2016年9月30日金曜日

映画『過激派オペラ』江本純子監督インタビューtext大久保 渉

 (interview:大久保 渉、井河澤 智子)

(c)2016キングレコード 

「女たちが繰り広げる15分に1度の剥き出しの愛――」


2016年10月1日(土)よりテアトル新宿にてレイトショー上映される『過激派オペラ』。そのマスコミ試写会に参加して感じたことは、人間の、爆発的な叫び声から胸に響く、可笑しさ、おろかしさ、狂おしさ、愛おしさ。
突き放したくも抱きしめたくなる、人間の、汗ばんだ肌の匂いまで伝わってくる、人間の、すがたであった。

2000年に劇団「毛皮族」を旗揚げして以来、国内外でセンセーショナルな作品を発表し続ける演劇界の鬼才・江本純子が自著『股間』を映画化した一作。

とある劇団の旗揚げ公演と、その成功に懸けた女優たちのひとときを熱く切り取った、狂おしいほどの青春と愛とエロスが詰まった衝撃作。

主演の早織と中村有沙が激しく絡み合うベッドシーン。水を全身でびしょびしょに浴びながらも声高に演じ続ける女優たち。肩を寄せ合って、喧嘩して、抱きしめあって、ぶん殴って、ひと夏の、年若い劇団員たちによる、女と女、魂と魂のぶつかりあい。

そんな直情的で激しい鑑賞後の感想に突き動かされるままに、朝から恐ろしいほど強い風が吹き荒れる台風の中、8月某日、江本純子監督にインタビューをさせてもらった。


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現場で生まれるもの、このキャストで生まれるものを大切にしたい



(c)2016キングレコード


――本作が映画初監督とのことですが、その経緯を教えていただいてもよろしいでしょうか?

まず初めに、私の小説『股間』を気にいって下さったプロデューサーから、映画化に向けた監督のオファーが私の元に届きました。それから、脚本家の吉川菜美さんと二人で脚本を書き始めました。

――共同脚本について、吉川さんとはどのように進められたのでしょうか?

吉川さんが作ったプロットに対して私が手をいれて、崩壊させて、それをまた吉川さんが立て直してと、もう何回戻し合いをすればいいんだっていうくらいお互いに手を加えながら進めていきました。

――企画から撮影まで、どのくらいの時間がかかったのでしょうか?

企画から公開までが四年。だから、撮影までが三年。企画の作業が長かったですね。そのうちの1年くらいはキャスティングをしていました。キャスティングと脚本の直しを並行して進めていく中で「主演が見つからない」ということで、オーディションをはじめました。

――主演の早織さん、中村有沙さんは、オーディションで出会ったということでしょうか?

そうですね。オーディションで出会ったのは、早織さん、中村有沙さん、そして今中菜津美さん、平野鈴さんです。

――どのような基準で役者を選ばれましたか?

もともと募集の段階で「ヌードがどこまでOKか」という聞き取りがありました。

芝居はできるけどヌードに条件があるって人はたくさんいましたし、ヌードに関してのNGはないけど芝居が下手っていう人もいました。「何でもやります!」って人は変な人も多くて(苦笑)。

その中でも、早織さん、中村さんに関しては、お芝居の話ができそうだと、俳優として信頼できそうな人格を感じました。


(c)2016キングレコード 

――現場で脚本を変えた部分があったとのことですが、それはどのようなところだったのでしょうか?
キャストが決まって、何回かリハーサルをやっていきながら、やっぱり現場で生まれるもの、このキャストで生まれるものっていうのを大切にしたくなりました。それで、脚本にあったセリフや細かい動作的なこと、行動的なことは現場で結構変えていきました。

――出演者と作り上げていく感じか、自分のイメージに寄せてもらう感じか? どういった現場づくりだったのでしょうか?

