2015年11月3日火曜日

第28回東京国際映画祭《コンペティション部門》 短評 text 常川拓也

『家族の映画』(オルモ・オメルズ)

(c) endorfilm s.r.o., 42film GmbH, Česká televize, Arsmedia d.o.o., Rouge International, Punkchart films s.r.o.

個人的には、コンペ作品の中で最もお気に入りの一本。父母が不在の中で姉や弟がその自由を満喫する思春期の若者の倦怠や欲望の感覚がヴィヴィッド(暇つぶしに全裸エレベーター乗りゲーム!)でまず惹きつけられる。その後、次第に両親や叔父の視点に移行したり、家族と離れた犬の話に移行したり、いい意味で観客を惑わせながらうねっていくシナリオ、そしてその中でどの場面の何を見せるか見せないかをスマートに描き分けていくあたり、84年スロベニア生まれのオルモ・オメルズの確かな手腕とセンスを感じた。何よりも好感を抱いたのは、犬も私たち家族のピースのひとつであり、彼がいないと家族は不完全だという作り手のまなざし。「飼い犬(ペット)」としてではなく、「家族」の一員として犬を描いている点が、まさに現代的な「家族映画」となっていてフレッシュな驚きを与えてくれた。ヨットが転覆し荒波に飲まれた際に犬のオットーを探し求めても届くことのなかった父の声が、あるいは無人島に流れ着いたオットーが周囲に誰もいない真っ暗な海で吠え続けた声が、家族の再会とともに呼応する演出も見事で、静かに胸に響く。人間たちへの割と無機的な距離感を取った演出と、犬の孤島でのサバイバル生活をストイックながらも観客のエモーションに訴えかける演出の対比を通して、私たちの中に人間以上に動物に対して哀れみを感じる部分を見る考察も実に鋭い。アナ役のイェノヴェーファ・ボコヴァーが、ズーイー・デシャネルとエマ・ストーンに似ていて、キュート!
★★★★★

『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』(ロバート・バドロー)

(c) 2015 BTB Blue Productions Ltd / BTBB Productions SPV Limited

何よりもチェット・ベイカーに扮したイーサン・ホークの哀愁、パフォーマンスが素晴らしい。60年代のマイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピーら黒人奏者が占めるジャズの世界で、緊張やプレッシャーを乗り越えるためヘロインに頼ってしまう男の姿(「自信が湧くんだ」「テンポが広く取れる」「ひとつひとつの音の中に入っていける」)を、伝記映画ではなく、彼の人生を再想像した物語によって愛情深く描かれているのがわかる。渋く心地良い音楽と、ホーク自身による歌声に観客は聴き惚れながら、ベイカーのことを知らずとも巧みに魅了される。だからこそ、ドラッグ絡みのトラブルで暴漢に襲われ前歯を失った彼が、入れ歯をはめて再起を図り、血を吐きながら再び練習に励む様は、手に取るように痛みが伝わってくる。トランペットを吹くという行為=音楽と痛みとが密接に結びつくことで、演奏自体が主人公の心情を物語り、アーティストと恋人、クリエイティヴィティとドラッグなど様々な人生の葛藤がトランペットの音色に集約されていた。来年公開予定とのこと。
★★★★☆


『地雷と少年兵』(マーチン・ピータ・サンフリト)

(c) Danish Film Institute

若者たちが地雷から信管を抜いて除去していく作業を丁寧に見せていく過程や、美しい海が広がる浜辺に埋められた地雷を腹這いして鉄の棒で確かめながら撤去していく光景には、いつそれが爆発するかわからない異様な緊張感に満ちていて、大きなカルチャーショックのようなものを受けてしまう。終始、緊張と不安を滲ませ続ける巧みな演出は胃が痛くなってくるほどだが、そんな中で束の間にデンマークの軍曹とドイツの若い捕虜たちが一緒にサッカーを楽しむ場面には、団結・強力して体を動かすスポーツ本来の美しさがあったことも忘れがたい。戦争が終わり、はじめから敗北している中で、上の世代の責任を取らされるドイツの若者たちにとって、地雷は世界への不信の象徴であるように思え、良心と憎悪で揺れ続ける軍曹の命令によってなされる、その不信が頂点に達する行進は戦争の残した最悪の光景だろう。観た後で、英題『Land of Mine』──「私の土地」であり、「地雷原」──に込められた意味が重く迫ってくる。軍曹役のローラン・モラーやドイツ兵を演じた新人俳優たちの体現するリアリティーも説得力を与えていた。ただ、緊張と緩和、美と残酷、そしてイノセンスと凄惨など、あまりに要素のコントラストが強く、(観客があってほしくないと望む)悲劇性を作為的に強めている節があり、そういった仕掛けが史実をベースに描く上で気になった。
★★★☆☆

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(ロドリゴ・プラ)


