2016年10月25日火曜日

東京国際映画祭ラインナップ発表会〜東京グランプリの行方〜text藤野 みさき

(左から、松居大悟監督、蒼井優さん、青木崇高さん、細田守監督 ©2016 TIFF)
一年に一度、六本木ヒルズ他にて開催される、アジア最大の映画の祭典である東京国際映画祭。本年は従来のTOHOシネマズ六本木ヒルズ他都内の各劇場に加えEXシアター六本木での上映も決定し、日本ではまだ観ぬ世界の貴重な映画を大きなスクリーンで観ることができる。2016年10月25日(火)の開幕に先駆けて、先月9月26日(月)虎ノ門ヒルズにて、本年度のラインナップ発表記者会見がおこなわれた。

(『アズミ・ハルコは行方不明』の主演を務める蒼井優さん ©2016 TIFF) 

 去年は小栗康平監督の『FOUJITA』中村義洋監督の『残穢【ざんえ】—住んではいけない部屋—』そして深田晃司監督の『さようなら』と、日本映画が三作品ノミネートされて大きな話題を呼んだ、映画祭の中でも毎年最も注目を集めるコンペティション部門。この部門の選考にあたり念頭に置かれている基準が三つがある。一つ目は「秋の新作であること」、二つ目は「監督の個性が際立つこと」、そして三つ目は「世界の広い範囲を網羅したい」ということである。上記の選定基準を元に、本年は98の国と地域から1502本もの作品が応募された。

「今年ほど難民を扱った映画が多かった年は無いのではと思います」
 作品紹介の際、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの矢田部吉彦氏は、本年のコンペティション部門の傾向についてをこのように振り返る。社会派ドラマ、恋愛映画、ホラーにコメディと、多様性に富んだ去年とは違い、現在の世界情勢を反映するかのように本年は主題の重厚な映画が並ぶ。

(『パリ、ピガール広場』 © LA RUMEUR FILME - HAUT ET COURT DISTRIBUTION)

 去年に引き続き、本年も最もコンペティション部門で多かったのはフランスを始めとするヨーロッパ映画である。ダルデンヌ兄弟の『サンドラの週末』を彷彿とさせる、リストラ計画の進むイタリアの工場に働く女性たちの姿を描いた心理ドラマ『7分間』。日本にもファンの多いメラニー・ロランが出演する、移民の男性の人生を追った『パリ、ピガール広場』と社会派ドラマがそれぞれイタリア、フランスから届いた。
 続いて、ドイツからは印象に有る方も多いであろう、『4分間のピアニスト』の監督である、クリス・クラウスの最新作『ブルーム・オヴ・イエスタディ』が上映される。文字通りの魂の鼓動が聴こえてくるような情熱的なピアノ演奏が素晴らしかった前作とは違う、ホロコーストを主題とした人間描写に期待せずにはいられない。

(『ビッグ・ビッグ・ワールド』 © 2015 - Atlantik Film - Maya Film - IMAJ)

 第60回カンヌ国際映画祭にてクリスチャン・ムンジウ監督の映画『4ヶ月、3週と2日』がパルムドールに輝き、世界から注目の熱きまなざしが注がれ続けているルーマニア映画。そのルーマニアからは、パリで売春をしていたひとりの少女がルーマニアに強制送還された事件を追う記者を描いた『フィクサー』が、クロアチアからは「不幸ではないが、幸せでもない」というある20代の女性とその家族を描いた『私に構わないで』を。
「普通になりたい。山の向こうが見たい」——そんな切実なキャッチコピーが胸を締め付ける、1930年代のサーミ族を描いた『サーミ・ブラッド』が北欧の名画の宝庫スウェーデンから出品。そして去年の東京国際映画祭にて見事審査員賞を受賞した『カランダールの雪』のトルコからは、矢田部氏も「監督自身の最高傑作なのではないか。素晴らしい映像美、そしてその奥にあるものを感じてもらいたい」と絶賛のレハ・エルデム監督の『ビッグ・ビッグ・ワールド』が上映される。

(『天才バレエダンサーの皮肉な運命』 © Sergey Bezrukov Film Company)

 近年においてアスガー・ファルハディ監督を筆頭に粒ぞろいの秀作が揃うイランから、本年は『誕生のゆくえ』がノミネート。去年コンペティション部門で上映された『ガールズ・ハウス』に引き続き、中絶問題を抱えた映画監督の夫と舞台女優の妻の夫婦のゆくえを描いた本作も見逃せない映画となっている。
 アメリカからはサスペンス・タッチで描かれる青春ラヴストーリー『浮き草たち』、近年目が離せない南米ブラジルからは、スリラーであり復讐劇でもある、『空の沈黙』が出品。アメリカ・ブラジルの新鋭作家の描くそれぞれの世界に注目したい。
 そして、現実的な社会派映画の並ぶ本年のコンペティション部門の中でも一際花を添えるのが、ロシアから届いた虚実の混じる『天才バレエダンサーの皮肉な運命』である。人生の岐路に立たされている天才的なバレエダンサーの人生を、トリッキーなカメラワークと美しい映像で描きだす。ロシアの指揮者であるワレリー・ゲルギエフも本人役で登場し、こちらも映画・バレエ・クラシックと幅広いファン層を魅了する作品に仕上がった。

(『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films)

 中国、香港からは本年はそれぞれ二本の映画がノミネートされた。一作品目は、ロウ・イエ監督の脚本家として知られるメイ・フォン監督の長編第一作目であるモノクローム作品の『ミスター・ノー・プロブレム』、二作品目は「ある日老いた父が若返っている?」という奇想天外な物語が目を惹く『シェッド・スキン・パパ』を。
 そして去年の本映画祭にてブリランテ・メンドゥーサ監督の特集上映がおこなわれ注目を浴びるフィリピンからは『ダイ・ビューティフル』が出品される。いつまでも美しくありたい。そして、死んでからも美しくありたいという、ひとりのドラッグ・クイーンの願いを、ビューティーコンテストという華やかな舞台を背景にその人間模様を明るく描いた感動作である。

(『雪女』 © Snow Woman Film Partners)

