2016年11月25日金曜日

映画『エヴォリューション』ルシール・アザリロヴィック監督インタビューtext長谷部 友子、大久保 渉


Photo by Masataka Miyamoto 

「ことばの映画館」は、フランス映画祭2016のために6月に来日されたルシール・アザリロヴィック監督に11月26日(土)より公開される監督作『エヴォリューション』についてインタビューしました。見終わっても謎ばかりの『エヴォリューション』、監督は何を考えて映画を制作したのか。ぜひインタビュー記事をご覧ください。

*インタビュー内容はネタバレを含みます。






――とても美しい映像の作品でした。世界観も緻密に構築されていて、現実世界とはどのようにリンクしているのでしょうか。それとも全く切り離されたものなのでしょうか。

想像の世界と現実の世界は表裏一体だと思います。私はこの映画をスタジオで撮影したくありませんでした。本当にそこにある島、そこにある村、そういう現実性や具体性がどうしても必要だと思ったのです。想像の世界であっても、実際にある病院で撮影したかったのです。想像の世界と現実の世界というのは、私の中では繋がっているのです。







――水中のシーンにはこだわりがあったと思うのですが、どのように撮影したのでしょうか。カメラマンに対して何かリクエストはしましたか? 

撮影監督とはよく話し合い、私のやりたいことをよく理解してくれて、構図や照明も全面的に信頼していました。撮影場所はカナリア諸島のある島だったのですが、カメラを置くだけで画になるような場所で、ロケ地に助けられたと思います。

予算の都合上、カメラをあまり移動できなかったのですが、それがかえっていい効果を与えているのかもしれません。構図に関しては若松孝二監督や大島渚監督といった日本映画を参考にしたかったので、撮影監督に撮影前に勉強してくださいとお願いしました。

Photo by Masataka Miyamoto 




水中のシーンの撮影は、ダイバーの資格を持ったドキュメンタリーのカメラマンにお願いしました。カナリア諸島の自然に詳しい人で、こういう海藻や岩があるという知識がとても役立ちました。水中での撮影なので、ビデオで確認しながら撮ることができなかったので、私が事前に「こういう画が撮りたい」とスケッチを描いて説明し、海に潜ってもらい、映像をビデオで確認して、また潜ってという繰り返しで、とても大変な作業でした。








ドキュメンタリーのカメラマンの方なので、どうしても生き物のドキュメンタリーっぽくなってしまって。私はそういうものを全然求めていなかったので、「お魚はいいから!」みたいな時もありました(笑)。

お魚はいらないので、もっとこう幻想的な、海の汚れた部分を私は撮りたいのだという意思の疎通が少し難しかったです。最終的にはよく理解してくれて、よい映像が撮れました。







――子どもが主人公の映画ですが、どのように撮影をしたのでしょうか。現場では張りつめていたのか、反対に和気藹々と笑いながら進めたのか撮影時の雰囲気を教えてください。 

子どもっていうのは、とても面白いですね。もちろん笑いはありました。撮影現場は暗く深刻ということは全然なかったです。主人公を演じたマックスくんは、よく笑うとても明るい子で、だからこそ大変だった面もあります。なるべく真剣に、集中して表情を殺して撮影していかなければなりませんでしたから。




Photo by Masataka Miyamoto 

ストーリーは彼らにはどうでもいいみたいで、子どもたちはとにかく撮影に参加することが楽しくてしょうがないようでした。例えば子どもたちは水槽に大変興味を示し、水槽のシーンに出られるということがちょっと特権的のようでした。最後に具合が悪くなって男の子が吐くシーンがありましたが、「早く吐くシーンをやりたい!」と言っていました。子どもたちにとっては、そういう気持ち悪いシーンが逆に楽しいみたいでした。







――少年は成長して大人になるでもなく、女性も妊娠して子どもを出産するでもなく、全く違う生態系のようなものが描かれているように思えました。この映画の中で、変容というものがどういう意味を持っているのか教えてください。

そうですね。映画の最初のイメージについてお話すればわかっていただけると思います。映画の最初のイメージはお腹が痛い少年が病院に運ばれるというものでした。少女ではなく少年をイメージしたのは、少女であれば妊娠して出産するというのは当たり前すぎて面白みに欠ける、少年であればちょっとアブノーマルでより悪夢的な感じになるという直感があったからだと思います。







映画にでてくる少年たちは、大人の男性が不在なので、大きくなったら自分たちがどういう姿になるのかわからないまま成長しなければなりません。大人の女性たちも妊娠して出産することを自分たちではせずに、子どもたちを利用して種の再生のようなことをしていくわけです。まあ確かに不思議な世界だと思います。







