2016年4月14日木曜日

映画『ジョギング渡り鳥』評text今泉 健

「No spoilers, but」


 映画のタイトルが重要なのは言うまでも無い。短かければ短いほど良いという話もあるくらいだが、あえて説明的にする場合もある。『ジョギング渡り鳥』。このタイトルは意外な言葉の組み合わせで過不足無くどちらも満たしているようだ。最初に聞いたときは、木枯らし紋次郎(みたいな人)がジョギングしている画が浮かぶなど色々勝手に想像していたが、まずその時点で作り手の勝ちだろう。

 ちなみに全くそんな話ではない。異星人モコモコ星人を乗せたアダムスキー型UFOが思わぬ形で日本の入鳥野(にゅうとりの)町(ロケ地:埼玉県深谷市)に墜落。脱出ポットで命からがら助かったあとは、帰還の目的の為と好奇心の強さもあって地球人の観察を、映画の撮影をするかように始める。ちなみに話の主人公たちは地元の地球人である。役名は独特で、ソビエト、ウクライナ、チェルノブイリ、スリーマイル、シーベルト、ベクレルなど原発事故を想起させるものとなっていて、制作者たちの意図が込めれられているようだ。

 設定にSF的要素が盛り込まれているのが特徴で、人間には見えないモコモコ星人は反物質で地球人(物質)のドッペルゲンガーが触れあうとお互いの姿が消えてしまうとか、町の名の入鳥野(にゅうとりの)も宇宙の暗黒物質の1つと言われていたり、UFOは縮尺が不明だが、カラスに襲われ?揺れる船内は、さながらTOS(スタートレックのオリジナルシリーズ)のようであったりする。モコモコ星人の話し言葉は意味不明でSF作品の異星人言語(例:スタートレックのクリンゴン語)のように一定の規則性はない。時折日本語も飛び出すのでアジア圏の言葉みたいに聞こえて、テレパシーに近い形で話をしているように思える。

 タイトルにジョギングと付くだけあって、走ることが習慣の人々が多く登場する。しかし汗は、さ程感じない。張り合っているのではなく、皆思い思いにマイペースで走り続ける感じだ。走ることにより、疾走する波動や各々の鼓動が廻りに影響を与えているかのようだ。相互間のバタフライエフェクトというべきか。走っている人達の思いは様々だが、とにかく走り続けていれば再びチャンスを与えられることがある。さらに次のステージへと行ける可能性も広がって、別の風景が見られるかもしれないということだ。1等賞をとったことがあってもそれは同じである。小休止もハーフタイムもOK、それはあくまで走ることを前提としているからだ。人生をマラソンに例えるとまではいかないが、やめないことが大切であり、必ずしも汗水をだらだら掻く必要はないというのが良い。話の過程で、片思いの数珠つなぎが起こるが、片思いと追いかけることをリンクさせている。皆が全て成就しない恋愛を追い続けるこの集団は、ある意味熱い愛情に溢れていて素敵だ。また、ラストに近い場面で、追い抜かれた人が後方から、ギアチェンジしたかのように、颯爽と追い抜く場面が映る。人を追い抜く姿は画的にかっこいい。これは単なる感想に過ぎないが、まさに捲土重来で一時は後方に後れをとっても、あきらめずに続けていればこそ得られるチャンスもあると訴えているように見えた。それは宇宙を渡り歩くモコモコ星人にもあてはまる。