 そして最後に日本からは、『ワンダフルエンドワールド』『私たちのハァハァ』の松居大悟監督の最新作を蒼井優が『百万円と苦虫女』以来実に八年振りに主演を務めた、蒼井さん曰く「主役なのに行方不明」の映画『アズミ・ハルコは行方不明』を。現在の女性監督として国際的な活躍を続けている杉野希妃監督からは長編第三作目にあたる『雪女』が上映される。現代に甦った幻想奇譚を、杉野監督自身が雪女とユキの二役を演じる。「新人と呼ぶ日は過ぎました。次のステージを担っていってもらいたい」と矢田部氏も願う、ふたりの若手映画監督に大きな関心と期待が高まる。

 本年度は主題の重さを考えさせられる、難民問題・夫婦間の亀裂・労働問題と、現実を映し出すかのような作品が多い。しかし、東京国際映画祭ならではの作品の幅の広さも特筆すべきことである。本年の東京グランプリは、どの作品が選ばれるのだろうか。観客の胸をうつ映画とは……? その発表は最終日までのお楽しみ。さあ、今宵も六本木という地へ、映画の夢を観にゆきましょう。六本木に吹く風がすてきな映画との出逢いを、きっと、あなたのもとへ運んできてくれるから。

(text:藤野みさき)


© 2016 TIFF

作品解説
—コンペティション部門全16作品—
※ 各作品名をクリックすると公式ページの作品紹介ページに移ります。

◉ ヨーロッパ

『7分間』
91分/カラー/イタリア語 | 2016年/イタリア=フランス=スイス

『パリ、ピガール広場』
106分/カラー/フランス語 | 2016年/フランス

『ブルーム・オヴ・イエスタディ』
125分/カラー/ドイツ語 | 2016年/ドイツ=オーストリア

『フィクサー』
100分/カラー/英語、ルーマニア語、フランス語 | 2016年/ルーマニア=フランス

『私に構わないで』
105分/カラー/クロアチア語 | 2016年/クロアチア、デンマーク

『サーミ・ブラッド』
112分/カラー/スウェーデン語 | 2016年/スウェーデン=デンマーク=ノルウェー

『ビッグ・ビッグ・ワールド』
101分/カラー/トルコ語 | 2016年/トルコ

『天才バレエダンサーの皮肉な運命』
120分/カラー/ロシア語 | 2016年/ロシア

◉ アメリカ・中南米

『浮き草たち』
82分/カラー/英語、ポーランド語 | 2016年/アメリカ

『空の沈黙』
102分/カラー/スペイン語、ポルトガル語 | 2016年/ブラジル

◉ アジア

『誕生のゆくえ』
91分/カラー/ペルシャ語 | 2016年/イラン

『ミスター・ノー・プロブレム』
144分/モノクローム/北京語 | 2016年/中国

『シェッド・スキン・パパ』
101分/カラー/広東語 | 2016年/中国=香港

『ダイ・ビューティフル』
120分/カラー/フィリピン語 | 2016年/フィリピン

◉ 日本

『アズミ・ハルコは行方不明』
100分/カラー/日本語 | 2016年/日本
配給:ファントム・フィルム

『雪女』
95分/カラー&モノクローム/日本語 | 2016年/日本語
配給:株式会社 和エンタテインメント

第29回 東京国際映画祭

29回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)。

注目の集まる、若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」。国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。
アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」。本年は日本映画2大特集として、アニメーション特集 「映画監督 細田守の世界」 、Japan Now 部門 「監督特集 岩井俊二」が行われる。
さらに、海外の有名映画祭での受賞作や、名匠・巨匠の新作、あるいはTIFF おなじみの監督の新作で、8月31日現在で日本公開が未定の作品をピックアップする「ワールド・フォーカス」など始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。

本年は新たな試みとして「ユース」部門と野外上映が行われる。「ユース」部門は「TIFF チルドレン」、「TIFF ティーンズ」の二部構成に分かれており、これからの映画を担う若い人に向けて創設された部門であり、本年は3作品が上映される。海外の映画祭で多くの観客が参加して映画を楽しんでいることに習って企画されたという野外上映では、六本木ヒルズアリーナにて無料の上映が行われる。

また、アジア映画の特集上映を行う「CROSSCUT ASIA」(クロ スカット・アジア)では、本年は究極の多様性を内包する国ともいわれる「インドネシア」を大特集する。
その他、国際交流基金アジアセンターとの共同製作による、東京国際映画祭が初めてオムニバス映画製作を手がけた記念すべき第一作、『アジア三面鏡 2016:リフレクションズ』が上映されることにも注目が集まる(ブリランテ・メンドーサ監督 「SHINIUMA Dead Horse」、行定 勲監督 「鳩 Pigeon」、ソト・クォーリーカー監督 「Beyond The Bridge」)。

国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報
2016年10月25日(火)~ 11月3日(木・祝)[10日間]

上映作品一覧
http://2016.tiff-jp.net/ja/lineup/list.php

上映スケジュール
http://2016.tiff-jp.net/ja/schedule/index.php?day=25

開催会場
六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホール
会場アクセス☞ http://2016.tiff-jp.net/ja/access/

公式ホームページ
http://2016.tiff-jp.net/ja/


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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、UPLINK主催「未来の映画館をつくるワークショップ」第一期受講。映画の他では、自然・掃除・断捨離・洋服や靴を眺めることが趣味。最近はセルフネイルに嵌っていたり、グレン・グールドの名盤「ゴールドベルク変奏曲(81年版)」を聴いて秋の夜長を過ごすことが好きです。

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2016年10月21日金曜日

映画『ハドソン川の奇跡』text高橋 雄太

「映画シミュレーション仮説」


過去をどのように振り返るべきか。過去を生き直すことはできるのか。クリント・イーストウッドのノンフィクション映画は近過去の出来事を手段として、そう問いかける。

本作は2009年1月15日に起きたUSエアウェイズ1549便の不時着事故とその後の経過を映画化したものである。機長チェスリー・サレンバーガー(通称サリー、演じるのはトム・ハンクス)は、バードストライクによって推力を失った機体をハドソン川に不時着させる。一人の犠牲者も出さない「奇跡」を起こしたサリーは英雄になる。しかし、国家運輸安全委員会は事故の調査を開始し、サリーと副機長ジェフリー・スカイルズ(アーロン・エッカート)の判断に疑問を呈する。不時着という危険を冒さず、空港に引き返すことも可能だったのではというのだ。サリーは事故の悪夢と厳しい追及に悩まされる。

