2016年9月1日木曜日

【フランス映画祭2016】映画『モン・ロワ』評text井河澤 智子

「頑なさと奔放さの絶妙なマリアージュ」


はじめにお詫び申し上げます。
私、マイウェン監督のアフタートークを、録音していた…はず、だったのです。
しかし。録音はたった6分間で切れておりました。
よって、メモと記憶のみでこの原稿を書いております。
全くもってなんというミスでしょう。
重ねてお詫びいたします。


ポスター右下にご注目ください。マイウェン監督からのメッセージです♡(撮影:井河澤智子)


『モン・ロワ』。
既に「ことばの映画館」ライター長谷部氏によるレビューが掲載されているため、筆者が別の視点から捉えたものだとお考えいただきたい。レビューと言えるほど深いものではない。ただの印象である。

この作品について、モラハラ男と思い込みの激しい女の物語、と一言で表現してしまうのは容易い。

膝に怪我を負った女性弁護士トニーが、元夫ジョルジオとの愛憎に満ちた10年間を思い返す。
膝という器官は一方にしか曲がらない。そこに負傷したということは、過去に何か原因がある、と医師は言う。
一方にしか曲がらない。それは、「こうと決めたらこちらにしか行くことができない」というトニーの、融通の利かなさを表しているのではないだろうか。トニーはジョルジオとクラブで出会い、恋に落ち、結婚する。子どもも出来る。しかし、トニーはジョルジオの奔放な女性関係に苦しみ、自らの精神も破綻してくる。

なぜかジョルジオが関わる女性は皆壊れていく。彼女たちを見捨てることはできない、とぬけぬけと言うジョルジオ。離婚を勧める周囲。しかしトニーは「結婚とはそういうものではない」と言い放つ。全くもって融通が利かない女性だ。
「少し離れたほうがいい」、こう言う男はだいたい他所に違う女がいる。トニーもそれを察してしまう。しかし、離れることを選ばない。
結局二人は離婚するのだが、なお関係を絶つことはできない。夫婦ではなくなったら今度は恋人としての付き合いが始まる。新たな関係、新たな修羅場の始まりである。
二人の共有財産を勝手に抵当に入れ、カタとして持っていかれるなんてたいしたクズ男である。よくぞまあトニーは(しょっちゅう暴れまわりながらも、そしてどんどん病んで行こうとも)耐えているものである。

トニーは、膝のリハビリに励みながらそれまでの10年間を思い返す。過去のトニー、現在のトニーが交互に画面に現れる。また、それに伴い、過去のジョルジオ、現在のジョルジオも立ち現れてくる。恋人としてのジョルジオ、子どもの父としてのジョルジオ、実業家としてのジョルジオ、クズ男としてのジョルジオ。

ジョルジオは人のご機嫌をとることがうまい。振り回されても魅力的な男とはこのような人物のことを言うのであろう。レストランでのサプライズ演出など実にうまいものである。トニーはまんまと乗せられてしまうのである。他にどれだけたくさんの女性が彼のご機嫌取りの犠牲になったことだろう。
だいたい、殴っておいて花束を捧げてくるような男なんてろくなものではない。
トニーはなぜこんなに彼に執着するのか。

その答えを予想してみる。
私だけが、彼を理解できる、彼には私が必要だという思い込み。膝は一方にしか曲がらない。彼女は引き返すことを選ばない。
また、ジョルジオもそれがわかっていて、トニーの所にふらりと戻ってくるのである。結局きみしかいないんだ、そんな顔をして。
互いに利用し、利用され、それに納得してしまっている。きみには僕が必要なんだろう? あなたを更生させることができるのは私だけ。

「共依存」という言葉が筆者の脳裏によぎった。
ラストシーンのトニーの視線に、希望を見出す人もいることだろう。しかし筆者ははっきりと不吉な影を感じた。この関係は、どちらかが断ち切らない限りは決して終わることはない。永遠に囚われ、一体となって壊れゆく。「モン・ロワ」私の王様、とかしずきながら。


マイウェン監督は、この脚本を当て書きで書いたのだと語る。
つまりは、トニーはエマニュエル・ベルコであり、ジョルジオはヴァンサン・カッセルである。少々ヴァンサンが気の毒な気すらするが。

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR - STUDIOCANAL

エマニュエル・ベルコはこの作品で第68回カンヌ国際映画祭の女優賞を獲得したが、丁度その回のカンヌ、そして今回のフランス映画祭のオープニングを飾った『太陽のめざめ』の監督でもある。その仕事ぶりは、『太陽のめざめ』の主演、かの大女優カトリーヌ・ドヌーヴに「素晴らしい才能。彼女の書く脚本は1行たりとて直す必要がない」と言わしめる緻密さである。
また、マイウェン監督自身も女優でもある。二人の女優兼監督のコラボレーションはどのようなものだったのだろうか。