――今回の作品を製作されて、ご自身の中で何か変化はありましたか? この作品は監督の人生の中でどのような位置づけになったのでしょうか。

まだ自分の中の変化について、はっきりとは言えません。ただこの映画を撮るのに、予算の関係でとても長い年月がかかっています。予算が限られなかなか実現しないにも関わらず、どうしてそこまで執着したのか自分でも不思議でしたが、見てくれた人たちの反応を聞いて、少しずつ分かってきた段階です。




Photo by Masataka Miyamoto 

自分の子どもの頃の潜在的な不安だとかそういったものを、この映画を撮ることによって、どこかで解消されてカタルシスみたいなことがあったのかなと。すごく個人的な映画だったのだなと思います。そういった解放感は感じています。次回作では、今度は大人を主人公にしてみようと思っています。





2016年11月26日(土)より、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテで公開される『エヴォリューション』。悪夢のような美しい映画を見に劇場へ!




Photo by Masataka Miyamoto 


(text:長谷部友子、大久保渉、photo:宮本匡崇)

© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015


―――――――――――――――――――――――――――――――――――






『エヴォリューション』
原題:Evolution

2015年/フランス/81分

作品解説
『エコール』の監督が贈る、最も美しい“悪夢”。
少年と女性しかいない、人里離れた島に母親と暮らす10歳の二コラ。その島ではすべての少年が奇妙な医療行為の対象となっている。「なにかがおかしい」と異変に気付き始めた二コラは、夜半に出かける母親の後をつける。そこで母親がほかの女性たちと海辺でする「ある行為」を目撃し、秘密を探ろうとしたのが悪夢の始まりだった。“エヴォリューション(進化)”とは何なのか…?ギャスパー・ノエの公私にわたるパートナーであり、森で暮らす少女たちを描いた『エコール』のルシール・アザリロヴィック監督が贈る、最も美しい“悪夢”。映画祭で上映されるや否や「初期クローネンバーグを思わせる!」「ルイス・キャロル、グリム兄弟、アンデルセンの死体を掘り起こした」等大きな反響を巻き起こした。

キャスト
マックス・ブラバン
ロクサーヌ・デュラン
ジュリー=マリー・パルマンティエ

スタッフ
監督:ルシール・アザリロヴィック
配給:アップリンク

公式ホームページ
http://www.uplink.co.jp/evolution/

劇場情報
2016年11月26日(土)より、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテ(モーニング&レイト)ほか全国順次公開



***********************************

【執筆者プロフィール】

長谷部友子 Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。



大久保渉 Wataru Okubo

1984年、座間市生。映画活動中。ライターとして『ことばの映画館』、『映画芸術』、『FILMAGA』、『トランシネマWEB』、その他映画系媒体にて執筆中。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭事務局にアシスタント勤務(2016年4~7月)。インディペンデント映画の宣伝に従事。その他、KAWASAKIしんゆり映画祭、インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン、各種映画祭にて活動中。
Twitterアカウント:@OkuboWataru

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2016年11月24日木曜日

映画『エヴォリューション』評text大久保 渉、長谷部 友子


「波」


諸星大二郎先生の漫画の一編に、美しいものを見たら死ぬ(自殺する)人たちがいた。死ぬほど感動したから。幸せなまま死にたいから。分からないでもない。
ただそうすると、不気味なもの、おぞましいものはなんなのか。恐怖は、人に生を思い起こさせるものなのか。行き場のない暗闇に閉じ込められたとき、光を求めてあてどなく手足を振り回してしまうのは私だけだろうか。

けれども、たとえ陽の光に包まれたとしても、その瞬間、またすぐに不安を感じてしまうことだろう。幸せが失われることへの恐怖が、頭をよぎる。
目に映るものすべては不確かで、曖昧で、なにかを信じることなどできないそうもない。美しさも、おぞましさも、幸せも、恐怖も。そのどれもが疎ましく、しかしそれと同時に、焦がれてしまう。それならばいっそ、感情などなければよいのだろうか。ただその場にじっとしていればいいのだろうか。

『エヴォリューション』。映画が私に問いかける。言い知れぬ不安と心地よさの波が、私の腹の中でうごめく。

(text:大久保渉)