サリーの悪夢の中では、航空機がニューヨーク市街に墜落する。言うまでもなく、この墜落は2001年9月11日のテロの記憶を示唆している。そこに「奇跡」が起き、人々は歓喜する。劇中の「飛行機でいい話は久しぶりだ」とのセリフに表れているように、悪しき記憶に幸福な記憶を上書きすることができる。

ただ、サリーにとって記憶は重荷でもある。彼は事故を振り返る。「自分は正しかったのか」、「墜落していたかもしれない」、「あの時こうすればよかったのでは」。不安と後悔の中、あり得たかもしれない過去を想像する。だが時間が戻ることはない。事故の回想シーンは何度も反復され、その度にサリーらの声、乗客の叫び、客室乗務員の「Brace! Brace! Brace! Heads down! Stay down!」の警告、爆音と警報などの多様な音が機内に響き渡る。しかし、臨場感あふれる音と映像の繰り返しに反して、生は一回限りであり、やり直しは不可能である。事故の当事者の彼をして、記憶をたどることだけが可能なのだ。

事故を振り返るのはサリーだけではない。記憶に代わるもう一つの手段はシミュレーションだ。フライトシミュレータを用いた事故のシミュレーションにより、空港への着陸は可能、つまり不時着というサリーの判断は危険なものという結果が得られる。それに対しサリーは人的要因の重要さを指摘し、自らの正しさを主張する。人的要因としてバードストライク後に待機時間を設定したシミュレーションでは、空港への着陸は不可能、つまりサリーの判断の正しさが裏付けられる。

シミュレータの中は静寂に包まれており、操縦者の「鳥だ!」の叫びだけが突出して大きく聞こえる。音に満ちた事故の回想と静寂の中のシミュレーション。結果も雰囲気もシミュレーションと事故とでは違う。すなわち、シミュレーションが過去を完全に再現することなどできるはずもない。当事者であるサリーだけが記憶を反芻することができるのだ。

そして「ハドソン川の奇跡」は幸福な出来事として私たちの記憶に刻まれる。だが、私たちが見たものも、過去そのものではなくやはりシミュレーションであろう。

シミュレータは白い箱型の装置であり、内部にはニューヨークの映像が映し出される。静かで、パラメータの入力に応じて映像を出力する箱、それがシミュレータである。このシミュレータは映画館と似ていないだろうか。前述のようにシミュレータは静寂に包まれており、内部にはスクリーンに向き合う座席が設けられている。映画館は原則的には静かで、映像と向き合うための座席が配置された空間である(さらに偶然だが日本語では映画館を「箱」と呼ぶことがある)。

事故のシミュレーションでは、パラメータ(おそらく機体の座標、速度、方位など)を入力する。仮想のバードストライクが発生し、操縦者が台本に書かれたセリフのように「鳥だ!」と叫び、決められた空港に向けてシミュレータを操作する。「人的要因」として待機時間を追加後、同じ操作が行われる。パラメータ次第で、同じ出来事を異なるものとして反復することができる。だが、そのシミュレーションが当事者の経験をそっくり再現できなかったことは前述の通りだ。

過去の反復ではあるが過去そのものではない。それがシミュレーションであり、映画である。『ハドソン川の奇跡』では、機長役にトム・ハンクス、台詞、カメラアングル、ショット数、ショットの持続時間などの「パラメータ」を設定する。映画館という「シミュレータ」に入力することで、サリーの物語をシミュレートする映像と音が出力され、上映を始めれば何度でも反復することができる。パラメータが変われば(例えばキャストの一人でも変更すれば)、この物語を別物として再現することもできるだろう。映画は過去そのものの再現ではなく、観客に過去の一つの例を体験させるシミュレーションなのだ。

近年のクリント・イーストウッドの監督作を列挙してみると、『父親たちの星条旗』(2006年)、『チェンジリング』(2008年)、『インビクタス/負けざる者たち』(2009年)、『J・エドガー』(2011年)、『ジャージー・ボーイズ』、『アメリカン・スナイパー』(ともに2014年)など、ノンフィクション映画が多い。1930年生まれのイーストウッドにとって、ほぼ同時代の出来事の映画化である。時代が違えばもちろんのこと、たとえ同時代に生きていても、全ての出来事に直接関与することも、記録することも難しい。だが彼は、事実ベースの劇映画を撮ることで、過去の記録ではなく、シミュレーションを後世に残そうとしているように思える。

『インビクタス』、『アメリカン・スナイパー』、『ハドソン川の奇跡』の元になった話は、イーストウッドよりはるかに若年の私にとっても同時代のものである。だが私は、イラクの戦場や戦時下のアメリカ、不時着事件を体験せず、当事者としての記憶も持たない。イーストウッドの映画は、過去を振り返り、再現する。ただしシミュレーションとして。誰も過去それ自体を生き直すことはできない。だが、映画=シミュレーションは、虚実の間をただよい、歴史に目を向けることを私たちに促している。


シミュレーション度:★★★★★
(text:高橋雄太)



『ハドソン川の奇跡』

原題:Sully
2016/アメリカ/96分

作品解説

クリント・イーストウッド監督、トム・ハンク主演により、機長だったチェズレイ・サレンバーガーの手記「機長、究極の決断『ハドソン川』の奇跡」をもとに、2009年のアメリカ、ニューヨークで起きた航空機事故を映画化。2009年1月15日、乗客乗員155名を乗せた航空機がニューヨーク上空で推力を失う。機長サリーはハドソン川への不時着を決断し、全員が生還する。英雄となるサリーだが、国家運輸安全委員会は彼の判断を疑問視し、調査を行う。

