2016年6月23日木曜日

フランス映画祭2016〜映画『ミモザの島に消えた母』評text藤野 みさき

「追想」

 メラニー・ロランが一躍その名を知られるようになったのは、ちょうど今から10年前のことである。『パリ空港の人々』や『灯台守の恋』などの作品で知られるフィリップ・リオレ監督が、オリヴィエ・アダムの小説を映画化した『マイ・ファミリー/遠い絆』に当時23歳で主演をつとめたことがきっかけであった。

 『マイ・ファミリー/遠い絆』は19歳の専門学生であるエリーズ、通称リリ(メラニー・ロラン)が休暇から帰ってくるところから始まる。帰国早々、双子の兄であるロイックが失踪したことを知らされ、彼女は動揺を隠せない。電話もなんの便りもない。しかし、家族はそんなロイックの突然の失踪にどこか訝しげな表情を浮かべ、何かを隠している様子だった。最愛の兄であるロイックはなぜ失踪したのか。その真実を追うために、彼女はひとり、旅に出る。
 白いポスターに写る、儚げな表情に、青く澄んだ瞳。その美しさに魅了され、本国フランスでは多くのひとが彼女を一目みようと劇場に足を運んだという。『マイ・ファミリー/遠い絆』は興行的にも成功をおさめ、彼女はセザール賞最優秀若手女優賞を授与されたとともに、一躍ときのひとの仲間入りを果たしたのである。

 それから、10年。私たちは、成長したメラニー・ロランとともに、10年というときを超え、また新たな家族の秘密をめぐる旅に出る。
『ミモザの島に消えた母』は、映画『サラの鍵』の原作者で知られる女流作家、タチアナ・ド・ロネのベストセラー小説を、フランソワ・ファヴラ監督が映画化をした2015年の作品である。ものがたりの舞台となるのは、西仏ヴァンデ県にあるノワールムティエ島。冬にミモザの花が咲くことから、通称「ミモザの島」と呼ばれるようになった。      
 30年前。美しいこの島で、母、クラリスは謎の死を遂げた。最愛のふたりのこどもと夫とその家族を遺して。あれから30年という年月が過ぎてなお、いまだ謎に包まれた母の死。「母はどんな女性(ひと)だったのだろう?」。朧げに想起される亡き母の記憶。40歳の兄アントワン(ローラン・ラフィット)と妹である35歳のアガット(メラニー・ロラン)は、その真相と母の面影をもとめ、故郷のミモザ島を訪れる。

 映画は、アントワンとアガットが車内で口論をして車が横転するところから幕をあける。母の命日をミモザ島で過ごした帰りの道中のことだった。
「奥さまはとても美しいひとだったわ」。当時の召使であるベルナデットは、母のことをそう振り返る。水死体は沖から10キロほど離れたところで発見され、当時は事故死とみなされていたが、その死因はいまだに解明されぬままであった。ミモザ島は満潮になるとあたり一面が海に覆われる。しかし、潮の満ち引きなど考えられる死因を幾ら説明されても、それらはアントワンを納得させるには不充分であった。

「お母さんのことを覚えてる?」アントワンが尋ねると、「さあ。私は5歳だったのよ」と、遠くの海を見つめながら、すこし寂しげにアガットは答える。
 母が亡くなったとき、アントワンは10歳、アガットは5歳であった。アントワンは朧げながらも母のことを思い出す。死体安置所に行ったことも、母はどんなひとであったのかということも。当時死という存在そのものを理解することが難しかったアガットとは違い、アントワンは死が認識できる年齢になっていた。アガットは「ひとが死ぬ」ということをまだ理解できない年齢だったため、「ママはどこへ"いってしまった"の?」と訊いた。そしてただ胸の悲しみを感じるままに、涙をこぼすことしかできなかったのである。
 ものがたりは、母の遺品のひとつである錆びれた高級時計を見つけるとともに、すこしずつ核心に近づいてゆく。母の死亡時刻をさしたままの、ときの止まった腕時計。そこには「Jean Wizman」という名の文字が綴られていた。「高級時計を腕にしたまま泳ぎにゆこうと思うかい?」。時計職人のことばは、アントワンの脳裏に残り続け、やがて彼はことの真相を突きとめる。腕時計の持ち主は、ジーン・ウィズマンという名の英国人の女性であった。彼女はロンドンに美しいアトリエをもつ画家であり、そして、母クラリスの愛した女性であった。