「心地よい恐怖」


映画の基本はホラーとミステリーだと思っている。恐怖と謎解き。恋愛映画はどうなんだと言われそうだけど、恋愛だって恐怖と謎解きに翻弄される行いだ。
その両者がまざまざと、そして圧倒的な映像美で示されたのが『エヴォリューション』だ。少年と女性しかいない島。母と暮らす10歳のニコラは、自身の身体に奇妙な医療行為を施される。なにかがおかしい、その理由を見つけようと夜中に出かける母を尾行した先にあったものは、悪夢のような光景だった。
おどろおどろしさと得体のしれなさの先にあるものを探しながら、何故そうなったのかと考えずにはいられない。これは一体どういうことなのか。しかしいかに論理的に考えてみても、その解はわからず、わからなさとおぞましさに身を委ねるしかない。謎は解かれぬまま、おどろおどろしさはいつしか心地よい恐怖となり、海の中に沈んでいく。

(text:長谷部友子)


© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015
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『エヴォリューション』

原題:Evolution
2015年/フランス/81分

作品解説
『エコール』の監督が贈る、最も美しい“悪夢”。
少年と女性しかいない、人里離れた島に母親と暮らす10歳の二コラ。その島ではすべての少年が奇妙な医療行為の対象となっている。「なにかがおかしい」と異変に気付き始めた二コラは、夜半に出かける母親の後をつける。そこで母親がほかの女性たちと海辺でする「ある行為」を目撃し、秘密を探ろうとしたのが悪夢の始まりだった。“エヴォリューション(進化)”とは何なのか…?ギャスパー・ノエの公私にわたるパートナーであり、森で暮らす少女たちを描いた『エコール』のルシール・アザリロヴィック監督が贈る、最も美しい“悪夢”。映画祭で上映されるや否や「初期クローネンバーグを思わせる!」「ルイス・キャロル、グリム兄弟、アンデルセンの死体を掘り起こした」等大きな反響を巻き起こした。

キャスト
マックス・ブラバン
ロクサーヌ・デュラン
ジュリー=マリー・パルマンティエ

スタッフ
監督:ルシール・アザリロヴィック
配給:アップリンク

公式ホームページ
http://www.uplink.co.jp/evolution/

劇場情報
2016年11月26日(土)より、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテ(モーニング&レイト)ほか全国順次公開

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【執筆者プロフィール】

大久保渉 Wataru Okubo

1984年、座間市生。映画活動中。ライターとして『ことばの映画館』、『映画芸術』、『FILMAGA』、『トランシネマWEB』、その他映画系媒体にて執筆中。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭事務局にアシスタント勤務(2016年4~7月)。インディペンデント映画の宣伝に従事。その他、KAWASAKIしんゆり映画祭、インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン、各種映画祭にて活動中。
Twitterアカウント:@OkuboWataru 


長谷部友子 Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

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2016年11月20日日曜日

文学フリマ出店お知らせ

11月23日に開催される、第二十三回文学フリマ東京に出店します。
今回は、新刊の「ことばの映画館 第4館」と
既刊「ことばの映画館 第3館」を販売いたします。

開催日:2016年11月23日(水祝)
開催時間:11:00~17:00
会場:東京流通センター 第二展示場
アクセス:東京モノレール「流通センター駅」徒歩1分
出店者数約760出店予定
公式サイト:http://bunfree.net/

〔ことばの映画館〕ブース
カテゴリ : 評論|映画
ブース位置 : カ-49 (Fホール ※2F)

※ブース配置図は
http://bunfree.net/?tokyo_bun23
をご覧ください。

文学フリマってなに?

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「文学フリマ」とは文学作品の展示即売会です。
評論家・まんが原作者として知られる大塚英志さんが『群像』誌2002年6月号(講談社)掲載のエッセイ「不良債権としての『文学』」で行った呼びかけを発端として生まれたイベントです。既成の文壇や文芸誌の枠にとらわれず〈文学〉を発表できる「場」を提供すること、作り手や読者が直接コミュニケートできる「場」をつくることを目的とし、プロ・アマといった垣根も取り払って、すべての人が〈文学〉の担い手となることができるイベントとして構想されました。 
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(文学フリマ公式HPより)

文学フリマでは文書だけでなく、オリジナルの雑貨や写真集など
色々なものが販売されているイベントです。
発想、人、経験……そして、会場の熱気。
必ず新しい世界との出会いがあるイベントだと思います。
会場ではフードの販売や、休憩スペースなどもあります。
もしご興味ありましたら、是非行かれてみてください。
そして〔ことばの映画館〕のブースにお立ち寄り頂けたら、嬉しいです。

販売する冊子のご紹介
 
「ことばの映画館 第4館」600円
 特集テーマ:アジア






















目次:
〈特集1〉アピチャッポン
[インタビュー]映画批評家-金子遊先生に聞く-アピチャッポンてなんだ? 
アピチャッポンの「複数」の世界  text高橋雄太
アピチャッポン的追想  text佐藤奈緒子
召還としてのアピチャッポン text長谷部友子