キャスト

チェスリー・“サリー”・サレンバーガー:トム・ハンクス
ジェフ・スカイルズ:アーロン・エッカート
ローリー・サレンバーガー:ローラ・リニー

スタッフ

監督:クリント・イーストウッド
原作:チェズレイ・サレンバーガー、ジェフリー・ザスロー(「機長、究極の決断 『ハドソン川』の奇跡」)

劇場情報

TOHOシネマズ新宿ほか全国劇場にて公開中

公式サイト

http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/


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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。アニメでは『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』、本ではディラックの『量子力学』にハマっています。

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2016年10月16日日曜日

映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』評text今泉 健

「実はこんな話……かも」


 高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013)では、かぐや姫が天に昇る前に着物を羽織ると、地上での記憶はリセットされ天に昇っていった(ただしうっすらと感情は残っていた)。まさに「忘れの衣」(※注1)というべきだろう。衣を1枚纏うことでこの世のモードではなくなる。どうやらこういった発想には国境はないようである。

 初見のアニメ作品にあまり興味はわかない方だが、予告編をみて興味を惹かれた。海外のアニメだがキャラクターが可愛い。大人向けなのか子供向けなのかわからなかったが、素朴かつ何か懐かしい感じがした。映像も綺麗でオーロラも出てくる。音楽がなんとも幻想的で心地よい。アイルランドの神話に伝わる妖精、セルキー(海ではアザラシ、陸では人間)の母親と人間の父親の間に生まれた兄妹の冒険が描かれる。父親の仕事は灯台守。優しい母親は妹を身籠もるが、妹を大切に、という言葉を残し出産後姿を消す。実は妹も母親同様セルキーである。セルキーには、まとう布、白衣が特長的なアイテムとなる。白衣を纏って初めて役割を果たし、本領を発揮できる存在なのだ。それだけに布の存在とそれを纏う行為が重要だということになる。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』公式MV

 同時に、実際はこんな話だったのではと透けて見えてくる。

 アイルランドの海辺で優しい父親と母親とまだ幼稚園児くらいの男の子が、仲良く家族3人で暮らしている。ところが妹が生まれたとき母親が亡くなった。兄は妹が大好きな母親を奪ったと思い、妹を大切に、という母親の生前言葉の記憶にも素直になれず邪険にする。妹の誕生日がお母さんの命日という皮肉。以来父親は悲嘆にくれる毎日。妹は声が出ず、病弱気味。その後心配した祖母の勧めもあり、子供と祖母で都会で暮らすことになる。しかし妹が都会でもさらに衰弱し、ある晩生死の境をさまようまでになる。その時兄は不思議な夢を見る。朝になると妹は……。と言う具合である。

 童話や伝承は現実の話をモチーフにしていることがある。兄妹の冒険中に登場する神様や妖精や魔物は現実にいる人たちに似せている。母親が毎晩読み聞かせてくれた話、教えてくれた歌も登場する。実際の話が透けて見える、いや敢えて透かして見せることで、いかにも子供の自由な発想で生まれた物語だとわかる。妖精たちとの会話は子供らしさが溢れ返っているのだ。また小さい頃の、特に男子にとっては、母親が絶対的存在であることは説得力を持つ。嫌いだと思い込もうとしていた妹への本当の思いに、自ら気づける素直さ、ささやかではあるが、確実な心の成長の証し、そして何より純真さに溢れていて、なんとも心地よい気持ちになれるのだ。

(※注1) 忘れの衣:中島みゆきの夜会、「山椒大夫」をモチーフにした「今晩屋」シリーズ書き下ろしの楽曲、「都の灯り」の歌詞に出てくる言葉

兄妹の純真度:★★★★★
(text:今泉健)




『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
2014年/93分/アイルランド・ルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク合作

作品解説
アイルランドに伝わる神話をもとに、海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をとる妖精と人間との間に生まれた兄弟の冒険を描き、第87回アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされたアイルランド映画。セルキーの母親と人間の父親の間に生まれた幼い兄妹のベンとシアーシャ。ある日、妹のシアーシャがフクロウの魔女に連れ去られてしまい、兄のベンは妹を救うため、魔法世界へと旅立っていく。

キャスト(声の出演)/吹き替え
ベン:デヴィッド・ロウル/本上まなみ
コナー:ブレンダン・グリーソン/リリー・フランキー
マカ:フィオヌラ・フラナガン/磯辺万砂子
ブロナー:リサ・ハニガン/中納良恵(EGO-WRAPPIN')

スタッフ
監督:トム・ムーア
製作:ロス・マレー、ポール・ヤング、ステファン・ルランツ

劇場情報

恵比寿ガーデンシネマほかにて全国公開中
10/8〜10/21、ユジク阿佐ヶ谷にて公開

公式サイト


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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

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2016年10月6日木曜日

【IFFJ2016特集】映画『ファン』評text西田 志緒

©Yash Raj Films

「駆逐か、和解かーー葛藤の行方」


『ファン』の一番の見所は、なんといっても「キング・オブ・ボリウッド」、主演のシャー・ルク・カーンである。
しかも、1人2役。シャールクが、自身の分身のような大スターと、熱狂的なファンという対照的な役柄を演じる。色んな表情のシャールクが堪能できてしまうのだ。

これはおいしい。おいしすぎる!! その設定だけで、充分に観る価値がある。
緩急をつけながら、物語が進むにつれてどんどんスリリングになって行くストーリーも面白い。ラストに向かう疾走感にグイグイ引き込まれる作品だ。

シャールクが演じるのは、大スターのアーリヤン。そしてもう1人、子どもの頃からアーリヤンに憧れて、人生のすべてを大スターに捧げてきた、ゴウラヴだ。
アーリヤンの色気がヤバイ。そして、ゴウラヴの色気ゼロもスゴイ。特殊メイクをしているといっても、本当に同じ人かと疑うレベルの振れ幅がある。
シャールクの魅力は、オーラ&色気ゼロのお調子者も、オーラ&色気バリバリの色男も演じられるところだ。真逆に振り切れているシャールクをこの1本で楽しめる。非常にお得感がある。