リハーサルに入った時に、まずは脚本通りのことをやって下さろうとするキャストに「脚本のことは忘れて下さい」と言いました。

例えば稽古場のシーンのリハーサルでは、私は「このシーンをやってみましょう」とひとこと言うだけです。あとは、キャストそれぞれに、その時間の過ごし方を任せます。

脚本上起こることになっている出来事に近づくまで、無理に言葉を発さなくてよいし、そのとき思ったように行動すればよい。だから、脚本上に書かれている出来事に近づかないことはしょっちゅうです。

脚本に書かれていることがそのまま起こらなくても、それぞれのキャストがそこで得た心境で、その場を過ごすことによって生まれていく関係性や言葉があります。新しい行動も生まれます。脚本通りにやることよりも、こういうリハーサルを経て俳優から生まれた態度や意思の方を大事にしたシーンは多いです。

この映画をつくる上で、決められた行動を「演技の形」にしたものを撮るだけで成立するのだろうかと考えていました。私はドラマっぽいものを撮りたいわけではないので、それよりも「演技の形」になりえないくらい無防備な人間の姿と、生々しい状態を撮りたいと思いました。


主人公・重信ナオコを演じる早織 (c)2016キングレコード


――撮影期間はどのくらいだったのでしょうか?

11日です。2015年の夏に撮影しました。誰かが脱ぐとか、誰かしらのラブシーンが一日一回以上あって、それ以外にも喧嘩だ踊りだ放水だ白塗りだと、とにかく毎日盛り沢山でした。

――カメラを回してからOKまでは早かったですか?

スケジュールがタイトだったので、助監督から「OKだせ!」みたいな圧力をすごく感じて(笑) でも、私はまだまだOKをだしたくないんだけど……という気持ちとの戦いの中、苦渋のOKみたいなことは結構ありました。

ただ、私は編集という時間を知らないでやっていたので、その時に起こったことだけで判断していました。「目の前で起こっている時間」を見ることはただの演劇で、その先にまだ演出の続きがあること、その感覚には慣れていなかったんです。

――それは実際に映画を演出してみて感じた舞台演出との違いということでしょうか?

そうですね。違いですね。芝居のよしあしは主観的な判断で行うから「もっとよくなるんじゃないか」と悩ましくなってしまいますが、編集のことを計算しての画のよしあしは、もっと客観的な判断で「ありかなしか」がハッキリするから、苦渋ではなく「即決」できるようになるのかな、とも思いました。

――編集後の映像を観て、どう思われましたか?

なんとかなるんだなって(笑)でも、本当に現場で時間をかける部分っていうのはやっぱり編集のための画づくりだったんじゃないかと思いました。カメラテストにはもっと時間をかけてみたかったなと。

――監督はご自身で頻繁にカメラを覗かれましたか?

もちろん現場であれこれ位置や見え方について言っていたんですけど、でも、自分がよしあしを言うのって、結局主観的なことでしか言ってないんです。

こっちよりも、この角度にして欲しいのは、こっちの方が「好き」だから、という理由です。そこは客観的に、編集にとっての確信的な理由を言えるようになりたいな、と思います。


人間のエネルギーというか、彼女たちの発するものを伝えたい


劇団の主演女優・岡高春を演じる中村有沙 (c)2016キングレコード


――小説『股間』と本作の脚本にはどのような違いがありますか?

小説内では何回か公演をするのですが、ただそれを映画で繰り返しやってしまうと脚本の構成上、惰性的というか、ダラダラしちゃうということがあったので、ひとつの公演に向けて走って、それで崩れて、という話になりました。

――小説内では主人公の日常生活、つまりはお金を稼ぐだとか母親と喧嘩をするなどの描写も載っていましたが、映画の中ではそこら辺が割と省かれていたように見受けられました。

決定稿直前のシナリオは、サラ金でお金を借りるエピソードも入っていました。それで決定稿になるまでに、ナオの生活要素の説明としては多いって理由で切ったんだと思います。さらに現場に入って、もっと切ってもいいんじゃないかなと感じました。

人間のエネルギーというか、彼女たちの発するものが現場でもどんどん大きくなっていったので、それをしっかりと捉えていければ、この映画は成立するんじゃないかとまで思って。そうするとお金のことを描いた部分がとってつけたようなドラマに感じてしまったんです。

編集のときにも、遠藤留奈さん演じる里奈にお金を借りるシーンをカットして、ただセックスした二人として描くべきか最後まで悩みましたが、残しました。


人と人が交わる、人間観なのか、人間関係観なのか



(c)2016キングレコード



――劇中劇として、『過激派オペラ』等舞台のシーンが出てきますが、その脚本は監督ご自身が書かれたのでしょうか?

