2016年7月21日木曜日

【特別寄稿】映画『二ツ星の料理人』評text村松 健太郎

「ブラッドリー・クーパー 儚さ(はかなさ)・脆さ(もろさ)の男 」


待望の新作『二ツ星の料理人』

パリの一流フレンチレストランの元シェフ、アダム。才能にあふれ、天才的な技能を誇る彼であったものの、天才ゆえの傲慢さから、酒・女・金で問題を起こし続け、-恩人の顔もつぶして姿を消した。

それから3年、死んだともうわさされていた中、ゼロからやり直したアダムはロンドンに姿を現し、三ツ星レストランを目指すと宣言する。しかし、3年前の問題は今も尾を引き、再会した人間たちともいざこざが絶えない。抑えきれない天才の傲慢さが新たに作り始めた人間関係もギクシャク。さらに3年の時の流れの中で最新のグルメ事情も変わり、アダムも戸惑いも隠せない。

そんな状況だから、新店オープンも混乱の中で、失敗の連続に終わる。かつてなら、ここでキレて終わってしまうアダムだったが、踏ん張りを見せて何とか周りの意見も聞き体制を整えなおす。そのときミシュランの調査員らしき人物が来訪。大一番を迎える。

脆く儚いアダムの復活劇。反発しながらも徐々に惹かれあうシエナ・ミエラー演じるシングルマザーの副シェフとの恋模様。そして思わずお腹が鳴ってしまいそうな素敵な料理とその調理シーンの数々、目にも耳にも刺激的だ。

この脆さ・儚さと傲慢さを併せ持つ天才肌のシェフ・アダムを演じるのがブラッドリー・クーパーだ。

本国アメリカ、そして日本でも大ブレイクを果たした『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』。それが2009年の作品だから、そこからまだわずか7年しか経っていないことになる。

しかし、この7年で『世界にひとつのプレイブック』『アメリカン・ハッスル』『アメリカン・スナイパー』での3年連続アカデミー賞ノミネートを筆頭に、作品のヒット・批評両面でほぼ取りこぼしのない状態だ。2014年の大ヒットアメコミ映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』では傭兵アライグマのロケット役で声の出演もしている。実際には180センチを超す長身の彼が小さなアライグマというもの面白い。



『二ツ星の料理人』 (C)2015 The Weinstein Company.

脆さ(もろさ)・儚さ(はかなさ)≒(は)弱さ(よわさではない)?

現代の“重い”“悲愴”“複雑”をエンターテイメントへ。

ブラッドリー・クーパーは『ハングオーバー!』シリーズでは比較的冷静な立ち位置にいるが、この『二ツ星のレストラン』そして、『世界にひとつのプレイブック』『アメリカン・スナイパー』などなど、憂いをたたえた瞳でメンタル面での難を抱える男を演じている。

『二ツ星の料理人』では自身にも他人にも100%を求めるあまりに上手く立ち回れない天才。『世界にひとつのプレイブック』では妻の浮気を機に躁うつ病になり精神病院を退院したばかりの男。『アメリカン・スナイパー』では周りの人間がその悲惨さから去っていく中、取り憑かれたように戦場に向かい続ける男。

どれも、一歩間違えれば“ただ傷ついた男”という姿に見えてしまいかねない。しかし、ブラッドリー・クーパーはこのキャラクター達に独特の魅力・チャーミングさを与え、“弱く”見える部分を“脆さ”“儚さ”に転化・昇華させることができる稀有な存在だ。

結果として映画の物語自体が重くなりがちなときに彼がやってくると、どこか軽やかさを感じることができる。

悲愴なテーマ・重いテーマ・複雑な問題を扱った映画はいくらでも物語に悲愴感を与えることができるし、どこまでも暗鬱と重い話にできる。それは確かに真摯な見せ方なのかもしれないが、やはり映画はエンターテイメントでもあるので、どこかは軽さや見やすさ、話への入り易さが欲しくなるのが本音だ。

そんな中、ブラッドリー・クーパーは元々のテーマの部分を軽んじることなく、我々の前に間口を広げ、敷居を下げた形で作品を見せてくれる。

少し大きな話になるが、現代は過重なストレスに人々が飲み込まれている時代である。そうなると映画に限らず、多くの創作物にもそれが反映されていく。

人間、身につまされる事柄、殊にネガティブなことにはそこにあることは認めていても、どこかで触れてほしくないという気持ちがでるもので、どうしても目をそらしがちになる。

しかし、夢物語ばかりというわけにいかない。そんな時にバランス感覚に優れた表現者が必要なる。

ブラッドリー・クーパーはその一翼を担っている人物と言っていいのではないだろうか?

彼の登場は時代が求めていたものなのかもしれない。人は儚く・脆い者ではあるが、決して弱い者ではないことを彼はそっと教えてくれている。


(text:村松健太郎)





『二ツ星の料理人』
2015年/101分/アメリカ

作品解説
『世界にひとつのプレイブック』『アメリカン・ハッスル』、そして『アメリカン・スナイパー』と3年連続でアカデミー賞にノミネートされたブラッドリー・クーパーが、問題を抱えた天才シェフを演じた主演作。一流の腕を持ちながら、トラブルを起こし、すべてを失った料理人アダム・ジョーンズ。パリの二ツ星レストランから姿を消して3年後、アダムは料理人としての再起を図るため、ロンドンの友人・トニーのレストランに「この店を世界一のレストランにしてやる」と、自分を雇い入れる約束を取り付ける。

キャスト
アダム・ジョーンズ:ブラッドリー・クーパー
エレーヌ:シエナ・ミラー
ミシェル:オマール・シー
トニー:ダニエル・ブリュール
マックス:リッカルド・スカマルチョ

スタッフ
監督:ジョン・ウェルズ
製作:ステイシー・シェア、アーウィン・ストフ、ジョン・ウェルズ
共同製作:キャロライン・ヒューイット

劇場情報
新宿ピカデリーほか全国公開中

公式ホームページ
http://futatsuboshi-chef.jp

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【執筆者プロフィール】

村松 健太郎 Kentaro Muramatsu

脳梗塞との格闘も10年目に入った映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年よりチネチッタ㈱に入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年初頭から11年までにTOHOシネマズ㈱に勤務。12年日本アカデミー協会民間会員・第4回沖縄国際映画祭民間審査員。15年東京国際映画祭WOWOW賞審査員。現在NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝、イベント運営に携わる一方でレビュー、コラム等を執筆。

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