ゴウラヴのひたむきな熱狂ファンぶりがチャーミングだ。
地元のコンテストにアーリヤンのものまねで出場し、見事優勝。その賞金で、映画の都ムンバイまで大スターに会いに行く。
アーリヤンがかつてそうしたように、列車にキセルで乗り込み、大スターが初めてムンバイに来たときに泊まったのと同じホテルの、同じ部屋に泊まる。
まさに聖地巡礼。神に近づくかのような喜びと高揚感に、わかるよゴウラヴ! と微笑ましい気分にさせられる。

ゴウラヴの願いはただ1つ。
アーリヤンに会って、コンテストで優勝したトロフィーを捧げたい。そのたった5分が、彼の人生の望みなのだ。

その一途な思いが、やがて狂気のストーカーへと変貌していく。観ている側の世界まで ぐにゃり と歪むような気持ち悪さを覚える。絶妙だ。
アーリヤンを「シニア」、自らを「ジュニア」と呼ぶほどスターと瓜二つのゴウラヴは、アーリヤンを騙って悪事を働き、スターの信用を汚していく。

スマホやSNSの使い方も面白い。
個々人がメディアになれる時代、特定の場所で起きた事件がただちに拡散されて、広がり出したら止まらない。その情報が正確か捏造かなんて、誰も気にしない。
いとも簡単に、世界は歪み、アーリヤンの名声は失墜して行くのだ。

今まではゴウラヴがファンとしてアーリヤンを追いかけていたが、立場が逆転し、今度はアーリヤンが、ゴウラヴを追いかけることになる。

比喩ではなく、実際に走って追いかけるのだ。タキシードで走るシャールク! 素晴らしい。
1人孤独に追いかけるんじゃなくて、警察にしっかり通報してつかまえてもらいなよーというツッコミは、ヤボである。アーリヤンとゴウラヴが直接対決するところを、みんな観たいのだから!

ゴウラヴは、アーリヤンなしでは生きられない。宿主を離れては死んでしまう寄生虫のように。
しかし、仮にゴウラヴをファンの代表とすれば、ではあるが、アーリヤンもまた、ゴウラヴがいなければ生きられないのだ。

大スターと、一般のファン。輝く光と、陰鬱な闇。本物と、模倣。潔白と、罪悪。
本来は対になって調和がとれるはずの2つの要素が、均衡をくずし反目し合う。

目の前の画面でケンカをしている2人、逃げる側も追う側も、同じ顔をしている。だんだんと、1人の人間の内面の葛藤としても見えてくる。

相手を駆逐するのか、されるのか。従えるのか、ひざまずくのか。それとも、和解して握手を交わすのか。関わり合わずに交わらない人生を生きる、という道もあるかもしれない。

さて、この激しい葛藤の行方は、一体どうなるのだろうか。ぜひ、目撃してもらいたい。

(text:西田志緒)



『ファン』


原題:Fan
2016/ インド/ 138分

作品解説

最高のファンが最悪の敵に!「ボリウッド・キング」シャールク・カーンが、自身の投影のようなスーパースターと、特殊メイクでその狂信的な「ファン」の二役を演じるスリラー。二人のどちらに感情移入するかで、作品の見方が大きく変わる。
デリーの下町に暮らす青年ゴウラヴは、映画界のスーパースター、アーリヤン・カンナーの熱狂的ファン。ある出来事をきっかけに、ゴウラヴはアーリヤンと念願の対面を果たすが、アーリヤンに「お前は俺のファンなんかじゃない」と拒絶される。その日からゴウラヴはアーリヤンを狙うストーカーへと変貌していく。

キャスト

シャールク・カーン
ワルーシャー・デスーザ
シュリヤー・ピルガオーンカル
サヤーニー・グプター

スタッフ

監督:マニーシュ・シャルマー

©Indian Film Festival Japan 2016



インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ2016)


日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。

開催期日/場所


東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田

公式ホームページ
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/schedule.html

©Indian Film Festival Japan 2016


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【執筆者プロフィール】

西田志緒:Shio Nishida

東京都在住。2015年1月~4月にかけて、第二期「シネマキャンプ」映画批評・ライター講座を受講。『ことばの映画館』にて執筆。

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2016年10月4日火曜日

【IFFJ2016特集】映画『ファン』評text今泉 健



©Yash Raj Films


「我儘VS傲慢」


 「俺の人生だ、5秒すら君にやる義務はない」

 この言葉を吐き捨てたのは大スター、アールヤン・カンナー、相手の「君」は熱烈すぎるファン、ゴウラヴ・チャンドナー。物語前半のこの台詞を境に両者の生活、人生は一変する。世に言うバディムービーは大抵、対照的な二人を揃えるがこの二人はどうか。そもそも実際の大スター、舞踊が本当に見事なシャールク・カーンの一人二役で、外見や内面の相違点と共通点を見事に演じている。相違点は、孤高の大スターとその大スター中毒のファンであること。しかも症状は深刻だ。共通点は自分の意思は絶対に曲げない頑固さと、攻撃に転じると容赦ないことだろう。対照的かつ似通った二人、大スターと熱烈すぎる「狂気」のファンの、まさに「逆バディムービー」だ。

 狂気のファン、ゴウラヴは我儘である。「たった5分会って写真を撮れれば幸せ」という欲求を満たすためなら、人として許されない一線を超える。情報収集能力は諜報機関並ではないだろうか。結果、家族の様になりたいと思っていた大スターに嫌がらせをして執拗に追い回す。一方、大スター、アールヤンは「ファン無しではただの男です」という言葉が上っすべりに思えるくらい傲慢である。新進気鋭の後輩の役者を憤慨させるし、釈明会見でさえ上から目線、筋は通しているし間違ってはいないが、大スターはそれでは足らないということだろう。