〈特集2〉映画の人
[インタビュー]『ひと夏のファンタジア』主演、岩瀬亮  text常川拓也
[インタビュー]『ペロル』ペマ・ツェテン監督  text常川拓也

〈特集3〉ネオネオ評論大賞入選作
生きている市民ケーン  text高橋雄太

〈寄稿〉
偶然が、つむぐもの/映画『つむぐもの』+アジア映画、徒然文。  text岡村亜紀子
九份の不思議なケーキ  text井河澤智子
インド映画でわたしも考えた/好きな料理店と作品の雑感  text大久保渉
アジアの純「緩」  text今泉健
『祖谷物語-おくのひと』-ヒトコマのつながり  text辻秋之
日本映画の鉱脈  text加賀谷健
予感  text藤野みさき
葛藤を超えてゆこうとすることの、希望  text西田志緒
大地のうた/サタジット・レイ  text奥平詩野
『レイジー・ヘイジー・クレイジー』女性身体の解放と男性性の疎外  text宮本匡崇
「W的悲劇」  text高野ゆかり

〈連載〉
ミナミの小部屋 映画はたばこと共謀する  textミ・ナミ

〈取材〉映画の空間
ファルツァ総曲輪 / 中野 タコシェ/新宿 模索舎 / 渋谷 アップリンク
横浜シネマリン / 池袋 古書往来座/シネマート新宿 / 下高井戸シネマ
神保町 矢口書店 / 三鷹 水中書店

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「ことばの映画館 第3館」500円
 特集テーマ:初恋


目次:
[特別寄稿]きみ、前をあるいてくれないか  text萩野亮 

この秘密を、誰かと共有できたなら  text髙木愛
初恋の君、彼女の半生  text井河澤智子
予告された初恋の記録  text高橋雄太 
初恋remix  text岡村亜紀子
「初恋映画」あれこれ  text大久保渉
初恋とハッピーエンド  text三橋友望子
「初恋」という未知のもの  text梅澤亮介
初恋は、幸せの扉をひらく-『スプラッシュ』  text西田志緒
恋の原風景-『建築学概論』  text荒井南
『Love Letter』-映画という「美」  text辻秋之
『ハルフウェイ』-女子の欲求  text名久井梨香
「シェルブールの雨傘」-恋で死ぬのは映画だけ  text藤野みさき

抑圧がもたらす不幸とその反動としてのイノセンスへの回帰について
或いは私は如何にして劇場へ足を運ぶこととなったか  text宮本匡崇

[平成悪趣味映画放談]第一回 グザヴィエ・ドランについて  text常川拓也

いつか読書する日  text長谷部友子
映画が映画として  text加賀谷健
血の海から  text栗田奈津子
境目の少女  text今泉健
[ミナミの小部屋]第一回 ビデオテープの追憶  textミ・ナミ

苺とチョコレートと私  text佐藤奈緒子
少女に恋をさせよというけれど  text高橋秀弘
一一  text水野友美子
「追憶」  text小川学
ひとりきりの映画館  text佐藤聖子
告白的女優散文  text神原健太朗
『あこがれ』  text奥平詩野
人生を特別なものにする「初めて恋した映画」  text横田美穂子


2016年11月6日日曜日

第17回東京フィルメックス《ラインナップ発表》text 井河澤 智子

今年もやってきました、いよいよ東京フィルメックスのシーズンです!

17回目を迎えました東京フィルメックス。
毎年、目から鱗が落ちるような映画体験を味わうことができる映画祭です。
今年はどんなラインナップなのでしょう?

誠実で、切実で、美しき作品は、いつまでも生き続けます。
どうしても見ていただきたい素晴らしい映画、クラシックも合わせて22本を上映いたします。

驚きの連続にご期待ください。
作家たちの心を覗いていくと、世界がつながります。

  東京フィルメックス ディレクター       林 加奈子
  東京フィルメックス プログラム・ディレクター 市山 尚三

・コンペティション部門
コンペ作品は10作品。どれも「どうしても」という切実な気持ちが伝わってくる作品ばかりです。
そのうち6本が、監督の長編デビュー作。未来の巨匠が、ここにいるかもしれません。

『オリーブの山』★長編監督デビュー作
Mountain / イスラエル、デンマーク / 2015 / 83分 / 監督:ヤエレ・カヤム
厳格なユダヤ教徒の家庭で慎ましい生活を送ってきた主婦が、ある日別の世界を知ってしまう。
彼女が迫られる選択とは?

