2016年2月17日水曜日

【アピチャッポン特集】映画『トロピカル・マラディ』評 text長谷部 友子

「孤独な魂の行方」


一瞬の油断もなくそれを見終えた。
鮮烈な映画だ。うねるような暑さ、体液の匂い、息遣い。どれもが生々しすぎる。

「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

『トロピカル・マラディ』の冒頭で引用される中島敦の『山月記』の一節。主人公の李徴は自らが虎になった理由をそのように説明した。

山間の小さな村、兵士のケンと村の青年トンは、出会い、恋に落ちながらも静かな日々を過ごしている。突如、劇中劇といった形式で「魂の通り道」という、呪いにより人間が虎に変身するタイの民間伝承が語られる。この劇中劇を境に、淡々と描かれる前半から、同じ映画とは思えないほどに一転する。牛が次々と殺されてゆく事件を調べるため、残された足跡をたどって森の奥深くに分け入った兵士は、全身に刺青を施した不思議な男の姿を目にする。刺青の男は咆哮を上げ、虎に変身しているようだ。前半でケンとトンとされた人物が演じてはいるものの、後半では「兵士」と「虎」としか語られない。

『山月記』において虎になった理由は尊大な羞恥心とされ、「人間ならざるものになる」ということを中島敦は近代的な自我のありようと結びつけて考えている。しかし『トロピカル・マラディ』においては、虎になることは過剰な自意識や不遜さといった近代的な自我のありように下される罰などではない。太古の昔に遡り、私たちは既に虎になっているような錯覚に陥ってしまう。

兵士は虎に対峙したとき、その虎が誰なのかを問うことになる。
見ず知らずの刺青を施した男が変身した後の姿なのか、それとも前半で恋人として描かれたトンなのか。兵士は言う。「ここで会っているのは自分自身」だと。さらに「ここでお前を殺したら、互いに動物でも人間でもないものになる」と続ける。
この凄まじい緊迫感の対峙。虎に対峙している。しかしその虎とは一体何者なのだろう。虎を追って森に入ったはずなのに、私自身が虎だったのか。いや私だけが虎なのではない。絶えず誰かが虎になり、虎の自分と対峙する。森の中、猿は兵士に「お前は奴の獲物であると同時に友なのだ」と告げる。


©Kick the Machine Films

この作品に漂い続ける暴力的なエロティシズム。
ジョルジュ・バタイユによれば、エロティシズムとは有限な個体に対してのみ現れるものである。有限な個体は自己中心的であるが、我知らず他者との共同へと促され、自己を失う危険を冒しつつ他者との共同へと誘われる。
森に誘われ、分け入っていく兵士。そこにある圧倒的な誘惑と、拒絶と、孤独の衝突。虎は闇に潜み兵士を誘惑しながらも、決して交わることのない孤独を、咆哮を上げて訴える。ここに描かれているのは、生の根源的な哀しさである。
映画を見終えて大きく息を吐く。深呼吸を繰り返し、自分がひどく動揺していることに、疲れ果てていることに気づいた。この倦怠は、あなただけはと思う人と、多くの時間と言葉を尽くし語り合い、それでも届いていないのだという、もどかしさを越えた怒りと悲しみに似ている。

優れた作品は孤独に効く。
私を理解する者はいない。世界中に現存すると言われる七十億の人間をあたって試したわけでもないけれど、そんなことは試す前から無駄だと思っている。自分がたった一人、凄まじい孤独にさらされているという圧倒的な感覚に支配されている。
作品に対峙するとき、これを考え、直面し、取り組んだ者がいたのだと思い知らされる。芸術はどれほど孤独を描ききろうと、孤独に陥ることを許さない。その作品を受領する者が存在し続ける。そしてそれは下手な慰めなどではなく、自分が決して孤独に陥れないことを了解させられる。

映画の冒頭、前半のケンとトンの恋愛が語られはじめようとする前、一人の青年が裸で走りさる一瞬のカットがあった。あれは誰なのだろう。
生々しく、原始的なあの場所で、彷徨い続ける孤独な魂の行方を案じずにはいられない。
青年は、これから虎になるのか、すでに虎になっているのか。虎になることが恐ろしいのだろうか。いや人であることが、人に戻ることこそが恐ろしい。あらゆることはおこる。とどまれというのか、超えろというのか。変容し、変容こそが生である。
この先、何度だって森に潜るだろう。生ある限り、そこにあるものを見ないわけにはいかない。

(text:長谷部友子)

関連記事:アピチャッポン特集





『トロピカル・マラディ』
英語題:
Tropical Malady
2004年/タイ、フランス、イタリア、ドイツ/カラー/35mm/118 分

作品解説
愛し合う二人の青年の日常がみずみずしく描かれる前半から、一転、不穏な空気に包まれる後半。冒頭には日本の作 家、中島敦の「山月記」の一節が引用され、アピチャッポン作品を貫く重要な要素の一つである“変容”が最も顕著 に表現されている。観客に森の中に迷い込んだかのような感覚を与える撮影と音響は圧巻。カイエ誌ベスト 1 にも輝 いた傑作。

スタッフ
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン

配給:ムヴィオラ

公式ホームページ

劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

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