そうですね。そこだけはプロデューサーも吉川さんも全然立ち入ってこなくて、完全に任されました。

ただ、『過激派オペラ』のプロットについては一発でOKになりましたが、『花魁ゲリラ』の方は二、三回書き直しました。それは、道具が集まらないって理由で。

――それは劇中でも問題になった「くまのぬいぐるみ」とかでしょうか?

そうですね(笑)あとは、ロボットレストランのロボットを登場させようって方向で書いていた時もありましたが、借りることができなかったので、それで筋を変えたりもしました。

――劇中劇は、実際にどちらも上演できる状態で書かれていたということでしょうか?

『過激派オペラ』も『花魁ゲリラ』も、そうですね、上演はできると思います。映画では部分的にしかやっていませんが、プロットはあるので。

でも、舞台のシーンに関しては、もう少し時間が欲しかったかなというのが正直なところです。

――劇中劇の、舞台の演出をつける時間ということでしょうか?

そうですね。ダンスもぐだっとしている部分があるし、あとは芝居ももっとこうした方がいいなとか、作品レベルで考えてしまう。でも、主人公たちは初めてやる公演だから、経験はそんなにないっていうところで自分を納得させたっていう感じです。

そもそも、あの劇中劇が存在する意味は、舞台のクオリティとは関係のないところにあるので、こだわらなくてよいとはわかっているのですが、それでも(笑)。

――ナオコにしろ、春にしろ、舞台の成功に向けて気持ちと気持ちをぶつけ合う劇団員たちの努力や結束、関係性が、あの上演シーンでより表出されていたように感じられました。

劇団ならではの関係っていうのは、家族でもないし、恋愛でもないし、それぞれ関わっている俳優がいて、本当に嫉妬し合うとか、良い時は良い関係だし。だから、ナオと春の関係も果たして「恋愛」というだけのものだったのか、そこは疑問だなって思う部分もあります。

それはただ単純に、一緒に作品をつくるっていうだけの話だったんじゃないかなって思うんです。「恋愛」って言葉だけでは表現できないと言いますか。

人と人とが関わる、なんていうんですか、それを何観というのかは分からないんですけど、人間観なのか、人間関係観なのか、本作にあるのは、そういったものなのかもしれません。



セックスも熱情の一部として、ほとばしるエネルギーの先にあるものとして、必要なのではないか



(c)2016キングレコード


――二人の女性が裸で肌を寄せ合うスチール写真にも見られますが、セックスシーンの、まさぐりあう女性の姿が印象的でした。

私自身は、正直、セックスを撮りたくてこの映画をつくったわけではないので、だから濡れ場はなくてもいいんじゃないのかっていうことはずーっと考えていました。

ただ、この物語の中での「裸」っていうものには意味があるのかなとは思っています。セックスも熱情の一部にすぎないというか、セックス目的のセックスではなくて、ほとばしるエネルギーの先にあるものとして必要なんじゃないのかなと。

私はエロいものを作りたいわけでも見せたいわけでもないし、エロと名付けられてしまう表現に関してはちょっと慎重でいたいんです。

――ためらいを感じるということでしょうか?

どちらかと言うと、私自身はそういうシーンは苦手なので。

だから、本作の濡れ場とか、編集していても結構大変でしたね。本当は、私、笑いのことばっかりをやりたいので。

だから、セックスシーンも笑えるものじゃなきゃ嫌だって言って撮っていましたね。ゲップが出そうなセックスシーンは撮らないようにと。

――試写会場でも、いくつかのセックスシーンでは観客席から笑い声が上がっていました(笑)

セックスを使ったコントになったらいい、と思いながら撮っていました。結果的に、そこに、人間の可笑しみが出ればいいじゃないですか。 


(c)2016キングレコード


――映画『過激派オペラ』というタイトルは、どういった経緯で決まったのでしょうか?