『バーニング・バード』
Burning Birds / フランス、スリランカ / 2016 / 84分 / 監督:サンジーワ・プシュバクマーラ
これも主婦の話。とてもまっすぐでシンプルな話。
内戦中のスリランカ。8人もの子を持つ平凡な主婦が、夫を民兵に殺害される。
自らも内戦を経験した監督が、暴力や女性蔑視への怒りをストレートに表現した力作。

『普通の家族』
Ordinary People / フィリピン / 2016 / 107分 / 監督:エドゥアルド・ロイ・Jr
マニラの街頭で、スリで生計を立てる、16歳と17歳のストリートチルドレンの物語。
是枝裕和監督『誰も知らない』を想起させる作品だということです。
ヴェネチア映画祭「ヴェニス・デイズ」部門で観客賞受賞。

『マンダレーへの道』
The Road to Mandalay / 台湾、ミャンマー、フランス、ドイツ / 2016 / 108分 / 監督:ミディ・ジー
ミャンマーからタイへ違法越境する途中で知り合ったふたり。しかし彼らの仕事先にも警察の捜査の手が及び……
ミャンマー出身で、現在は台湾をベースに活動するミディ・ジー監督作。
今年のヴェネチア映画祭「ヴェニス・デイズ」部門にて上映された。

『神水の中のナイフ』★長編監督デビュー作
Knife in the Clear Water / 中国 / 2016 / 93分 / 監督:ワン・シュエボー
昨年の東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した『タルロ』のプロデューサー、ワン・シュエボーの監督デビュー作。
イスラム教を信仰する回族の人々の日常。
画面の作り方が非常に美しく、素朴で、静かで、心にしっかりしみてきます
言うまでもありませんが、「水の中のナイフ」ではありませんのでご注意を(笑)。

『よみがえりの樹』★長編監督デビュー作
Life After Life / 枝繁葉茂 / 中国 / 2016 / 80分 / 監督:チャン・ハンイ
中国の村の伝説を描いた、一種の幽霊譚。監督は、「3年間かけて作りました」とおっしゃっていたそうです。
どう見てもお金がかかっているようには見えないのに(林ディレクター談)、ゴージャスで濃密な映画的体験を味わえる作品。
ジャ・ジャンクーが若手監督作品をプロデュースする「添翼計画」最新作。

『恋物語』★長編監督デビュー作
Our Love Story / 韓国 / 2015 / 99分 / 監督:イ・ヒョンジュ
女性同士の間に展開されるラブ・ストーリー。
監督はこの題材で撮らないと先に進めなかったのだろうなぁ、という切迫感が感じられます。
サン・セバスチャン映画祭にて上映。

『私たち』★長編監督デビュー作
The World of Us / 韓国 / 2015 / 95分 / 監督:ユン・ガウン
学校で仲間外れにされがちなスン。夏休みに引っ越してきた少女ジア。
小学校高学年の少女たちの物語。子供たちの物語ではあるが、大人が観て唸る映画。

『ぼくらの亡命』
Our Escape / 日本 / 2016 / 115分 / 監督:内田伸輝
フィルメックスにゆかりの深い内田伸輝監督の最新作。
森の中で暮らす男は、美人局をさせられている女性と出会い、彼女をその境遇から助け出すため誘拐する。
「他者」への依存、「自立」とはどういうものなのか、ということを監督なりに考え抜いた作品。

『仁光の受難』★長編監督デビュー作
Suffering of Ninko / 日本 / 2016 / 70分 / 監督:庭月野議啓
異様に女性にモテるお坊さんの悩み。
自主映画で時代劇を撮るのはお金がかかるので大変だったろう、が、しかし、絵作りの技、撮影のこだわりが光る一品。

・特別招待作品
10本の作品が選ばれました。新作5本、クラシック5本です。

『THE NET 網に囚われた男』
The Net / 韓国 / 2016 / 114分 / 監督:キム・ギドク
オープニング作品。
フィルメックスでおなじみキム・ギドク監督最新作。ヴェネチア映画祭でワールドプレミア上映された。
ある事故により、国境線を超えてしまい、韓国警察に捕まってしまった北朝鮮の漁師。体制に翻弄される男の姿。
これまでのキム・ギドク作品と少し風味が異なり、がっちりとしたストーリー性を感じさせる作品。

『大樹は風を招く』
Trivisa / 香港 / 2016 / 97分 / 監督:フランク・ホイ、ジェヴォンズ・アウ、ヴィッキー・ウォン
クロージング作品。
中国返還前夜の香港。暗黒街に広まった噂で運命が一変していくギャングの人生。
実在した3人の人物にヒントを得た作品。
ジョニー・トー主宰「鮮浪潮短編映画祭」の受賞者3名を起用し、3名それぞれにパートを任せながら、編集段階で1本の作品に仕上げた、という作り方がされている。

