2016年1月15日金曜日

【アピチャッポン特集】映画『真昼の不思議な物体』評 text 井河澤 智子

「おとぎ話ってこういうふうに生まれるのかも」

 
 ねぇねぇおばあちゃんおはなしして~

 孫を寝かしつけるためにおばあちゃんが語るおはなし。桃太郎、浦島太郎、水戸の御老公。おばあちゃんは昔話をたくさん知っている。

 しかし、あまりに寝つかず、なんどもなんどもしつこくおはなしをせがむ孫に、おばあちゃんのネタも尽き、適当に、いい加減におはなしをこさえて……

 私はそういう子どもだった。

 あんまりにも寝つきが悪く、祖母だろうが母だろうが父だろうが、寝かしつけようとおはなしをしても絶対眠らなかったため、めんどうくさくなって適当な昔話をこさえてその場をしのいでいたのではないかと今思い出す。

 あのおはなしのつづきをして~

というといつも

 どのおはなし?


と返ってきたものである。おはなしの続きは、さらに適当で行き当たりばったりだったのだろうなぁ。


 さて、この『真昼の不思議な物体』、そんなおばあちゃんが適当に語り出したおはなしがそのまま映像となる。ふと気づくと、そのおはなしをどこかの誰かが適当にきいている……そしておはなしを誰かが適当に膨らませていく……そしてまたその適当なおはなしはそのまま映像となり……村の劇団によって演じられる芝居となり……青年は象に乗り、おばちゃんはサングラスをかけておどけてみせる…手話で会話する仲良し女子2人組……ハーフっぽい顔立ちの子どもたち……タイのあちこちの普通の人々がなんとなくかたち作る物語、そんな映画である。


©Kick the Machine Films 

 どこかの誰かが適当に喋っているのだから一貫性なんてない。しかし、ご老体が喋れば家族が大事だという教訓めいた話になり、おばさんが喋れば昼メロじみたおはなしになり、子どもが喋れば超能力者は出てくる宇宙人は出てくる一大SFになる。

 これは実はけっこう大事なことである。たとえその人が適当に喋ったことでも、その人のありようや価値観がはっきりあらわれてしまう。それは極めて個人的な事象である。「適当」こそ、ひょっとしたらその人そのものなのかもしれない。そんな適当かつ、個人をよくあらわしているおはなしがいくつも連なり、この映画をかたち作っている。 

『真昼の不思議な物体』というタイトルは、英題の『Mysterious Object at Noon』の直訳である。原題はどうやら『ドーク・ファー 悪魔の手元』というらしい。全然違うじゃないか。 

「不思議な物体」。たしかにそれらしいものは劇中で語られる。しかしそれは喋る者が変わった途端「別のなにか」に変化し、それっきり出てこない。 

Object。ひょっとしたら、このタイトル、ちょっと違う意味があるのではないか。 

 ものの本によると、Objectには「(知覚できる)物、物体」という意味の他に「(動作・感情などの)対象」という意味がある。ふむ。対象。 

 しかし、実は、個人的にもっとしっくりきた意味がある。 

「【哲学】対象、客観、客体(←→subject)」。 


  喋る個人は、主観、あるいは主体(subject)としてそこにある。しかし、彼らが語る物語、あるいはホラ話、あるいは寓話、なんでもいいが、発話された瞬間、それは聞く者にとっては客観、あるいは客体(object)である、のではないか。語る人の物語はそれを聞く人たち各々の「subject」の中に取り込まれ、初めて「それぞれの物語」になる。それまでは「object」なのである。 

 この映画は、「object」が「subject」と変化し、それが繰り返す過程をあらわしてもいるのではないだろうか。 

 迂闊にもめんどうくさいことを考えてしまった。 

 要するに、この映画のタイトルを個人的に訳すとして、こうすればしっくりくると感じたのは、「真昼のケッタイなナンカ」「真昼にパーパーよくわからんことをしゃべるダレカ」というようなおよそタイトルにもならないような感覚なのかもしれず、観る者のいちばんラクな姿勢としては「他人がしゃべるよくわからん適当なホラ話を、深く考えず、ヘぇぇそうきたか、そうなるか、次しゃべる人はどうするか、どんなおはなしになるか、と適当に楽しむ」ことなんだろうな、と、タイの田舎の風景の、いかにも蒸し暑そうな空気を感じさせる(タイに行ったことがないので、暑いんだろうけど蒸し暑いのかカラリと暑いのかさっぱりわからないが、なんだか観る限り蒸し暑そうな)、モノクロの荒い画面をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えた。

実は民俗学のフィールドワーク映像でしたといわれたら深々と納得する度:★★★★★

(text:井河澤智子)


※タイ語タイトルhttp://www.asia-network.co.in/TM/T-M22.htm参照

『真昼の不思議な物体』
英語題:Mysterious Object at Noon/
2000年/タイ/モノクロ/35mm/83 分

作品解説
監督はタイの国中を旅し、出会った人たちに物語の続きを創作してもらう。画面には、マイクを向けられるタイの地方の人々と、彼らによって語られた「不思議な物体」の物語が、交錯して描かれる。話し手により物語は次々と変容する。

スタッフ
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
脚本:タイの村人たち
撮影:プラソン・クリンボーロム
編集:アピチャッポン・ウィーラセタクン、ミンモンコン・ソーナークン



配給:ムヴィオラ

公式ホームページ

劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

0 件のコメント:

コメントを投稿