  こうなると、どっちもどっちのトンデモ話のようだが、それは違う。この事態に至る、各々の事の次第と経過が、丁寧に描かれているから、必ずどちらかに肩入れしたくなる。後半、ゴウラヴがアールヤンを追い詰めていく姿はまさにサスペンス、そしてアールヤンもやられてばかりではいない、情報や資料を収集される立場の大スターは、受け身にならざるを得ず不利だ。しかし、攻勢に転ずれば立場は逆となり、「自分」を敵に回していることがお互いにとって諸刃の剣となる。アクションも見事で、一人二役の追っかけっこは、逃げるのも追うのも闘う迫力も香港映画に負けず劣らずだ。

  ゴウラヴの場合は、愛情というか執着であるが、こういった感情が極まると相手が異性でも同性でもスターでも同じような境地に達するのかもしれない。かつて、「ナイフならあなたを傷つけながら折れてしまいたい」というフレーズの歌詞があったが、まさにそれである。男性だけかもしれないが失恋は忘れ難いものだ。人の心に自分を深く意識づけるには、相手の心を傷つけるのが手っ取り早い方法と言わんばかりである。

 我儘か傲慢か、観客は後半必ずどちらかに肩入れしている自分に気づくだろう。友達、家族、パートナーいずれにせよ誰かと見るのをお薦めする。それはきっと、他の人の感想を聞きたくなるからである。

(text:今泉健)

 


『ファン』

原題:Fan
2016/ インド/ 138分

作品解説 

最高のファンが最悪の敵に!「ボリウッド・キング」シャールク・カーンが、自身の投影のようなスーパースターと、特殊メイクでその狂信的な「ファン」の二役を演じるスリラー。二人のどちらに感情移入するかで、作品の見方が大きく変わる。
デリーの下町に暮らす青年ゴウラヴは、映画界のスーパースター、アーリヤン・カンナーの熱狂的ファン。ある出来事をきっかけに、ゴウラヴはアーリヤンと念願の対面を果たすが、アーリヤンに「お前は俺のファンなんかじゃない」と拒絶される。その日からゴウラヴはアーリヤンを狙うストーカーへと変貌していく。

キャスト 

シャールク・カーン
ワルーシャー・デスーザ
シュリヤー・ピルガオーンカル
サヤーニー・グプター


スタッフ

監督:マニーシュ・シャルマー

©Indian Film Festival Japan 2016

日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。


開催期日/場所

東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田


公式ホームページ

http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル

©Indian Film Festival Japan 2016

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【執筆者プロフィール】
今泉健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

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【IFFJ2016特集】映画『キ&カ~彼女と彼~』評text大久保 渉

©Eros International

「手をつなごう」


自分にないものを相手が持っているからこそ惹かれるのか。それとも自分と似ているところがあるからこそ一緒にいて落ち着けるのか。

お互いの考えを尊重しあえるからこそ対等な関係が築けるのか。それとも悪いところを指摘しあえるからこそ必要な存在となりえるのか。

ありのままの自分を愛してくれる人と一緒になるのが幸せなのか。相手のためならいくらでも自分を変えられる程の強い想いがある方がより愛していると言えるのか。

ただ、愛する人と一緒に笑い合えるその瞬間のやすらぎは、理屈抜きに溢れ出る感情なのだから、目と目が合って幸せを感じるのならば、迷うことなく手と手をとりあえばいいのではないだろうか。

映画『キ&カ~彼女と彼~』は、「夢はCEO」と息巻くキャリア志向の女性・キアと、「主夫になりたい」と家庭を尊ぶ資産家の息子・カビールの、考え方は違えども、相性も目的も合致した二人の恋と結婚、心の成長を描きだす。

「男は仕事。女は家庭」。脚本にはそうした社会の考え方に対する「モノ言い」もあるけれど、しかし本作の要となるのは惹かれあう恋人に必要なものは何かということ。

飛行機の中で偶然出会い、初めて話したその日の夜に、バーでお互いの夢に茶々を入れ合うキアとカビールの顔が、交互にパパッと切り替わりながら映しだされるシーンが印象に残る。

初めは同じ場所にいてもフレームで切り離されていた二人の姿が、日を追うごとにだんだんと、寄り添うようにひとつの画面に映り込む。

近づく二人の心と身体。そして、堰を切ったように流れだす恋のメロディー。

「心地いいと思うなら、目をそらさなくていい」

力の限り、腹の底から、伝えたい言葉を口にしながら相手の瞳を見つめつつ、声を重ねるキアとカビール。

「君とわたしのおかしな恋愛」

手をつなぎあう二人の熱い体温が私の心まであたたかくしてくれる。恋人同士が一緒にいたいと思う理由は、そのぬくもりを求め合うことだけで十分なのではないか。

あまりにも浅はかだと言われるかもしれないが、家督を重んじる国に生まれたはずのキアとカビールの衝動的な付き合い方は、見る者にこの上もない純粋な愛のかたちを示してくれる。

(text:大久保渉)




『キ&カ ~彼女と彼~』
原題:Ki & Ka
2016/ インド/ 126分

作品解説
キャリア志向の女性と主夫志望の男性。その結婚が思わぬ展開に! 夫婦の役割を入れ替えたカップルの話だが、大胆でユニークな作品に定評のあるバールキー監督による驚きのひねりが物語を盛り上げる。演技派女優カリーナーと若手注目俳優アルジュンの、ふたりの「カプール」の好演も見逃せない。
飛行機で偶然出会ったキャリア志向の女性キアと「主夫」志望の男性カビール。二人は逆転夫婦として結婚。順調だった結婚生活は、カビールが「カリスマ主夫」として人気になったことから歯車が狂い始める。

キャスト
キア:カリーナー・カプール
カビール:アルジュン・カプール

スタッフ
監督:R.バールキー 

©Indian Film Festival Japan 2016

インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2016(IFFJ2016)
日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。

開催期日/場所
東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田

公式ホームページ
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/schedule.html

©Indian Film Festival Japan 2016

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【執筆者プロフィール】

大久保渉 Wataru Okubo 
ライター・編集者・映画宣伝。フリーで色々。執筆・編集「映画芸術」「ことばの映画館」「neoneo」「FILMAGA」ほか。東京ろう映画祭スタッフほか。邦画とインド映画を応援中。でも米も仏も何でも好き。BLANKEY JET CITYの『水色』が好き。桃と味噌汁が好き。
Twitterアカウント:@OkuboWataru