記憶と走り書きのメモを頼りに書いているので間違っているところもあるかもしれない。ご容赦いただきたい。
マイウェン監督によると、エマニュエル・ベルコは、この役を「もっと綺麗な人がたくさんいるじゃない」と言ってすんなり受けなかったらしい。もっとも、「あまり知られていなくて、あまり美人ではない女優」という条件でオファーをしたマイウェン監督もかなり率直である。すんなり受けてもらえなくても当然だな、と思ってしまったが、これにはきちんとした理由があった。「ジョルジオはそれまで数々の華やかで美しい女性と浮名を流していたが、トニーと出会って恋に落ち、平凡な女性もいいな、と思った」という物語の背景。もっとも、美女に食傷すると平凡な女性を求め、また美女に戻る、美味しいところだけ欲しい男の姿が見受けられたが。それも計算のうちだったのかもしれないが、どうだろう。

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR - STUDIOCANAL

さて、撮影現場でのエマニュエル。脚本は全て暗記し、分厚いメモを持参して撮影に臨んでいたという。「彼女の書く脚本は1行たりとて直す必要がない」と言われるのもうなずける完璧主義である。
しかし、演技に関してはどこか構えがあったという。感情を爆発させる演技はスパッとできるのだが、微妙な表情を出さなければならないところでは非常にためらっていたという。自らをコントロールできないことに関し、苛立ちを感じていたのかもしれない。彼女は「一番良いもの」であろうとしていた。マイウェン監督はそこにある壁を壊すのに非常に苦労したとみえる。
「編集で私が良いと思ったものを使うから、好きにやって」そんなことを言った、というメモが筆者のノートに残っている。もっとも、マイウェン監督とエマニュエル・ベルコはこれまでも度々仕事をしてきたのだし、その人柄はよく知っていることであろう。頑固な女の役なのだから、当て書きはうまいこといったのではないか、とも筆者は少々意地悪なことも考えた。これは、監督と監督の闘いでもある。自由にやらせるタイプのマイウェン監督と、緻密な完璧主義のエマニュエル・ベルコ監督の闘い。それは、頑固なトニーと自由なジョルジオの「反りの合わなさ」にも近いものがあったのかもしれない。

一方、ヴァンサン・カッセルはどうか。
「本当に脚本を読んでいるのかどうかわからない」と笑いまじりに語られるほど飄々として、一旦撮影が始まるとそのままの状態で「ジョルジオ」になってしまった、という。監督はこの頑固な女と剽軽な男を操るのはさぞ大変だっただろう。が、甲斐あって作品は素晴らしいものとなった。

さて。

この、二人の女優・監督が火花を散らし、両者にとって大きな転換点となったことであろうこの作品だが、実は、出演者にもうひとり、監督もこなす俳優がいる。
トニーの弟役、ルイ・ガレルである。

なぜ彼らはこんなにも多芸多才なのだろうか?
天は二物を与えず、なんて、嘘である。


(text:井河澤智子)










© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR - STUDIOCANAL

『モン・ロワ』

原題:Mon Roi

2015年/フランス/126分

作品解説
『美女と野獣』のヴァンサン・カッセルと『太陽のめざめ』の監督エマニュエル・ベルコが共演した、10年間にわたる男と女の激しい愛の物語。エマニュエル・ベルコは体当たりの演技が絶賛され、2015年カンヌ国際映画祭で『キャロル』のルーニー・マーラーとともに女優賞を受賞。監督は「パリ警視庁:未成年保護部隊」(11)でカンヌ映画祭審査員賞を受賞した自身も女優であるマイウェン。弁護士のトニーはスキー事故で大けがを負いリハビリセンターに入院する。リハビリを続ける中、元夫ジョルジオとの波乱に満ちた関係を振り返る。これほどまでに深く愛した男はいったい何者だったのか。なぜ、ふたりは愛し合うことになったのか。10年前、トニーはかつて憧れていたレストラン経営者のジョルジオとクラブで再会し、激しい恋に落ちる。瞬く間に意気投合したふたりは、電撃的に結婚を決め、トニーは妊娠するが…。

キャスト
エマニュエル・ベルコ
ヴァンサン・カッセル
ルイ・ガレル
イジルド・ル・ベスコ

スタッフ
監督:マイウェン
配給:アルバトロス・フィルム/セテラ・インターナショナル

公式ホームページ
http://unifrance.jp/festival/2016/films/mon-roi


劇場情報
2017年春、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開予定


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【執筆者プロフィール】


井河澤 智子 Tomoko Ikazawa

婚礼司会者の修行中の身であります。
わからないことだらけで途方に暮れつつもがきつつ、ちょっとずつ進んでおります。
さて、披露宴には欠かせないウェディングケーキ。
ちょっと珍しいものとして、「クロカンブッシュ」があります。
これが出てきたんですね、この『モン・ロワ』に。
おっ! 本場のクロカンブッシュ! 
私は思わず全力で反応してしまいました。本場ではどう扱うのか。
えー、結論から申し上げますと、ソレはもう全力でナイフで叩き斬られておりました。
ぐっさりばっさり。
日仏の婚礼習慣の違いをしみじみと噛み締めた次第でございます。

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