2016年1月17日日曜日

【アピチャッポン特集】映画『ブリスフリー・ユアーズ』評 text大久保 渉

「 君と見つめ合った瞬間を思いだす 」

 あの日あの時あの場所で、彼らは何を感じていたのだろうか。今でもふと思いだす、あの涙。あの頬笑み。

 優しく女の頭をなでていた男の大きな手。慈しむように男の体に触れていた女たちの小さな手。澄み切った川の中で触れあう男と女のみぎ足ひだり足。女たちを温かく見つめる男の穏やかな瞳。

 それは純情な愛ゆえの行動なのか、それともただ満たされない心を埋めたいがための孤独ゆえの行為なのか。不法移民で無職の青年ミン。息子を亡くした中年女のオーン。そして恋人との仲がうまくいっていない年若い娘ルン。カメラは彼らの不思議なつながりを映しだす。時に遠くから、時に彼らの背後から。まるで無関心を装うかのように、まるで彼らの本心が映るのを避けるかのように。お互いに足りない何かを補い合って生きている彼らの姿は、眩く、侘しく、心の内に滑り込む。

 そして私は思いだす。過ぎ去りし日々の中で出会った大切な人たちの面影を。今はもう会うことのない人たちの眼差しを。映画の中に。ルン達の中に。もしもあの時彼らの気持ちにもっと寄りそっていたならば、いや、それはしかし、やはりどうでもいいことなのかもしれない。

 あの日あの時あの場所で、過ごした日々のぬくもりは、今もこうして微かに胸の中に残っているのだから。たとえそれがその場限りの慰めであったとしても、それは映画の中の、あの生い茂る森の木々の間から差し込む陽光と同じように、私の心を、じわりじわりと温めてくれるのだから。たとえそれがやがては消え去ってしまうものであろうとも、しかしいずれはまた陽が昇るのと同じように、不思議と胸の奥底からふっと思い出される日が来ては、あの瞬間を恥ずかしく思いながらも、きっと懐かしむことができるのだろうから。

©Kick the Machine Films

(text:大久保渉)




『ブリスフリー・ユアーズ』
英語題:Blissfully Yours
2002年/タイ/カラー/35mm/125 分

作品解説
ミャンマーからやって来た不法労働者のミン、そのガールフレンドの若い女性ルン、ミンを何かと気づかう中年女性 オーン。ミンとルンとは森の中をさまよいながらひと時を一緒に過ごす、偶然同じ時に不倫相手と森に入ったオーン は姿を消した相手の男を探すうちにミンとルンと遭遇する...。ジャン・ルノワール監督の不朽の名作『ピクニック』 にもたとえられた至福の映画。

スタッフ
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン

配給:ムヴィオラ

公式ホームページ

劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム
公式サイト:http://www.moviola.jp/api2016/woods/index.html


【執筆者情報】

大久保渉 (Wataru Okubo)

ライター・編集者・映画宣伝。フリーで色々。執筆・編集「映画芸術」「ことばの映画館」「neoneo」「FILMAGA」ほか。東京ろう映画祭スタッフほか。邦画とインド映画を応援中。でも米も仏も何でも好き。BLANKEY JET CITYの『水色』が好き。桃と味噌汁が好き。

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