2016年6月13日月曜日

映画『オオカミ少女と黒王子』評text加賀谷 健

「オオカミ少女と黒王子〜空前のラブコメ装置として」
 
 少女マンガが原作で、内容が恋愛ものとくれば、映画を未見のうちにもうすでに主人公の男女が、最終的には結ばれるということが容易に想像される。そして、それが空前のマンガ実写化ラッシュの中で「再現」されたのなら、もちろん感情を高ぶらせて、大泣きする者もいれば、出来すぎた結末を「きれいごと」として回収してしまう、穿った見方をする者も必ずいることだろう。どうもこの類いの映画作品がある一部の層からしか支持されないのも自ずと合点がゆく。がしかし、それはそれで、「ラブコメ」というジャンルに何だか不当な評価を与えてしまっている気もしてくるのだ。そろそろ、ラブコメ映画を歴史的に俯瞰した時に、批評的文脈が意識されて論じられるべき決定的な作品はないものだろうか。そんなことを思っていると、この度公開された『オオカミ少女と黒王子』(2016)がとうとうその煮え切らぬ感を拭い去ってくれたのだった。

 監督は、廣木隆一。主演は、二階堂ふみと山崎賢人。これが面白くならないはずもない。廣木監督は、マンガ実写化に際して、原作のキャラクターが持つ記号性を見事に消化して、主人公たちを「現実存在」として画面上に生々しく刻み付けている。例えば、冒頭で彼氏をすぐにでも「でっち上げ」なければならない二階堂がカフェから飛び出して、周りがイケメン、イケメンと騒ぎ立てる、その人(山崎)をスマホにパシャりとおさめるまでの長回しや、二階堂と山崎がいよいよ「主従関係」を結び、雨の中を下校する時、二階堂に傘を持たせる山崎が突然、走り始める、何か青春の情動がぱっと花開くような遊び心に溢れたワン・ショットなど、忘れがたい瞬間はいたるところに散りばめられている。

 だが、何よりこの映画で興味深いのは、監督である廣木隆一の「抑制」の利いた演出である。それは、ついつい「悲劇的」な側面を強調しがちな恋愛譚をあまり「深刻」に描こうとはしないことであり、『L・DK』(2014)、『ヒロイン失格』(2015)、『orange-オレンジ-』(2015)と続くマンガ原作ものの中で、「過去に何かを背負った男」というキャラクター設定を常に付与されてきた山崎賢人の、その「過去性」も、ここでは深刻な方向へと傾斜することなく、ほどよいバランスが保たれている。今までの作品には、山崎演ずる主人公にヒロインが愛の告白でもしたものなら、男は、たちまち態度を翻して、女を拒絶するという流れがあったが、『オオカミ少女〜』では、二階堂が素直な気持ちを伝えても、山崎がそれに怒り、感情的に退けるということはない。それどころか、劇的展開での観客たちの過剰な感情移入をはねつけでもするかのように、キャメラは、突然、かなりの引きの位置に据えられたりする徹底ぶりである。この「抑制」は、観客に対する感動の「押し売り」と、その地続き上で結果的に拵えられてしまう「きれいごと」を巧みに回避するだけでなく、映画全体に、ある「品格」を纏わせることにも成功している。

 とは言うものの、この二人の「蜜月関係」の平衡は、一度とりあえずは崩されなければならない。しかし、それはあくまでも「抑制」を利かせてである。黒王子の相も変わらぬ冗談と戯れが、乙女の心を遂に傷つける。けれども乙女は、涙一つ流すことなく、目の前に置かれたコップをほとんど無意識的につかみ取り、黒王子めがけて水を浴びせかける。胸をしめつけられるどころか、一種爽快とも言える場面である。飼犬にはじめて手を噛まれた主人(黒王子)は、ここにきて、かけがえのない「愛犬」の存在を実感する。それは、山崎のことをライバル視している、同じバスケ部員の鈴木伸之との女性観の違いとしても示される。鈴木にとって周囲にいる女性は、皆、自分に好意を持つ者たちであるが、それは全て、他と代置(交換)可能な存在でしかない。だが、山崎にとって、「愛犬」は、他と代置不可能、交換不可能な「かけがえのない」、唯一無二の存在なのである。そうして、ラスト近く、フランソワ・トリュフォーの映画さながらに、プリミティブな躍動の軌跡が息づいた、黒王子の疾走シーンを目にして、わたしたちは、深いため息を漏らしつつ、これまで目撃してきた画面上の「抑制」の数々を、もはや「意味」へと回収せずにはいられなくなっている。

 では、最終的に、オオカミ少女と黒王子が結ばれたとして、人はそれをどのように受け止めるのだろうか。それはあくまでも「ラブコメ」に忠実であろうとした当然の結果であるし、物語への安易な「同化」に対して警鐘を鳴らす、「異化」のプロセスが踏まれていることももう一度強調しておきたい。この映画の裡に、何か「ブレヒト的」なものを見出すことも辞さないのは、「ラブコメ」というジャンルが、いよいよ映画史の文脈の中で、その歴史と拮抗して行けるだけの可能性を、今強く感じているからである。興奮冷めやらぬとは言え、わたしとしては、ひとまずほっと胸を撫で下ろすばかりだ。

やっと、やってくれた。度:★★★★★

(text:加賀谷健)




『オオカミ少女と黒王子』
 2016年/日本/116分

作品解説

八田鮎子の同名人気コミックを、廣木隆一監督が実写映画化。恋愛経験ゼロだが見栄を張り、友達に架空の彼氏との恋愛話を語る「オオカミ少女」の篠原エリカ。街で見かけたイケメンの盗撮写真を彼氏だと偽ってしまうが、なんと彼は女子から絶大な人気を集めている同級生・佐田恭也だった。エリカは恭也に事情を打ち明け、彼氏のフリをすることを承諾してもらうのだが、条件は恭也の「犬」となることで……。人気者で人当たりのいい恭也の本性は、腹黒で超がつくドSの「黒王子」だったのだ。

キャスト
篠原エリカ:二階堂ふみ
佐田恭也:山崎賢人
神谷望:鈴木伸之
三田亜由美:門脇麦
日比谷健:横浜流星

スタッフ
監督:廣木隆一
原作:八田鮎子『オオカミ少女と黒王子』
脚本:まなべゆきこ
製作:福田太一、中山良夫

主題歌:back nunber『僕の名前を』

配給 ワーナー・ブラザース映画

公式ホームページ

劇場情報
5月28日よりTOHOシネマズ系列他にて全国公開中
http://www.eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=485

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【執筆者プロフィール】

加賀谷 健  Ken Kagaya

1995年生まれ。北海道札幌市出身。
日本大学芸術学部映画学科監督コース在学中。
最近は、映画制作より映画批評の日々。
「渋谷でもゴダール」から「シネフィルでもラブコメ」にシフト。
Twitterアカウント:@1895cu

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