるということを描きたかった」と語っていた通りに、見事栄えある栄冠を掴みとる結果となった。

山にしか居場所がない、街で人並みの生活や仕事をすることがどうしてもできない主人公。一獲千金を目論んで、一人黙々と岩山に眠る鉱脈を探し当てんと彷徨い歩いていた彼が、その胸の内に溜まっていたやるせなさを妻に吐露した中盤のシーンがとても印象に残った。窓から、玄関から、暗い室内に差し込んでくる外の光。嗚咽を漏らし、悔しそうにぼろぼろと涙を流し続ける男の皺が刻まれた顔。カメラは思うままにならない大自然の動きを捉えるのと同じように、じっくりと、ゆっくりと、感情を溢れさす男のすがたを画面いっぱいに捉えていく。鳴り響く雷鳴のような耳をつんざく迫力こそないシーンではあったものの、しかしそれ以上に、観る者の心を揺り動かす、人間の感情の爆発が、そこからは感じられた。

己の存在を証明したい。不器用で、口下手で、貧しく、街の人たちからは嘲笑されたりもしている男ではあるけれども、それでも何事かを成し遂げたい、自分の居場所を見い出したい、そんな男のすがたを、私は決して軽い眼差しで見つめることなどできなかった。

まるでドキュメンタリー映画であるかのような、人と自然のありのままのすがたを写しとった映像の数々。雪が降り止まないのと同じように、人間の心だって思うようにはままならないものなのかもしれない。欲もあり、恥もあり、侘しさもあり、それら感情が沸き起こっては、もどかしい思いが繰り返されていく。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来るのと、同じように。

監督がインタビューで答えていた通り、今作は山で暮らす人間、街で暮らす人間、そういった括りではなくて、人間の「普遍的」なすがたを描き出した作品なのだということを、私は強く感じた。当初は季節ごとに2~3週間かかると想定されていた撮影が、それぞれ1カ月以上かかり、全体で5~6カ月もかかったという映画作りにおける忍耐強さも、その成功への想いも、すべては微かな希望を求めて日々を生きる劇中の主人公とつながっているようでいて、あるいは自分自身の生活の中にある苦しさと淡い希望にもつながっているようでいて、深く感じ入ってしまった。そして、エンディング、絶望の淵から微かな希望を手に入れた男のすがたを見るにつけて、虚構と現実が重なり合うところに生じた温かさを、人間へ向けた監督の優しい眼差しを、感じたのであった。

劇的な音楽もなく、人物の激しい動きもなく、ただただ見つめ続けるしかない映画ではあったけれども、それでも見つめ続けずにはいられない、人間と自然のしたたかな力とつつましやかな美しさが感じられる、奇跡のような映画であった。

最後に、男を支えた妻と母、そして可愛らしい子供たち、彼らあっての映画であったということも、付け加えておきたい。自己中心的な男の願望だけではなくて、そこには家族のお互いがお互いを支え合うすがたも映しだされていたというところが、この映画にどこか落ち着きと、健やかさをもたらしていたように感じられた。

まだまだ語り足りない度(とくに牛のお話):★★★★★
(text:大久保渉)

©2015 TIFF

『カランダールの雪』

原題:Cold of Kalandar(Kalandar Soğuğu)
2015年/トルコ・ハンガリー/139分/トルコ語/カラー

作品解説

険しい山の上で、わずかな家畜と共に電気も水道もない暮らしを送る家族。一獲千金を夢見る父は、山に眠る鉱脈を探している。しかし、家族の目には無駄な努力にしか映らない。やがて、村で開かれる闘牛に希望を託し、なんと家畜の牛の特訓をはじめてしまう…。荒涼たる大自然の中で生きる一家の姿が大きなスケールの映像で綴られる。厳しい生活の描写の中にも温かさが交わり、ドキュメンタリー出身監督による奇跡的な1作。

出演

ハイダル・シシマン、ヌライ・イェシルアラズ、ハニフェ・カラ

スタッフ

監督・脚本・編集:ムスタファ・カラ
プロデューサー:ネルミン・アイテキン
共同プロデューサー:イヴァン・アンゲルス
脚本:ビラル・セルト

---------------------------------------------------------------------

第28回 東京国際映画祭

28回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される。(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)

若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」では国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」などを始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。

国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報

2015年10月22日(木)〜31日(土)

上映スケジュール

http://2015.tiff-jp.net/ja/schedule/

会場案内

http://2015.tiff-jp.net/ja/access/

公式ホームページ

http://2015.tiff-jp.net/ja/

0 件のコメント:

コメントを投稿