「渡り鳥たちは家族でしょうか、たまたまの集まりでしょうか」という問いかけが冒頭からされるが、私は仲間だと思う。目的を一つにして何かに取り組むのは仲間(クルー)である。まさにこの映画を作るために集まることになったこの制作クルーそのものを指すのは言うまでも無い。彼女は恋愛対象、友人は特別な相談の出来る人、でも常に仲間とは限らない。パートナーや家族は運命共同体で仲間的な側面もあるが、全くイコールではない。ランナーたちも思い思いに走っているが給水所で一緒になってウクライナさんから渡されたお茶を飲むときは、皆仲間のような感覚になっているのではないか。エンドロールで流れるテーマ曲は仲間で仕上げた感じで、とても心地よい。そして撮影現場が時折顔を覗かせることで一体感は増幅する。メイキングと本編その中の劇中劇が合いまみえているのだ。現場の良さと作品の良さがリンクするかは正直分からない。ただ、フィクションでありながら、意図しない見物人や監督を始めとしたスタッフも映り込むので、撮影現場に愛着がある人にはさらに楽しい映画だろう。

 兎にも角にも、映画というメディアに対する何らかのシンパシーがあるなら「四の五の言わずとにかく観てください」と言いたい。まだ観ていない方なら、ゴタクのような拙文は忘れた上で観ていただくのが良い。受け手により感じ方が変わると思われるからだ。

 映画はあまり予断をもって観るものではないと思うし、この文章もネタバレはしないようにしているつもりだ。ただ、作品未見の方に言いたいのは、(当り前なら申し訳ないが)1場面1場面に目を凝らして集中を切らせないこと。骨太なストーリーがある作品ではなく、切り貼りされた感のある場面で展開するので、集中力を失いかけることもあるやも知れないが、それでは作品に散らばる素敵なカットを見逃しかねない。同じ映画を観た人と話をしたりすれば、「ええっ? もう1回観なくては」と思う羽目になるだろう。もっとも、そうなったら流れに抗わず再度観たら良いだけのことであり、それだけの価値のある作品だと思う。やはり、観る前には読まなくていいということには変わりないようだ。

ランナーたちの頑張り度:★★★☆☆(text:今泉健)




『ジョギング渡り鳥』
2015年/157分/日本

作品解説
俳優としても活躍する鈴木卓爾監督が、講師を務めた映画美学校のアクターズ・コース第1期高等科の実習作品として、3年がかりで生徒たちと作り上げた初のオリジナル長編作品。遠い星から神を探して長い旅を続けてきたモコモコ星人が、地球へとたどり着く。母船が壊れて帰れなくなった彼らは、とある町の人々をカメラとマイクを使って観察しはじめる。しかし、モコモコ星人には人間のような「わたし」と「あなた」という概念がなく……。

キャスト
地絵流乃 純子:中川 ゆかり
山田 学:古屋 利雄
留山 羽位菜:永山 由里恵
留山 聳得斗:古川 博巳
走咲 蘭:坂口 真由美
麩寺野 どん兵衛:矢野 昌幸
摺毎 ルル:茶円 茜
海部路戸 珍蔵:小田 篤
瀬士産 松太郎:柏原 隆介
背名山 真美貴:古内 啓子
部暮路 寿康:小田原 直也
海部路戸 ノブ:吉田 庸
郵便局員:佐藤 駿
瀬士産 仁:山内 健司
ジョガーの女:兵藤公美
ハンター 入皆茶:古澤 健

スタッフ
監督:鈴木 卓爾
場面構成:鈴木 卓爾
撮影監督:中瀬 慧
音響:川口 陽一
照明応援:玉川 直人
助監督/制作:佐野 真規、石川 貴雄
編集:鈴木 歓
ロケーションコーディネート:強瀬 誠
宣伝デザイン:三行 英登
宣伝統括:吉川 正文
製作:映画美学校、Migrant Birds Association
宣伝・配給:Migrant Birds Association、カプリコンフィルム

公式サイト
劇場情報
新宿K’s cinemaにて3月19日(土)より公開中
大阪 第七藝術劇場にて公開決定!


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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

オールタイムベストは「ブルース・ブラザーズ」(1980 ジョンランディス)
昨年の映画ベストは「激戦 ハート・オブ・ファイト」(ダンテ・ラム)、「海賊じいちゃんの贈りもの」(ガイ・ジェンキン)と「アリスのままで」(リチャード・グラッツアー)

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