ストーリーはシンプルながら、非常にユニークな映画のナラティブが新鮮に感じた。はじめはショットひとつひとつの場面の切り取り方が奇妙だなと思っていると、次第に主人公が起こした事件への他者個々人の裁判での証言の声が加わり、複数の者の視点から主人公の行動を映していく試みが取られているのが面白い。他者の視点から「事実ではなく(その人から見た)記憶をベースに再生された」ショットが強調されていくことで、客観性が生み出される効果が狙われていて、多数の人物の視点からひとつの事件が豊かに語られる実に小説的な映像表現に成功している。『エレファント』や『桐島、部活やめるってよ』などのアプローチよりもさらに論理的に押し進めた語り口とでもいうべきか、75分でまとめあげている点も含めてロドリゴ・プラのクレバーさが光っている。『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』や『父の秘密』『選ばれし少女たち』などで描かれてきたようにメキシコの社会に蔓延する暴力性と、その体制への小市民の怒りも確かに感じさせてくれた。★★★☆☆


『ぼくの桃色の夢』(ハオ・ジエ)

(c) Wanda Media Co.,Ltd (c) Single Man (Beijing) Culture Development Co.,Ltd

中国の中学男子たちの寮生活を描く前半は、主人公チャオの学校のマドンナであるリーへの片思いや、まだ「勃起」の意味すらも知らない無垢な有様が微笑ましく、多分にコメディータッチで楽しませてくれる(給食にねずみが丸々煮込まれたものが出たり、男子たちがすし詰めに寝ていたり)。劇伴やスローモーションの使われ方が完全に主人公の主観に沿っていて、同級生たちのキャラクター含めアニメ的と言ってもいいノリで悪くない。しかし、中学から高校に上がると、チャオ役がワン・ポンからバオ・ベイアルに突如変わり、そこから印象が変わっていくように思えた。「85%自伝的」と語る監督のハオ・ジエ(藤井フミヤ似)が「自分以上にイジイジしたタイプに見える」ため起用したというバオ・ベイアルによって、その個性的なイジイジした感じが確かにコメディーとしては成功に貢献していると思う。だけどその佇まいは、もはや妄想やスケベ心でニヤけているように見えてしまうため、なぜあの美少女がこの青年にだけ特別惹かれたのか疑問に思わせてしまう部分がある(もちろん美男美女でなければいけないと言っているわけではない)。そして、美少女がほとんど一方的な良い面しか描かれず、彼から見た“理想の美少女”でしかないため、リアルさよりもニヤけ男の幻想に思えてしまうから困ったものだ。個人的には、ヒロインに振られた失意の中、高校時代のチャオが2 アンリミテッドの「No Limit」をバックに自分自身が映った鏡に向かってキスをする(その鏡のすぐ隣には幼き頃の自身の写真がある)場面が印象深い。中学生から高校生、そして成人して妊婦になるまでをひとりで演じたスン・イーは、とてもチャーミングで魅力的だった。
★★☆☆☆


『ガールズ・ハウス』(シャーラム・シャーホセイニ)


古いイスラム社会の伝統と現代の文化のバランスのもつれによる悲劇を描くが、その中東にある因習や同じ国の中ですら互いの価値観を尊重できないでいる実態は興味深いが、サスペンスとしてさしてショックを受けるような「真相」ではないと思う。前半で謎を提示して、後半でその謎をフラッシュバックという形で明かしていく手法が取られるが、新鮮さに欠ける上に、その試み自体が古いしきたりに則っているのではないか。
★★☆☆☆


『フル・コンタクト』(ダビッド・フェルベーク)

(c) Lemming Film 2015

コンタクト=着弾。ヴァーチャル画面に向かってドローンを遠隔操作し、ターゲットを定め爆撃する様子をその画面を通してでしか描かないことで、完全にゲーム感覚を高めているが、個人的にはその行っていることの実感と実際に起こしている危害の乖離から生まれるトラウマにいかに向き合うのかを描いてほしいと思った。現実として描かれる兵士の物語の後に同じ役者が異なる人物を演じるふたつのエピソード(3つめのエピソードではドローンのターゲットとボクシングをし、コンタクトが肉体の接触の意味に変わる)が、現実の物語とは分裂してしまっていることが実験的で独創的ではあるが、潜在意識下の話だけになってしまうので逃げの表現のようにも思えてしまった。
★★☆☆☆

(text:常川拓也)


【作品解説】

『家族の映画』

2015年/チェコ/95分

冬休みを間近に控え、両親は一足先にヨット旅行に出かける。留守番の姉と弟は羽を伸ばして遊ぶが、やがて弟のサボりがバレ、事態は思わぬ方向に…。幸せな家族に訪れる変化を、意表を突く展開と端正な映像で描き、未体験のエンディングが観客の胸をしめつけること必至の驚きのドラマ。
出演
ダニエル・カドレツ、イエノヴェーファ・ボコヴァー、カレル・ローデン、ヴァンダ・ヒブネロヴァー