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【IFFJ2016特集】映画『キ&カ~彼女と彼~』評text佐藤 聖子

©Eros International

「♡3つのケーキ♡」


「ロマンスはゆっくり始まるものさ」
レタスを口に押し込みながら、思わせぶりに彼が言う。
しかし、言葉と裏腹に、彼と彼女は急速に近づいてゆく。

CEOを夢見て働く女性キアと、無職の年下男性カビール。
この映画は、そんな二人の恋愛娯楽作品として充分に楽しめる。キアが夢に向かって進む姿は爽快だし、有能な主夫として立ち回るカビールは愉快で微笑ましい。すれ違いやケンカも、ラブストーリーには欠かせないスパイスだ。

「キッチンは女人禁制」のシーンや、奥様たちとカビールの井戸端会議、機関車が走り回る部屋の内装など、笑いと遊び心にあふれている。
本作ポスター『Ki & Ka』の文字は、キアとカビールのイニシャルを仲良く並べてあるようで可愛らしい。

典型的ともいえる娯楽映画でありながら、この作品は社会的な顔を併せ持つ。
『キ&カ~彼女と彼~』(邦題)は、「彼女」と「彼」の順番が示すように、男女のイニシアティブ、ジェンダーや女性のキャリアデザインなど、恋愛や結婚において避けては通れない側面も描いている。
冒頭のシーン、友人の結婚披露宴でキアは言い放つ。
「親友の葬式なのよ!」

高学歴のカビールが働くことに意味を感じず「専業主婦だった母のようになりたい」と願う背景には、著名な実業家である父親と亡くなった母親の関係がある。
社会での肩書や成功を否定するカビールのセリフは辛辣だ。専業主婦の存在意義にも踏み込んでいる。
一方、父を事故で亡くし母子家庭で育ったキアには、彼女なりの想いがある。

働く女性が増えても彼女たちを支える存在が少ない社会で、働かない男性が認められにくい社会で、キアとカビールは愛する相手を通して様々な価値観に触れ、思いがけない自分の感情に出くわし、世界を広げてゆく。

影となり日向となり二人を支えるのが、同居しているキアの母親だ。キアとカビールが、時に諍いながらも「理想の自分」と「相手を応援し合う対等な関係」を実現させてゆく上で、この魅力的な女性の役割は大きい。
日本では「親との同居が夫婦の問題をややこしくする話」をよく耳にするが、キアの母親は二人を優しくしなやかに支えている。

恋愛映画でもあり、社会的な映画でもあるこの作品。個人的に、もう1つの要素を感じた。
聞きかじった程度のインド思想のイメージだが、主要人物に「トリ・グナ(3つの性質)」が重なって見えた。

野心を抱き出世の妨げになるものを排除して生きるキアはラジャス(活動)的、信念を持ちつつセグウェイでぶらぶらしているカビールはタマス(夢想)的、温和で聡明なキアの母親はサットヴァ(調和)的。
この3性質の均衡が崩れる時、創造が始まるという。
彼女たちの物語も、そこから始まっているように思う。

「3」という数字はこの映画の1つの鍵なのかも知れない。
キアとカビールとお母さん……それぞれの幸せ、キアとカビール二人の幸せ、家族三人にとっての幸せ。その象徴とも思える3つのケーキ。
味わってみて欲しい。
リキュールのきいた、甘くてほんのりビターな大人のマサラムービーだ。

(text:佐藤聖子)



『キ&カ ~彼女と彼~』
原題:Ki & Ka
2016/ インド/ 126分

作品解説
キャリア志向の女性と主夫志望の男性。その結婚が思わぬ展開に! 夫婦の役割を入れ替えたカップルの話だが、大胆でユニークな作品に定評のあるバールキー監督による驚きのひねりが物語を盛り上げる。演技派女優カリーナーと若手注目俳優アルジュンの、ふたりの「カプール」の好演も見逃せない。
飛行機で偶然出会ったキャリア志向の女性キアと「主夫」志望の男性カビール。二人は逆転夫婦として結婚。順調だった結婚生活は、カビールが「カリスマ主夫」として人気になったことから歯車が狂い始める。

キャスト
キア:カリーナー・カプール
カビール:アルジュン・カプール

スタッフ
監督:R.バールキー 

©Indian Film Festival Japan 2016

インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2016(IFFJ2016)
日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。

開催期日/場所
東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田

公式ホームページ
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/schedule.html

©Indian Film Festival Japan 2016

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【執筆者プロフィール】

佐藤聖子 Seiko Sato 

福祉のお仕事を転々として、今は児童福祉施設の非常勤。時給が湿布代で飛んでゆくことに「人生」を感じている。
映画のような夢を見た朝の微睡みが好き。

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2016年10月2日日曜日

映画『イレブン・ミニッツ』評text高橋 雄太

「世界タイムライン仮説」


タイムラインとはTwitterなどのSNSにおいて投稿が時系列に沿って流れていく画面である。世界はそのタイムラインで構成されている。これが映画『イレブン・ミニッツ』から得られる仮説である。

本作はいわゆる群像劇である。現代の都会に生きる多くの人々の午後5時から5時11分までが描かれる。ホテルの一室で会談する、映画関係者らしき男性と俳優の女性。彼女を探す夫。ホットドッグを売る男性とその息子。犬の散歩をする女性。救急隊員。犯罪に手を染めようとする少年。老画家。他にも多くの人物が登場する。ほとんどつながりがないように思える彼らの時間は、共通の出来事に収束していく。飛行機と画面に映らない不思議な物体の目撃。そして突如訪れる思いがけぬ事件である。

「何も変えることはできない」。作中に登場する謎の男が告げるように、運命は変えられず、人は時の流れ=タイムラインには逆らえない。『イレブン・ミニッツ』のイレブン、11が9.11や3.11の象徴、悲劇から逃れられないことを示していると深読みすることも可能だ。だがここでは、前述のようにこの映画の「タイムライン」を、単なる時の流れというより、SNSにおける情報フローと考えることとする。

