2016年1月10日日曜日

映画『独裁者と小さな孫』text今泉健

「続編の条件」


※文章の一部で、結末に触れている箇所があります。

 独裁者は英語で「Dictator」、この作品の原題は「The President」だが、「独裁者と小さな孫」としているのが、言いえて妙な印象を受ける邦題だ。話はシンプルで政権が崩壊した大統領が国外脱出の為、孫を連れて陸路逃亡を図ろうとする話である。ただこの大統領を独裁者と呼ぶには少し脇が甘い。
 
 独裁者は極度に臆病な人が多いと聞いた事がある。政敵がいれば強引な方法で排除するし、非常手段にも出るだろうから必然的に多くの恨みを買っていると自覚がある。従って疑い深くなり、影武者を置いたりすることになる。自分の行動論理から、権力から引き摺り降ろされる=死という考え方になるのだろう。しかし、この大統領には影武者はいない。せっかく無事に着いた空港から孫がゴネたのを口実に逃げ出さないのも思えば奇妙なシーンだ。冷酷で他人を信用せず、自分勝手なところはサイコパス的だし、食事はお毒味の後とか象徴的なシーンはあるが、楽観的な面もあり独裁者というより「お山の大将」という方が適当かもしれない。やはり原題の「The President」の方が収まりの良い役どころではないだろうか。とは言うものの、映っている物事に現実感はあるし、「おとぎ話」としての独裁者を描きつつ、映画らしく何かを示唆したり、映像的に印象に残るシーンもあり、それでいて時折コミカルさが覗くという、極上のフィクションに仕上がっているのは間違いない。
 
 自分の威厳を高めるために国中にばらまいた肖像画が、追われる立場になるともっとも効果的な指名手配写真になるという皮肉たっぷりの展開がうまい。推測するにたぶん、王政を倒した軍事政権の二代目だろうか。初代ならもっと周囲の状況に敏感なはずだが、若い頃から、一(いち)軍人から大統領になった親の背中は見ているはずだ。また、逃亡中に見せた警戒心の強さ、状況対応能力、拳銃の使用、夜間に車の運転など、優秀な兵士で指揮官(コマンダー)の才能はあるように思える。宮殿では至れり尽くせりの生活のようだが、娼婦のマリアの件など若い時は現場に「修行」に出ていた時もあったのだと思える。ただ、街中の電気をつけたり消したりするのも先代譲りなのか、とても幼稚に思える。逃亡の道すがら映る街や国土も、農業や畜産以外のさしたる産業はない様子で、国家を振興をさせようとする政策や思想を感じない。そもそも(明らかに)軍事政権なのに軍も掌握せず、肝心の兵士たちさえ飢えさせているようでは、政権の維持など不可である。一般に三代目は身上をつぶすといわれ、そこまで繋ぐのが難しい。特に世襲組織においては三代目が重要でそこを乗り越えれば長く続く。理屈は簡単で、三代目は生まれたときから全く苦労をせずに大人になる可能性が高く、躓きやすいのだ。やはり三代目になるはずだった息子夫婦がテロで殺害されたのが大きな誤算か。息子も世間一般の常識や節度を持ち合わせておらず、一線を超えてしまったのだろうか。そして後継者といってもあの孫になってしまうわけだから政権も揺らぐはずだ。しかし大統領にしてみれば、逃亡の同士である孫の目線こそ自分が忘れていた視点で、心の中のもう一人の自分なのだ。無事に二人で逃げ切るために、不自然と思われぬよう民衆の中に入り込む選択をしたのだと思うが、孫との触れ合いの結果少しではあるが自らの人間性に気づき始めることになる。
 
 そして、この話の眼目は身をやつす姿としてギター片手の旅芸人を選ぶところだろう。ラストシーンへのつながりだけではない。実際の政権でも、多分、肝心な情報は面従腹背の、空港にいた元帥のような部下たちに遮られ利用されていたように思われる。末期に近づくにつれ、もっと甘い汁を吸いたい部下達に利用され踊らされていたのではないだろうか。本人も気付かないうちに踊らされ続ける大統領。大方スイス銀行の公金の不正蓄財でもやっていたことが発覚してテロの対象になった息子夫婦が暗殺された時に逃亡の手を打つべきだった。彼らは自業自得だとしても孫に罪はないのだ。しかし、旅芸人姿が板についているおかげで大統領は孫と共に自分が指示した所業の結末、住民の心が劣化している様や絆が分断されている様を、うんざりするほど見せつけられる羽目になる。
 
 大統領は最後、民衆に囲まれたとき、一切命乞いもせず、孫も助けようともせず、弁解しなかったが、それは彼が臆病者だからか、観念したからか。監督の真意はわからないが、あの場面で、彼がどんな言葉を発したとしても、住民たちの怒りを爆発をするきっかけを与えるだけで、二人とも殺されていただろう。だからある意味、なすがままにしたのは自分と孫を守るための高等戦術だったととれなくもない。しかしこの混乱ぶりを見るにつけ政権奪取をあきらめていない様子なのはさすがお山の大将である。最後に出てくる男は唐突な感があるが、彼の言動は情緒的だけでなく、本質的にも正しい。つまり、この国の将来は大統領の処刑では良くならない。憎しみを呼ぶだけでなく、ほんとの困窮の原因、甘い汁を吸い、大統領に尻尾を振っていた者達を要職から外さなければ、主原因を排除できないのだ。いずれ宦官共は第二の大統領を祭り上げるかもしれない。この国の形がどうなろうと、大統領はどのような立場でも「踊り続ける」しか生きる道はない。その時は孫も一緒だろうが、いずれ解放してくれないだろうか。そして何とか生き延びて欲しい。それは彼が生き残ることが続編の条件となるからだ。これだけ妄想が膨らんでしまったので彼が大人になった時、この国がどうなっているかとか、この経験をどう思っているかなど、きっとあるであろう監督の用意した真相が分かる続編も観てみたくなった。

大統領のギター演奏ぶり:★★★★★

(text:今泉健)






『独裁者と小さな孫』

2014年/ジョージア=フランス=イギリス=ドイツ/119分

作品解説

独裁政権が支配する国でクーデターが起きた。これまで国民から搾取した金で贅沢な暮らしを送り、政権維持のため多くの罪なき人々を処刑してきた老齢の独裁者は、幼い孫と共に逃亡生活を送ることに。羊飼いや旅芸人に変装して正体を隠しつつ海を目指す彼らは、その道中で驚くべき光景を目撃する。

出演

大統領:ミシャ・ゴミアシュビリ
孫息子:ダチ・オルウェラシュウィリ
売春婦:ラ・スキタシュヴィリ
歌手の政治犯:グジャ・ブルデュリ
理髪師:ズラ・ベガリシュヴィリ
護衛:ラシャ・ラミシュヴィリ

スタッフ

監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ/マルズィエ・メシュキニ
製作:メイサム・マフマルバフ/マイク・ダウニー/サム・テイラー/ウラジミール・カチャラワ
撮影:コンスタンチン・ミンディア・エサゼ

公式ホームページ

http://dokusaisha.jp/

劇場情報

新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中
2/6~横浜シネマ・ジャック&ベティにて公開

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