『山<モンテ>』
Monte / イタリア、フランス、アメリカ / 2016 / 105分 / 監督:アミール・ナデリ
アミール・ナデリ監督がイタリアで撮影した作品。
あまり前情報を入れずに観て欲しい、という1本です。
ナデリらしい、何かに取り憑かれたような行動を続ける人物を描いた作品。

『エグジール』
Exile / フランス、カンボジア / 2016 / 78分 / 監督:リティ・パン
前作『消えた画』に引き続き、クメール・ルージュ時代のカンボジアを扱った、リティ・パン監督の新作。 『消えた画 クメール・ルージュの真実』 を別のアプローチで撮った作品とも言える。
カンヌ映画祭でワールド・プレミアを飾った。

『苦い銭』
Bitter Money / 香港、フランス / 2016 / 152分 / 監督:ワン・ビン
ワン・ビン監督の新作。ここ数作、雲南省を舞台に撮影してきた監督だが、今回は、故郷・雲南省を出て、紡績工場で働く少女を中心とした群像劇。ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門脚本賞受賞。

・特別招待作品 フィルメックス・クラシック

『ザーヤンデルードの夜』
The Nights of Zayandehrood / イラン / 2016 / 63分 / 監督:モフセン・マフマルバフ
『独裁者と小さな孫』のモフセン・マフマルバフ監督作品。1990年に製作されたが、検閲により、永らくイラン国内外を問わず見ることが叶わなかった幻の作品。ネガがロンドンで復元され、ヴェネチア国際映画祭で公開された。

『タイペイ・ストーリー』
Taipei Story / 台湾 / 1985 / 110分 / 監督:エドワード・ヤン
台湾ニューシネマの記念碑的な作品。エドワード・ヤン長編第1作、製作・脚本・主演はホウ・シャオシェン。今年ボローニャ市立シネマテークにてデジタル復元された。

『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿 デジタル修復版』
Dragon Inn / 台湾 / 1967 / 111分 / 監督:キン・フー
キン・フー長編第3作目。製作当時アジア各地で大ヒットを記録し、カンフー映画ブームを起こす原点となった傑作武侠映画。
(筆者としては、ツァイ・ミンリャン監督『楽日』の劇中劇のアノ映画かな、とあれこれ調べてみたのですが、確証得られず。これは自分の目で確認するしかないですね!)

『俠女 デジタル修復版』
A Touch of Zen / 台湾 / 1971 / 180分 / 監督:キン・フー
カンヌ映画祭で高等技術委員会グランプリを受賞したアジア・アクション映画の金字塔。
(会見では、ホウ・シャオシェン監督『黒衣の刺客』との関係について触れられていましたが、英語タイトルを見ると……ジャ・ジャンクー監督『罪の手ざわり』(英題: A Touch of Sin)
にも影響を与えていそうですね!フィルメックスで取り上げられるべくして取り上げられた作品ではないでしょうか。)

『ざ・鬼太鼓座』デジタルリマスター
The Ondekoza / 日本 / 1981 / 105分 / 監督:加藤泰
和太鼓の芸能集団「鬼太鼓座」の活動を追った傑作ドキュメンタリー。
生誕100年を迎えた巨匠・加藤泰の遺作。
諸般の事情により一般公開されることはなかったが、本年度ヴェネチア映画祭クラシック部門でワールド・プレミアを飾った。

・特集上映 イスラエル映画の現在

『山のかなたに』
Beyond the Mountains and Hills / イスラエル、ベルギー、ドイツ / 2016 / 90分 / 監督:エラン・コリリン
『迷子の警察音楽隊』のエラン・コリリン監督作。善意のもとに暮らす家族の日常の中に、イスラエルが抱える矛盾を描く。

『ティクン〜世界の修復』
Tikkun / イスラエル / 2015 / 120分 / 監督:アヴィシャイ・シヴァン
ロカルノ映画祭審査員特別賞受賞。昏睡状態に陥ったユダヤ教神学校生が意識を取り戻した時、彼の人格は変わってしまっていた。
「ツァイ・ミンリャンにも匹敵するような」強烈なイメージで描かれる、アヴィシャイ・シヴァン監督の2作目。

上映作品22本すべてご紹介いたしました。
正直、濃密すぎるラインナップだと思いました。圧倒されます。
林加奈子ディレクターは、
「それぞれの監督の考えで作った映画だが、全体を通してみると繋がりが見えてくるかもしれない。」と語ります。
それぞれの監督がそれぞれの意図で作った映画が、有機的なつながりを持って立ち上がってくる。
映画祭とは、現在の「世界」を垣間見せてくれる場所なのかもしれません。