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 フランスにおいて同性婚が合法化されたのは、今からわずか3年前の2013年のことである。それは世界において重要なことを意味するとともに、映画界にも影響を与えた。その先駆けとなったのは2013年度の第66回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いた、アブデラティフ・ケシシュ監督の『アデル、ブルーは熱い色』であろう。現在までどこかタブウとされてきた女性同士の恋愛を、肯定して描けるようになった現在。そして、それは本年日本でも公開されたトッド・ヘインズ監督の『キャロル』にも言えることである。『キャロル』の舞台背景である当時の1950年代は同性愛は「治療するもの」として映画のなかでは描かれているが、本作『ミモザの島に消えた母』も例外ではない。クラリスとジーンの恋愛は、たとえ一途なものであったとしても、当時は決して許されることのない、禁断の恋であった。

 アントワン、アガット、そしてアントワンの娘であるマルゴーは、母の真相を知るために、ジーンの住む英国へと渡った。
「よくきてくれたわ」。髪を後ろにひとまとめにしたスラックス・スタイルで、ジーンは現れた。彼女は歳を老いてもなお美しく凛とした女性であった。彼女は黒いソファに腰をおろし、遠くを見つめるような、切なげな瞳で、当時のクラリスのことを静かに語り始める。
 月日が経過してもなお、色鮮やかに想起される若かりし日の記憶。ふたりの出逢いは、ある夏の日のミモザ島にある画廊教室に遡る。クラリスとジーンはお互いに惹かれあい、やがて、ふたりは恋に落ちた。思い出されるは、あの美しき夏の日々である。ふたりで歩いた浜辺。交わした口づけ。太陽は眩しく、空は青く、そして海は輝いていた。それが恋だった。
 しかし、蝶の命が短いものであるように、クラリスとジーンの恋もまた儚いものであった。大切に想うひとほど、どうしてひとは失ってしまうのだろう。想いは年数に比例するのではなく、その一瞬こそに宿る。たとえふたりの過ごした日々がひと夏のものであっても、その一瞬の美しさこそが永遠である。ジーンは生涯を通してクラリスを想い続けた。その希望も潰えた今となっては、ふたりの記憶は切ない思い出に変わって彼女のこころに蘇る。最後に、ジーンは言った。
「30年間。いまでもアトリエの前にタクシーが止まるたび、私はクラリスの姿を探したのです」と。

 大切なひとを想うとき、その瞳の先にはいつも海があった。
 つらいとき、苦しいとき。いつも私たちに寄りそい、包みこむ海。『マイ・ファミリー/遠い絆』のリリは、兄のロイックをもとめて海辺を歩き、『ミモザの島に消えた母』のアントワンとアガットは、海を越えたその地平線の先へと、亡き母への想いをはせる。
 人生のなかで、ひとは誰しもこころに秘めた大切なひとがいる。家族である父や母、兄弟、そして友人たちや恋人。かつて私が愛し、そして、私を愛してくれたひと。この映画を観たあとに、そっと思い出してみたいと願う。そのひとがどのように歩き、どのように笑って、なにが好きであったのか。瞳を、声を。そして、その忘れじの面影を。

あの夏の日にもう一度:★★★★
(text:藤野みさき)




『ミモザの島に消えた母』
原題:Boomerang
2015年/フランス/101分
(上映日時:6/24(金)21:00、会場:TOHOシネマズ日劇)

