2016年4月23日土曜日

映画『無伴奏』評text長谷部 友子

「はじめて恋に落ちたとき」


1969年、反戦運動や全共闘運動に揺れた政治の季節。杜の都仙台で、高校3年生の野間響子(成海璃子)は、友人と制服廃止闘争委員会を結成し革命を訴えるも、ベトナムにも安保にも沖縄にも強い思いはなく、学園闘争の真似事をしているだけの自分に気づき、そんな自分にうんざりしている。ある日、響子は友人に連れられて入ったバロック喫茶「無伴奏」で、大学生の渉(池松壮亮)、渉の親友の祐之介(斎藤工)、祐之介の恋人エマ(遠藤新菜)の3人に出会い、優しく微笑みながらも秘密の匂いのする渉に惹かれていく。初めてのキス、初めてのセックス。“革命”以上のひりひりとした圧倒的なリアル。響子が恋に落ちる中、思いもよらない衝撃的な事件が起こる。

直木賞作家である小池真理子の半自叙伝的同名小説を矢崎仁司監督が映画化した本作は、政治の季節を背景に、多感な恋に揺れ動く男女の姿を繊細かつ大胆に描いている。矢崎仁司監督は同じく直木賞作家である江國香織の『スイートリトルライズ』も映画化している。静謐な恐ろしさと絶望的な空気感で形成される愛というものを、原作に対する深い敬意を示すと同時に、映像として成立させた圧倒的力量が、本作でも余すことなく発揮されている。
常に優しい笑顔を浮かべながら翳りを含み、この世にその実体の半分がないような渉を演じる池松壮亮は、ナイーブで複雑な心情を体現している。一方、響子を演じる成海璃子はスクリーン初となる大胆な官能シーンが取り沙汰されているが、それ以上に、若さゆえの未熟さと苛立ちを抱えながらも不確かな渉に惹かれ、渉を受け止めようと過渡期にいながらも否応なく成長しなければならない心情を演じきったことこそ一見の価値がある。

はじめて恋に落ちたとき、ある人に言われたことがある。人を救えるなどということはゆめゆめ思うな。人に人を救うことはできない。もしできることがあるとするならば、明るい場所で待ち続けることだけである。暗闇から人を引き上げられるなどと思うなと。
そしてもう一つ。この先も不安定で弱い人を好きになり続けるのであれば、強くなりなさい。その強さとは精神的な強さも、肉体の健康も、経済的自立もすべてが含まれている。そんな道をあなたに望んでいるわけではないし、あなたを支えようとする善良な人を好きなった方がいいと思うけれど、あなたは生まれてこのかた、人の言うことを聞いたことがないのだから、もしもその選択を続けると言うのなら強くなりなさい。かなり昔に言われた言葉だが、なかなか正しい言葉だとは思う。そしてこの映画を見て、その言葉を思い出した。

どこかここにあらずで繊細に揺れ動く渉の質量と、倒れ落ちそうなほどの衝撃に傷つきながらも静かに起立する響子の確かさとその見事さを目撃し、人を恋うるために、私はあとどのくらい強くならなければならないのだろうと今でもくらくらする。

(text:長谷部友子)






映画『無伴奏』
2015年/132分/日本

作品解説
直木賞作家・小池真理子による半自伝的恋愛小説を成海璃子の主演で映画化。実在した喫茶店「無伴奏」を舞台に、時代に流されて学園紛争に関っていた多感な女子高校生の成長を描く。日本中の学生たちが学生運動を起こしていた1969年の仙台。同級生とともに学園紛争を行っていた女子高校生の響子は、友人に連れられて足を運んだ喫茶店「無伴奏」で、大学生の渉とその仲間たちと出会う。

キャスト
成海璃子:野間響子
池松壮亮:堂本渉
斎藤工:関祐之介
遠藤新菜:高宮エマ
松本若菜:堂本勢津子

スタッフ
監督:矢崎仁司
原作:小池真理子
脚本:武田知愛、朝西真砂
製作:重村博文

公式サイト

劇場情報
新宿シネマカリテ他、全国劇場公開中

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【執筆者プロフィール】

長谷部友子:Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

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