今年も素晴らしい映画との出会いがありそうです。

(text:井河澤智子)

第17回東京フィルメックス

公式サイト
http://filmex.net/2016/

開催情報
2016年11月19日(土)〜2016年11月27日(日)

開催会場
有楽町朝日ホール
TOHOシネマズ 日劇 

上映作品一覧
・東京フィルメックス コンペティション 
http://filmex.net/2016/program/competition
・特別招待作品
http://filmex.net/2016/program/specialscreenings
・特集上映 イスラエル映画の現在
http://filmex.net/2016/program/sp1

上映スケジュール
http://filmex.net/2016/schedule

チケット情報
http://filmex.net/2016/ticket
11月3日より発売開始!
今年からチケット発売方法が変わりました!
詳細は上記公式サイトをご覧ください。

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【執筆者プロフィール】

井河澤 智子 Ikazawa Tomoko

本当に毎年映画祭のシーズンが楽しみで仕方がありません。
毎年やくたいもない文章を書いておりますが、
「またこいつか」程度に読み流していただければ……と思います。

さて。
毎年、東京フィルメックスでは「くぅぅもういちど観たぁぁい!」という作品があらわれますが
昨年の「ふわぁぁぁ」な1本に、チャン・ツォーチ監督『酔・生夢死』をあげたいと思います。
最終日、日曜の夜、最後の上映なんで観ておくか、程度の気持ちで観て、
まんまとノックアウトされました。ふわぁぁぁ!

ああ、またどこかで上映されないかなー。
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2016年11月5日土曜日

映画『ぽんぽこマウンテン』text高橋 雄太

「流れ行く時間」





私たちは絶え間なく流れる時間の中で生きている。映画『ぽんぽこマウンテン』を見ていると、そんな当たり前のことに気づかされる。

モノクロームの画面の中、白い山型のトランポリン・ぽんぽこマウンテンの上で子供たちが飛び跳ねている。足が表面に着いた瞬間、再び足は離れ、子供たちは宙に舞う。下降と上昇が入れ替わるこの一瞬は、あっという間に過ぎ去ってしまう。ぽんぽこマウンテンの頂上。そこは左下がりの斜面と右下がりの斜面が入れ替わる一点である。ボールを置けば、山を転がり落ちてしまうだろう。山肌や山頂に達するのは、ほんの一瞬の出来事にすぎないのだ。

作品中にいくつも登場する脱ぎ捨てられた靴や笑顔の子供たちの静止画は、捉えられた瞬間とも思える。だが、その前後には何も起きない。下降も上昇もない、凍った時間だ。連続する静止画が動画に見えるように、瞬間が続くことで時は流れ出す。

モノクロームの画面は過去になっていく。作品中での子供たちが、小学生以下専用と書かれたぽんぽこマウンテンで遊べなくなる日もやって来る。それが時間の中に生きることである。

(text:高橋雄太)




   映画『ぽんぽこマウンテン』
2016 年/10 分/HD/16:9/白黒

撮影・編集:吉田孝行


作品概要 
「ぽんぽこマウンテン」とは、日本のとある公園に設置されている白い色のエア遊具のことである。雪山のようなトランポリンであり、その上で子ども達は、ぽんぽこ飛び跳ねて遊 んでいる。本作は、曲線のあるユニークな風景の中で、無邪気に遊んでいる子ども達の 姿を、動画と静止画の組み合わせによって表現したモノクロの映像作品である。作品の冒頭に引用される「子供心を失った者は、もはや芸術家とはいえない」という彫刻家コンスタンチン・ブランクーシの言葉に着想を得て制作された。

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国内上映情報


・日本セルビア映画祭2016に選出決定。11月12日(土)13時30分開始のAブロックにて上映決定。

会場:東京おかっぱちゃんハウス(西武新宿線・上石神井駅)http://www.jsff.jp/cont9/22.html




海外上映情報


・国際ヴィデオアート祭「Now&After 2016」
(10月22日〜11月29日、モスクワ、ロシア)
世界63ヵ国約800本の応募作品の中から、コンペ部門28本の1本に選出。毎日展示上映中。なお、毎日一人ずつ作家を紹介する「VIDEO NOW」という特別コーナーで、11月5日(土)に吉田孝行作品が取り上げられる予定。http://bit.ly/2fsyVWq

・三匹の小さなオオカミ映画祭(国際こども映画祭)
(11月3日〜6日、リュブリャナ、スロベニア)
11月4日(金)18時00分からのプログラム「DOCUCHILD」で上映。
http://bit.ly/2eHWczU

・サラミンダナオ・アジア映画祭(国際アジア映画祭)
(11月7日~11月13日、ジェネラルサントス、フィリピン)
短編部門に選出。上映日程未定。
http://salamindanaw.org/