作品解説
「ミモザの島」と呼ばれる風光明媚な避暑地で、謎の溺死を遂げた美しい母。それから30年後、未だ母への喪失感から抜け出せないアントワンは、真相を突き止めようとする。しかし、なぜか家族は“母の死”について頑なに口を閉ざす。恋人のアンジェルや妹アガッタの協力を得て、ミモザの島を訪れたアントワンは、自分が知らなかった母のもう一つの顔、そして母の死の背景に渦巻く禁断の真実に辿り着く……。
『サラの鍵』原作者のベストセラー小説を、緊張感溢れるタッチで真相を紐解いていきながらも、封印された真実を掘り起こすことで、心の解放と救いを得ていく姿を描いた上質な人間ドラマ。家族にさえ打ち明けられなかった哀しい秘密と隠された想い。その切ない衝撃の真実を知った時、家族は何を思うのか……。

キャスト
ローラン・ラフィット(アントワン)
メラニー・ロラン(アガッタ)
オドレイ・ダナ

スタッフ
監督:フランソワ・ファヴラ
原作:タチアナ・ド・ロネ

配給:ファントム・フィルム

公式ホームページ
http://mimosa-movie.com/

劇場情報
2016年7月23日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開予定

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき  Misaki Fujino

1992年栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、UPLINK主催「未来の映画館をつくるワークショップ」第一期受講。映画の他では、自然・掃除・クラシックバレエ、そして洋服や靴を眺めることが趣味。
昨年の映画ベストは小栗康平監督の『FOUJITA』とマルコ・ベロッキオ監督の『私の血に流れる血』。

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フランス映画祭2016



 毎年初夏に開催され、⼤勢の観客で⼈気を集めているフランス映画祭。2012年より地方でも開催され、今年も福岡、京都、⼤阪で開催されます。今年はキャッチコピーに「フレンチシネマで旅する4日間 in 有楽町」を掲げ、多様なシチュエーションの中を旅するような、13作品のラインナップとなっていますが、ほぼ半数の6作品が⼥性監督によるものであることが特徴的です。オープニング作品は、カトリーヌ・ドヌーブが主演を 務める『太陽のめざめ』。その他、10年振りの来日となる今年の団⻑・イザベル・ユペールの出演作『愛と死の谷』と『アスファルト』や、今年亡くなったジャック・リヴェット監督の追悼上映として、デビュー作『パリはわれらのもの』が デジタルリマスター上映されます。
 映画祭に花を添える⼒強いゲスト陣は、オープニング 作品『太陽のめざめ』の監督であり『モン・ロワ(原題)』の主演⼥優でもあるエマニュエル・ベルコ、今年のカンヌ映画祭の オープニングの司会を務める予定となっている俳優ローラン・ラフィット、など多彩で豪華な顔ぶれが揃います。24日に行われるオープニングセレモニーでは、来日するゲストに加え、今年のカンヌ国際映画祭〈ある視点部門〉に『海よりもまだ深く』が正式出品された是枝裕和監督と、最新作『淵に立つ』が同部門の審査員賞に輝いた深田晃司監督が登壇します。その他、作品上映時に行われるトークショーでもゲストとの交流を楽しむことが出来ます。
 また、アンスティチュ・フランセ日本では「恋愛のディスクール 映画と愛をめぐる断章」と題して、恋愛にまつわる作品を特集し、20〜30年代から現在にいたるまで撮られた恋愛映画の特集上映が7月まで行われています。
 是非、素敵なフランス映画と出会いに劇場に足を運んでみてください。

〈開催概要〉
開催日程:6/24(金)〜27(月)
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
公式サイト:www.unifrance.jp/festival
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook:https://www.facebook.com/unifrance.tokyo

*上映スケジュール
http://unifrance.jp/festival/2016/schedule

主催:ユニフランス
共催:朝日新聞社
助成:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:ルノー/ラコステ/エールフランス航空
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC/TITRA FILM
特別協力:TOHOシネマズ/パレスホテル東京
Supporting Radio:J-WAVE 81.3FM
協力:三菱地所/ルミネ有楽町/阪急メンズ東京
運営:ユニフランス/東京フィルメックス
宣伝:プレイタイム


特集上映「恋愛のディスクール 映画と愛をめぐる断章」
会場:アンスティチュ・フランセ東京
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1604150709/

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