多くの映画において、登場人物は感情を持った人間として描写され、観客は彼らのドラマに入り込み、共感する。一方『イレブン・ミニッツ』においては、人間性の不明な人たちが登場し、観客は彼らに「共感」するのではなく、彼らの体験を「共有」する。本作の登場人物の一部を上に列挙したが、私は彼らの名前を全く記憶していない。単に覚えていないのか、そもそも作中で名前が登場しなかったのか。それすら記憶にない(公式サイトに掲載されていないため、多くの人の名前は登場していないのだろう)。彼らへの興味は、名前の有無が気にならない程度でしかないのだ。背景も人間性も不明な人々が同じ場所、同じ時間に居合わせ、その11分間の出来事がただ流れていく。

私たちがTwitterやFacebook、特に前者を開いたとき目にするタイムラインは、これと似ているのではないだろうか。会ったことのある人もない人も含めた不特定多数の人たちが投稿する情報の洪水。例えば紅白歌合戦のようなテレビ番組、雨上がりに多くの人が目撃する虹、スポーツなどのイベントでは、複数の人が同じ出来事について情報をアップする。そうした同時性と複数性を持った場がタイムラインだ。もはや古い言い方だが、『イレブン・ミニッツ』は見知らぬ人たちによる多数の「〜なう」が流れるタイムラインである。

スマートフォンによる自撮り、監視カメラの映像、ハイアングル、ローアングル、犬視点のショット、スローモーション、SF映画を思わせる無機質で単色の多い映像。これらは美しい画面を作り上げるのだが、その作為性、不自然さを誇示してもいる。そのことにより、現代においては常に誰かが見ていることを我々に告げている。この「誰か」とはビッグブラザー的な絶対の監視者というより、スマホを手にした私たち自身であろう。局在した一つの目ではなく、分散化した複数の目。それがタイムラインとしての世界を生み出す。

分散した目が世界を覆い尽くすとき、全ては映像として表象され、タイムラインというシステムの中に取り込まれてしまうのだろうか。システムに対抗するように、本作には表象不可能な一点が登場する(矛盾した言い方だ)。少年やホテルの男女が目撃談を語る不思議な物体。故障で生じたらしいディスプレイ内の一点。画家が意図に反して描いてしまった紙の上の黒点。さまざまな形をとる謎の点である。タイムライン映画『イレブン・ミニッツ』において正体が明かされぬままの一点は、システムに取り込まれない可能性があること、世界が表象し尽くされないことを示すとも思える。

しかし、そう単純な話でもない。紙やディスプレイ上での一点が現実世界でUFO的な物体として目撃されることは、表象の世界(絵や画面)が現実と同等であることを意味するのではないだろうか。また、ディスプレイの故障はデバイス固有のエラーであり、絵の具の落下は絵画だからこそ起こる誤りである。要するに、表象不可能であることを示す点自体は、表象システム内にしか存在しえない。また、他のエラー、例えば文字化け、リンク切れなどが発生すれば、その情報は閲覧できず、無視されるであろう。つまり、表象されないことは存在しないことと同じとも言える。謎の一点は、タイムライン・システムに抗するものであり、かつそのシステムの強力さを示す両義的な存在と考えられるのだ。

タイムラインとしての世界が構築された。ここで「現代社会におけるコミュニケーションの不全」という、言い古された結論を述べるつもりはない。ネットの普及でリアルにおける人間関係が希薄になったのか検証することは、私の手にあまる。ここでは平凡であるが、タイムラインによって、従来では知ることのなかった情報が伝達されることを指摘しておこう。

この映画を見ること、そしてSNSを開くことにより、会うこともない、名前も知らない人々の体験を共有することになる。その共有は、劇中時間のように11分、上映時間の81分、または一瞬かもしれない。『イレブン・ミニッツ』は、ストーリーに入り込み「共感」するのではなく、流れ行く断片を「共有」するという、映画の可能性を示したのだ。その可能性を肯定して、現実でも家族や友人との関係とは別の新たなコミュニケーションが登場したとは思えないだろうか。つまり、コミュニケーションは減退したのではなく、むしろ加算されたのだと。

事実、この文章もタイムラインを流れ、ある人は無視し、ある人は閲覧し、束の間の時間を共有するだろう。ディスプレイのドット落ちの一点も含めた画面で見るのかもしれない。タイムライン、それが現代の世界なのだ。

Twitter度:★★★★★
(text:高橋雄太)





『イレブン・ミニッツ』
2015年/81分/ポーランド、アイルランド

作品解説
『アンナと過ごした4日間』『エッセンシャル・キリング』『ザ・シャウト さまよえる幻響』などで知られ、カンヌ、ベルリン、ベネチアの世界3大映画祭で受賞歴のあるポーランドの鬼才イエジー・スコリモフスキ監督が、大都会に暮らす人々の午後5時から午後5時11分までの11分間に起こる様々なドラマをモザイク状に構成した群像劇。女好きの映画監督、嫉妬深い夫、刑務所を出たばかりのホットドッグ屋、強盗をしくじった少年といったいわくありげな人物と、一匹の犬を中心に描かれるサスペンスで、多種多様な視点を駆使した映像や都市空間にあふれる音などによって、人々の悲哀に満ちた人生の陰影を表現。人々のありふれた日常が、わずか11分で変貌していく様を描き出した。

キャスト
映画監督:リチャード・ドーマー
夫:ヴォイチェフ・メツファルドフスキ
妻:パウリナ・ハプコ
ホットドッグ屋の主人:アンジェイ・ヒラ
バイク便の男:ダヴィド・オグロドニク

スタッフ
監督・脚本:イエジー・スコリモフスキ
撮影監督:ミコワイ・ウェブコスキPSC
音楽:パヴェウ・ムィキェティン
編集:アグニェシュカ・グリンスカPSM
劇場情報
ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほかにて全国公開中
11/5~横浜シネマ・ジャック&ベティにて公開

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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好き。ロンドンに行ってプレミアリーグ、トッテナムvsサンダーランドを生で観戦しました。ハイレベルなプレーと盛り上がるサポーターたちを間近で観るという最高の体験をしてきました。


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