2016年1月26日火曜日

【アピチャッポン特集】映画 アートプログラム<中・短編集>評  text高橋 雄太

「連続と断絶」、「記憶」


アートプログラムはアピチャッポン監督自身がセレクトした七つの短編・中編で構成されている。そのうちのいくつかを「連続と断絶」、「記憶」という二つのテーマに沿ってピックアップしていく。

「連続と断絶」については『国歌』(2006年)と『Worldly Desires』(2005年)を取り上げる。
タイの映画館では上映前に国歌が流れるという。このことを真似たかのように、『国歌』から本プログラムは始まる。ただし国歌が大音量で流れるわけではない。女性たちが話しており、国歌の話題も出てくるのだが、いまひとつ会話は噛み合わない。突如、体育館らしき場所に切り替わる。バドミントンが行われており、カメラはコートを周回しながらそれを撮影する。だがラリーはあまり続かず、シャトルは落ちてばかりだ。断絶するラリーと、なめらかに動き続けるカメラ。このシーンが延々と続く。

次の『Worldly Desires』は、映画やミュージックビデオのメイキングのような中編ドキュメンタリーである。 
まずミュージックビデオの撮影風景から始まる。夜の森で五人の女性グループが歌を唄っている。場面は突然変わり、男女が昼間の森をさまよう劇中劇になる。二人は何者か、なぜ森の中にいるのか。その疑問が答えられることはない。それどころか、劇中劇を撮影するスタッフの様子などが描かれる。さらに冒頭の女性たちの唄うシーンが数回にわたって挿入される。
女性グループ、逃げる二人、撮影隊、いずれのパートも深く掘り下げられることはなく、パート間の関係も不明。何の説明もなしに次々と切り替わっていく。本作は一つのストーリーラインには乗らず、三つの部分に分裂したまま続く。

『国歌』は周回を続けるカメラと断絶するバドミントンで、『Worldly Desires』は42分のひと続きの作品を3パート構造で、「連続と断絶」を示す。『トロピカル・マラデ
ィ』(2004年)や『世紀の光』(2006年)などアピチャッポンの長編と同様、分裂し、同時につながってもいる複数の世界の存在を示しているようだ。

次に「記憶」をめぐる作品『エメラルド』(2007年)と『ナブアの亡霊』(2009年)を取り上げよう。
『エメラルド』の舞台は、バンコクのエメラルドホテルの部屋。窓から光が射し込んでいるが、人はいない。部屋には白い羽毛のようなものが浮遊している。そこにナレーションが流れ、人々の記憶が語られる。その中に「カンチャナブリ」という言葉が登場する。カンチャナブリとは映画『戦場にかける橋』の舞台にもなったことで有名な、戦争の記憶が残る場所である。部屋を漂う言葉と物体は、記憶の結晶だ。映画が進むにつれ、徐々に部屋を漂う浮遊物の密度が増していき、さらに赤や青の物体も加わる。人の顔がベッドに浮かび上がり、消えていく。大都市と化した21世紀のバンコク。だが、記憶や歴史は消え去ることなく漂っている。

©Apichatpong Weerasethakul. Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE.


『ナブアの亡霊』は、夜の闇に稲妻が光る場面から始まる。やがて、この稲妻のシーンは、荒野に設置されたスクリーンに上映された映像であることが明らかになる。スクリーンの前では、青年たちが火のついたボールでサッカーをしている。その火がスクリーンに燃え移り、スクリーンは焼け落ちる。スクリーンの背後からは、稲妻の映像を映写する映写機が現れる。スクリーンとともに稲妻の映像も消えるのだが、映写機の前の空間に断続的に光が輝く。スクリーンがなくとも、稲妻の映像は空気中の砂煙りなどに映写され、像を生み出す。映像が記憶装置であるならば、映写機から投影される光には記憶が含まれている。たとえスクリーンに映写されなくとも、空間を伝搬する光は空間を漂う記憶だ。映画館の座席につく我々とスクリーンとの間の空間、そこを伝搬する映写機の光も記憶である。
『エメラルド』の浮遊物のように、『ナブアの亡霊』の光のように、我々の周囲にも記憶は漂っているのではないか。この二作は、不可視の記憶を可視化する試みであろう。 


バラエティ豊富度:★★★★☆
(text:高橋雄太)
 

作品解説

アートプログラム<中・短編集> 
104分/台詞のある作品はすべて日本語字幕付きで上映

 『国歌』(The Anthem) 
2006年/5 分 
タイの映画館では、本編上映前に国歌が流れる慣習を独自にアレンジした短編作品。

『Worldly Desires』  
2005年/42分32秒
韓国チョンジュ映画祭の企画『三人三色』で制作した映画内映画。

 『エメラルド』(Emerald) 
2007年/11分
80 年代バンコクで隆盛を極めるが、閉館してしまったエメラルド・ホテル。その場所の記録と記憶。

 『My Mother’s Garden』 
2007年/6分42秒
 仏・ディオール社のジュエリー・デザイナーの宝石コレクションを撮影。アピチャッポンの母が蘭を育てた庭をイメ ージ。

『ヴァンパイア』(Vampire)
2008年/19分 
ルイ・ヴィトンに“旅”をテーマにした映像作品を依頼され、自らタイとミャンマーの国境付近へ。そこにはヴァンパイア鳥の伝承があり......。 

『ナブアの亡霊』(Phantoms of Nabua)
2009年/10分43秒
 映像インスタレーション「プリミティブ」プロジェクト(09)と同時制作。タイ・ナブア村で少年らが燃やすものは?
“Phantoms of Nabua” 2009 ⓒ Apichatpong Weerasethakul. Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE.

『木を丸ごと飲み込んだ男』(A Man Who Ate an Entire Tree)
2010年/9分 
タイの野生林で伐採を始めた男は、やがて、自然のドラッグ作用で自分をコントロールできない状態に......。

配給:ムヴィオラ

公式ホームページ


劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

0 件のコメント:

コメントを投稿