2016年10月4日火曜日

【IFFJ2016特集】映画『キ&カ~彼女と彼~』評text佐藤 聖子

©Eros International

「♡3つのケーキ♡」


「ロマンスはゆっくり始まるものさ」
レタスを口に押し込みながら、思わせぶりに彼が言う。
しかし、言葉と裏腹に、彼と彼女は急速に近づいてゆく。

CEOを夢見て働く女性キアと、無職の年下男性カビール。
この映画は、そんな二人の恋愛娯楽作品として充分に楽しめる。キアが夢に向かって進む姿は爽快だし、有能な主夫として立ち回るカビールは愉快で微笑ましい。すれ違いやケンカも、ラブストーリーには欠かせないスパイスだ。

「キッチンは女人禁制」のシーンや、奥様たちとカビールの井戸端会議、機関車が走り回る部屋の内装など、笑いと遊び心にあふれている。
本作ポスター『Ki & Ka』の文字は、キアとカビールのイニシャルを仲良く並べてあるようで可愛らしい。

典型的ともいえる娯楽映画でありながら、この作品は社会的な顔を併せ持つ。
『キ&カ~彼女と彼~』(邦題)は、「彼女」と「彼」の順番が示すように、男女のイニシアティブ、ジェンダーや女性のキャリアデザインなど、恋愛や結婚において避けては通れない側面も描いている。
冒頭のシーン、友人の結婚披露宴でキアは言い放つ。
「親友の葬式なのよ!」

高学歴のカビールが働くことに意味を感じず「専業主婦だった母のようになりたい」と願う背景には、著名な実業家である父親と亡くなった母親の関係がある。
社会での肩書や成功を否定するカビールのセリフは辛辣だ。専業主婦の存在意義にも踏み込んでいる。
一方、父を事故で亡くし母子家庭で育ったキアには、彼女なりの想いがある。

働く女性が増えても彼女たちを支える存在が少ない社会で、働かない男性が認められにくい社会で、キアとカビールは愛する相手を通して様々な価値観に触れ、思いがけない自分の感情に出くわし、世界を広げてゆく。

影となり日向となり二人を支えるのが、同居しているキアの母親だ。キアとカビールが、時に諍いながらも「理想の自分」と「相手を応援し合う対等な関係」を実現させてゆく上で、この魅力的な女性の役割は大きい。
日本では「親との同居が夫婦の問題をややこしくする話」をよく耳にするが、キアの母親は二人を優しくしなやかに支えている。

恋愛映画でもあり、社会的な映画でもあるこの作品。個人的に、もう1つの要素を感じた。
聞きかじった程度のインド思想のイメージだが、主要人物に「トリ・グナ(3つの性質)」が重なって見えた。

野心を抱き出世の妨げになるものを排除して生きるキアはラジャス(活動)的、信念を持ちつつセグウェイでぶらぶらしているカビールはタマス(夢想)的、温和で聡明なキアの母親はサットヴァ(調和)的。
この3性質の均衡が崩れる時、創造が始まるという。
彼女たちの物語も、そこから始まっているように思う。

「3」という数字はこの映画の1つの鍵なのかも知れない。
キアとカビールとお母さん……それぞれの幸せ、キアとカビール二人の幸せ、家族三人にとっての幸せ。その象徴とも思える3つのケーキ。
味わってみて欲しい。
リキュールのきいた、甘くてほんのりビターな大人のマサラムービーだ。

(text:佐藤聖子)



『キ&カ ~彼女と彼~』
原題:Ki & Ka
2016/ インド/ 126分

作品解説
キャリア志向の女性と主夫志望の男性。その結婚が思わぬ展開に! 夫婦の役割を入れ替えたカップルの話だが、大胆でユニークな作品に定評のあるバールキー監督による驚きのひねりが物語を盛り上げる。演技派女優カリーナーと若手注目俳優アルジュンの、ふたりの「カプール」の好演も見逃せない。
飛行機で偶然出会ったキャリア志向の女性キアと「主夫」志望の男性カビール。二人は逆転夫婦として結婚。順調だった結婚生活は、カビールが「カリスマ主夫」として人気になったことから歯車が狂い始める。

キャスト
キア:カリーナー・カプール
カビール:アルジュン・カプール

スタッフ
監督:R.バールキー 

©Indian Film Festival Japan 2016

インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2016(IFFJ2016)
日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。

開催期日/場所
東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田

公式ホームページ
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/schedule.html

©Indian Film Festival Japan 2016

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【執筆者プロフィール】

佐藤聖子 Seiko Sato 

福祉のお仕事を転々として、今は児童福祉施設の非常勤。時給が湿布代で飛んでゆくことに「人生」を感じている。
映画のような夢を見た朝の微睡みが好き。

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