2016年1月20日水曜日

【アピチャッポン特集】映画『ブリスフリー・ユアーズ』評 text 長谷部 友子

「森に隠してきたもの」


若い男、若い女と中年の女。
彼らの関係は何なのだろう。最後までよくわからない。

ミャンマー人の青年ミンは、職を求めてタイへ来た不法移民だ。町で暮らす彼は、不法移民ゆえに職を得ることができず、若い女のルンと中年の女オーンはそんなミンを世話している。彼らの関係性はよくわからない。
ある日、ルンはミンと森にピクニックへ行く。同行したわけでもないのに、ふとしたことからオーンも合流し、奇妙なピクニックが続けられる。

©Kick the Machine Films

ピクニック。
軽やかな響きのする言葉だが、このピクニックは長閑でありながらも、どこか不穏だ。森でのピクニックで、食事をし、セックスをし、昼寝をする。森で行われること、それは欲望の発露であり、隠したいことなのだろうか。
そもそもどうして人は森へピクニックに行くのだろう。自然に分け入り、そこで何をしようというのだろう。

誰も誰かを選びきることをしない。
ルンはミンに好意を寄せているようだけれど、彼女を殴る恋人と喧嘩中らしい。オーンはミンの面倒を見ているが、ルンがオーンに金銭を渡しているところからすると、純然たる善意ゆえに二人と関わっているわけでもなさそうだ。そんなオーンは夫の同僚と思しき男と森でセックスをしているが、息子を失った悲しみから立ち直れないようだ。ミンはあまり話さず二人の女性から世話を焼かれ、中途半端に流されているが、国には妻と子供を残しているらしい。

愛し切ることも掴み切ることもせず、その場のむなしさを埋める。くだらない、覚悟のない、やるせない、そんな惰性の日常。どこにも行けない。そんな日常からの束の間の離脱であるピクニック。

叫び出すほどの孤独。それはなんと生ぬるく甘っちょろいものだろう。慟哭はいつか止み、涙も枯れる。しかし日常は終わることがない。日常の行き場のない孤独を描き出したとき、そこにあるのは、滑稽さか、不穏さか、それとも美しさなのか。

彼らは森に欲望を隠しに行ったのだろうか。
いや、一番隠したかったのはさみしさだ。
孤独にすらなれないさみしさを森にそっと隠している。

(text:長谷部友子)



『ブリスフリー・ユアーズ』
英語題:Blissfully Yours
2002年/タイ/カラー/35mm/125 分

作品解説
ミャンマーからやって来た不法労働者のミン、そのガールフレンドの若い女性ルン、ミンを何かと気づかう中年女性 オーン。ミンとルンとは森の中をさまよいながらひと時を一緒に過ごす、偶然同じ時に不倫相手と森に入ったオーン は姿を消した相手の男を探すうちにミンとルンと遭遇する...。ジャン・ルノワール監督の不朽の名作『ピクニック』 にもたとえられた至福の映画。

スタッフ
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン

配給:ムヴィオラ

公式ホームページ

劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

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