2016年9月12日月曜日

映画『ギフト』評text長谷部 友子

「この人の目を借りて」


この人の作品をもっと見たいと思うことは、この人の目を借りてもう少し世界を見ていたいと思うことかもしれない。

物語はヨウスケが祖父を亡くすところからはじまる。祖父の墓に遊びに行ったヨウスケは、「亀ちゃん」と出会い親しくなる。亀ちゃんは公園で自らの創作物に囲まれて暮らしている。ヨウスケ少年と亀ちゃんの物語からスタートしたはずだったのに、亀ちゃんが公園に住んでいる理由を説明しはじめたあたりから急にドキュメンタリーの位相に切り替わり、そうかと思えばヨウスケとの物語も続けられる。
亀ちゃんは、ヨウスケに金賞が獲れたら世界一周ができると嘘をつく。亀ちゃんの嘘を信じて絵を描き続けるヨウスケを、亀ちゃんの友人リッキーは心配する。明らかに「外国人」であるリッキーがすらすらと沖縄の言葉を話す違和感。リッキーは父がドイツ系ハーフ、母がアメリカ系ハーフなのだと言う。違和感によって気づかされる自分の固定観念。見た目、言葉、国籍、隔てようとする記号の刷り込みに、はっと気づかされる。

ヨウスケへの嘘を指摘された亀ちゃんが「沖縄の海はきれいだとみんな嘘をついた」と言うと、リッキーは「亀、言葉がおかしい。いつもと違う。監督に言わされているのか」と言い出す。ヨウスケについても「あの子、ここらへんの子?」と尋ね、監督まで画面に映り込み、当然のように「物語の外側」が映し出され、一瞬呆気に取られてしまう。
現実と虚構。フィクションとドキュメンタリー。その境目を探すことが馬鹿らしく、そんな境目を易々と飛び越える。多くの検討がなされた作品だと思うのに、変な気負いのようなものがない。あの考え抜かれて撮られた重さのようなものがないにもかかわらず、緻密なのだ。軽やかさの中に物語の豊かさを感じてしまう。それもずっしりというより、あっと言う間に、わくわくしながら。

何度も映し出される工事現場。街のいたるところで工事が行われ、街は姿を変えていこうとしている。墓には所有者が名乗り出るよう書かれた貼紙。黄色い立ち入り禁止のテープたち。無慈悲な締め出しと排除。居場所のなさ。どこへ行けばよいのか、そもそも自分が今どこにいるのかもわからない。

かくして物語には統合しすぎない散らばりが残される。考えながらもその場にとどまろうとする戸惑いと誠実な視線を感じながらも、疾走するヨウスケの姿に何がしかの突破を感じずにはいられない。亀ちゃんが言い出した世界一周という嘘。それは投げ込まれてしまった世界から出て行きたいという意志の表れなのか。より広い世界に出て行こうとする意志と、自分が生まれ育った場所に対する複雑な戸惑いの双方が矛盾することなく共存し、せめぎあいながらも互いを肯定しあう。

「昔はよかった」という話法が私は好きではない。けれどそれを一ミリも思わないかと言われたら嘘になる。しかしこの世界で生きるしかない中、かつてあったようなものが解体され、多くが忘れられ変わりゆく世界の中、「記憶を継承」しながらも今を生きるとはどういうことなのだろうか。
時代を乗り越えていく。起こりうる一切を引き受け、圧倒的な強い肯定により乗り越えることこそが正しい行いなのだろうか。零れ落ちる今に対する慎ましやかな驚きのようなもの。問うており、悩みながらも、暫定的な解を強引に推し進めることなく、ただ在るということに取り組むことは許されないのだろうか。

政治性が強いものほど、 そこに触らずに描かれるべきだと思うことがある。変容する沖縄を描くこの作品は、それに成功し、見事に政治を宿しながらも、政治的という硬直化から逃れた作品だ。この作品を何度も見ながら、政治というものは引き裂かれ続ける者によってのみ描かれるべきなのかもしれないと思った。
この人に、葛藤を、引き裂かれ続けることを望む。そんなつらい所業を望む私はひどい人間なのかもしれない。けれどそんなひどい願望を抱いてしまいそうになるほど、信頼できる目がそこにはあったように思う。

(text:長谷部友子)





『ギフト』
2011年/日本語/SD/40分

作品解説
大好きなおじいちゃんを亡くしてしまったヨウスケ。ある日お墓に遊びに行ったヨウスケは、初老の男と出会い、彼の家に招かれることになる。亀ちゃんと呼ばれているその初老の男は公園に住んでいた。亀ちゃんがついた小さなウソを信じたヨウスケは絵を描く事に没頭し始めるが……。
変わりゆく那覇を舞台に物語の虚構を解体する試みが繰り広げられる。

・Vision du Reel国際映画祭2012(スイス)中篇部門ノミネート
・山形国際ドキュメンタリー映画際2011 アジア千波万波ノミネート
・ヒロシマ平和映画祭2011 上映
・杭州アジア青年国際映画祭2012 短編部門ノミネート

スタッフ
監督/撮影/編集:奥間勝也
サブカメラ:山本和生
録音:友寄隆平
出演:我那覇燿丞、亀川勉、崎山力

【監督プロフィール】
1984年、沖縄生まれ。琉球大学で文学を学んだ後、2011年に上京。テレビドキュメンタリーなどをディレクションする傍ら、個人名義でも作品を制作している。
北インド・ラダック地方で撮影した『ラダック それぞれの物語』は山形国際ドキュメンタリー映画祭2015 アジア千波万波部門で奨励賞を受賞。テレビ番組『いま甦る幻の映画「ひろしま」〜受け継がれていく映画人の想い〜』では第32回ATP最優秀新人賞を受賞した。

劇場情報
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー-山形in東京2016」
9月17日(土)~10月7日(金)新宿K’s cinema にて上映予定
・9/18(日)17:00〜
 『船が帰り着く時』&『ラダック それぞれの物語』&トーク
・10/2(日)10:30〜
 『ギフト』&『ラダック それぞれの物語』&トーク
・10/7(金)12:30〜
 『船が帰り着く時』&『ラダック それぞれの物語』
 ※9/18、10/7は他監督作品との併映

「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー-山形in東京2016」
公式ホームページ:http://cinematrix.jp/dds2016/


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【執筆者プロフィール】

長谷部友子 Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

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