スタッフ

監督:オルモ・オメルズ
脚本:ネボイシャ・ポップ=タスィチ
撮影監督:ルカーシュ・ミロタ
編集:ヤンカ・ヴルチコヴァー
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『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』

2015年/アメリカ=カナダ=イギリス/97分

名ジャズ・トランペット奏者として一世を風靡した、チェット・ベイカーの苦闘の時代を描くドラマ。ドラッグに依存し、暴行されて歯を失い、どん底に落ちたチェットが再生を目指す姿を、イーサン・ホークが見事に再現する。シャープな映像とクールな音楽が抜群の官能をもたらす1本。

出演

イーサン・ホーク、カーメン・イジョゴ、カラム・キース・レニー

スタッフ

監督/脚本/プロデューサー:ロバート・バドロー

撮影監督:スティーブ・コーセンス

編集:デヴィッド・フリーマン

音楽:ディビッド・ブレイド、トドール・カバコフ、スティーヴ・ロンドン
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『地雷と少年』

2015年/デンマーク=ドイツ/105分
終戦直後、デンマークの海岸沿いに埋められた無数の地雷の撤去作業に、敗残ドイツ軍の少年兵が動員される。憎きナチ兵ではあるが、戦闘を知らない無垢な少年たちを前に、指揮官の心情は揺れる。憎しみの中、人間に良心は存在するか? 残酷なサスペンスの中で展開する感動のドラマ。

出演

ローラン・モラー、ミケル・ボー・フォロスゴー、ルイス・ホフマン

スタッフ

監督/脚本:マーチン・ピータ・サンフリト
プロデューサー:マイケル・クリスチヤン・ライクス
撮影監督:カミラ・イェルム・クヌーセン
編集:モリー・マレーネ・ステヌスガー、ペア・サンドホルト

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『モンスター・ウィズ・サウザンヘッズ』

2015年/メキシコ/75分
在宅介護していた夫の容体が急変する。慌てた妻は主治医に連絡を取ろうと必死になるが、事態は思わぬ方向に転がっていく…。平凡な主婦が絶望的な行動に走る様を、抜群のテクニックで描くノンストップ・サスペンス。

出演

ジャナ・ラルイ、セバスティアン・アギーレ・ボエダ、エミリオ・エチェバリア

スタッフ

監督:ロドリゴ・プラ
撮影監督:オディ・サバレタ
美術 : バルバラ・エンリケス
編集 : ミゲル・シュアードフィンガー

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『ぼくの桃色の夢』

2015年/中国/107分
中学生のチャオ・シャンシャンは学校一の美人リー・チュンシアに密かに恋心を抱くが、いじめっ子が無理やり彼女を自分のものにする。しかし、チャオ・シャンシャンの想いは変わらない。その想いを抱いたまま無気力な大学生活に入るが、そこでチャオは映画に出会う…。

出演

バオ・ベイアル、スン・イー、ワン・ポン

スタッフ

監督/脚本:ハオ・ジエ
撮影監督:ヤン・ジン
製作: ヤン・チェン、リー・リン

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『ガールズ・ハウス』

2015年/イラン/80分

結婚式を翌日に控えた女性が死んだ。直前まで新居のカーテンを変えていたらしい。友人たちが調べ始める。しかし、女性の父親は非協力的で要領を得ない。一体何が起きたのか、本当に死んだのか?謎解きドラマの形を借りつつ、伝統的なイスラム社会の影に踏み込む衝撃的なドラマ。

出演

ハメッド・ベーダッド、ラーナ・アザディワル、ババク・カリミ、ペガー・アハンガラニ

スタッフ

監督:シャーラム・シャーホセイニ
脚本:パルウィズ・シャーバズィ
撮影監督:モルテザ・ガフリ
プロデューサー : モハマド・シャイェステ

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『フル・コンタクト』

2015年/オランダ=クロアチア/105分
砂漠の中、兵士が小屋で画面に向かい、ドローンを操作して標的を爆撃する。遠隔殺戮のトラウマが蓄積した男がたどる精神の旅を、迫力の映像と想像力に満ちた展開で描く驚愕のドラマ。

出演

グレゴワール・コラン、リジー・ブロシュレ、スリマヌ・ダジ

スタッフ

監督/脚本 : ダビッド・フェルベーク
撮影監督 : フランク・ファン・デン・エーデン
音響 : ペーター・ワルニル
編集 : サンダー・ヴォス
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第28回 東京国際映画祭

28回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される。(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)

若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」では国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」などを始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。

国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報

2015年10月22日(木)〜31日(土)


上映スケジュール

http://2015.tiff-jp.net/ja/schedule/




会場案内

http://2015.tiff-jp.net/ja/access/




公式ホームページ

http://2015.tiff-jp.net/ja/

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