試写の0号かな? その直前まで決まっていなかったような。

――それまでのタイトルはどのようなものだったのでしょうか?

『コカン』。カタカナでコカン。だから、江本組のコカンですよ。スタッフさんたちも名を名乗るときは「コカンの⚪︎⚪︎です」とか。これ、どう考えても変えた方がいいんだろうなって。

最終的には、これは『過激派オペラ』という劇の公演に集まった若者たちのすがたを描いたお話なので、何が一番この映画のタイトルに相応しいのかなと考えて、『過激派オペラ』に決まりました。

――早々ですが、次回作のご予定は決まっているのでしょうか?

今のところはありませんが、撮れるものなら撮りたいです。

でもスタッフさんには、私の要望を聞いてもらうときの切り札として「私は二度と撮れないかもしれないんで!」って泣き落としみたいに言って説得していたので、それが嘘になってしまいすが(笑)。

もちろんそのときは本気で「これは一生に一本かもしれない」と思ってやっていましたが、これからまた撮りたいなって気持ちは強くあります。もっと勉強したいな、面白いなって。

――脚本から撮影現場まで、様々なお話を本当にありがとうございました。それでは、最後に、これから『過激派オペラ』をご覧になられる皆さまに向けて、一言いただいてもよろしいでしょうか?

ポスターを含めて、過激なイメージが強いかもしれませんが、そんな圧力には負けずに、観に来て欲しいなと思っています。

こんな映画は「二度と撮れないかもしれないんで!」


(文・構成:大久保渉/取材:大久保渉、井河澤智子)





『過激派オペラ』 
2016年/90分/日本

作品解説
2000年に劇団「毛皮族」を旗揚げして以来、国内外でセンセーショナルな作品を発表し続ける演劇界の奇才・江本純子が、自伝的小説『股間』を遂に映画化。 舞台演出で培われた演出方法は細部にまで行き届き、スクリーン狭しと表現される過激な表現に圧倒させられずにはいられない、初監督作とは思えない圧巻のデビューとなった。そして、かつて見たことのない衝撃的な愛の表現により本作は幕を開ける―。

“女たらし”の女演出家・重信ナオコが、一人の女優・岡高春と出会い、劇団「毛布教」を立ち上げ、成功し挫折していく様を、辛辣にときにユーモラスに描く。二人の女性の出会いと別れの物語であり、狂熱的な主人公を取り囲む女優たちの嫉妬や欲望、剥き出しの感情が交錯する青春群像劇となっている。『百円の恋』の早織と、『ゾンビアス』の中村有沙のダブル主演。2人の感情も肉体も全て剥き出した演技がこの作品を一層本気に仕上げている。

キャスト
重信ナオコ:早織
岡高 春:中村有沙
出水 幸:桜井ユキ
工藤岳美:森田涼花
寺山田文子:佐久間麻由
麿角桃実:後藤ユウミ
松井はつね:石橋穂乃香
三浦ふみ:今中菜津美

スタッフ
監督:江本純子
製作:重村博文
プロデューサー:梅川治男、山口幸彦
原作:江本純子『股間』リトルモア刊
脚本:吉川菜美、江本純子
音楽:原田智英

配給
日本出版販売

劇場情報
10/1(土)よりテアトル新宿 他にて全国順次公開

(c)2016キングレコード

公式サイト
http://kagekihaopera.com


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【執筆者プロフィール】 


大久保 渉 Wataru Okubo 

1984年、座間市生。映画活動中。ライターとして『ことばの映画館』、『FILMAGA』、『トランシネマWEB』、少しだけ『映画芸術』、その他映画系媒体にて執筆中。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭事務局にアシスタント勤務(2016年4~7月)。インディペンデント映画の宣伝チームに参加。その他、KAWASAKIしんゆり映画祭、各種映画祭にて活動中。
Twitterアカウント:@OkuboWataru

井河澤 智子:Ikazawa Tomoko

元図書館員。セミナー影ナレ・会議司会・選挙ウグイス・謎のアプリ声優・婚礼司会(修業中)など、こっそりと声の仕事をしつつ、映画との関わりを模索中。

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