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【監督プロフィール】


吉田孝行:Takayuki Yoshida

1972 年北海道生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。会社勤めをしていた35歳の時に映画に目覚め、在職のままNPO 法人映画美学校に通い、様々な映像作品の制作に携わる。東京フィルメックス2014でアジアの映画人材育成事業「タレンツ・トーキョー」のコーディネーターを担当。日本で唯一のドキュメンタリー専門誌「neoneo」編集委員。



共著に『クリス・マルケル―遊動と闘争のシネアスト』、『アメリカン・アヴァンガルド・ムーヴィ』(近刊)など。

最新の映像作品『ぽんぽこマウンテン』が、世界10ヵ国以上の国際フェスティバルに選出 されている。

(以下、主な国際フェスティバルの選出実績)

・New Media Arts Festival Madrid (IVAHM) 2016(国際ヴィデオアート祭) (2016 年 5 月 5 日〜5 月 15 日、マドリード、スペイン)

・Facade Video Festival 2016(国際ヴィデオアート祭) (2016 年 9 月 8 日〜9 月 10 日、プロヴディフ、ブルガリア)

・Eye on Film - International Film Festival for Children and Youth(国際こども映画祭) (2016 年 9 月 30 日~10 月 4 日、リュブリャナ他全 10 都市、スロベニア)

・International Video Art Festival Now&After 2016(国際ヴィデオアート祭) (2016 年 10 月 22 日〜11 月 29 日、モスクワ、ロシア)

・Video Art Project "Larga Vida a la Nueva Carne (LVNC)"(国際ヴィデオアート展) (2016 年 10 月 26 日〜10 月 29 日、ブエノスアイレス、アルゼンチン)

・SalaMindanaw Asian Film Festival(国際アジア映画祭)
(2016 年 11 月 7 日~11 月 13 日、ジェネラルサントス、フィリピン)

【Facebook】https://www.facebook.com/yoshidafilms(日本語) 
【Twitter】https://twitter.com/yoshidafilms(日本語)

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吉田孝行監督・執筆情報

論考「不在の人物とその表象ージェームス・ベニング『ステンプル・パス』」が『アメリカン・アヴァンガルド・ムーヴィ』(西村智弘・金子遊=編森話社)に収録。
執筆者=越後谷卓司、金子遊、太田曜、西村智弘、ジュリアン・ロス、阪本裕文、平倉圭、吉田孝行、西川智也、岡田秀則。

11月中旬発売予定。

11/22(火)にアップリンクで刊行記念イベント第一弾開催。
http://www.uplink.co.jp/event/2016/46531

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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員にして『ことばの映画館』のライター。シネマ・キャンプ批評・ライター講座第二期受講生。

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2016年11月2日水曜日

第29回東京国際映画祭〜映画『あなた自身とあなたのこと』評text岡村 亜紀子

「初めての意味」


「こんなこと初めて」。
映画のヒロインを演じるイ・ユヨンがそう、つぶやく。初めてのこと、それは新鮮であると共に、未知数ゆえ、少し怖いことなのかも知れない。しかし、それにある言葉が加わると“初めて”はきらめく。
「こんなこと“今までで”初めて」。
きらめいているのはヒロインの感動だ。しかし、この“初めて”と“今までに”について、もう少し考えてみる余地がありそうなのが、ホン・サンス監督の最新作『あなた自身とあなたのこと』なのである。その理由に触れるために、まずはヒロインとその周囲の男たちについて触れる必要がある。

 舞台はソウル・延南洞(ヨンナムドン)。田舎でもなく、オフィス街でもなく、そこはかとなく文化の香りが漂う街が映し出される(延南洞はアパートの多いソウルの風景とは違ってこじんまりとした一軒家の多い住宅街である。そして最近観光地として注目されているらしい)。
 冒頭のアトリエのシーンでは、ほとんどシャドウのない、淡いクリーム色を基調としたコンテクストに、鮮やかな絵筆などの色彩が配されている。そんなスクリーンに映される画自体が、点描で描かれた絵画のようでもある。ヨンス(キム・ジュヒョク)とその友人の服装はコンテクストに基調を同じくして、まるでその一部のように人物すら殆どとけこんでいる。

 ヨンスが恋人(イ・ユヨン)との結婚の可能性を語ると、友人は驚く。2人が結婚するのは想像できない、彼女はヨンスとの約束を破り隠れて酒を飲んでいる、というのだ。ヨンスは彼女――ミンジョン――に直接聞くという。
 この物語ではいくつかの偶然が、きっかけになって進んでいく。しかしその偶然は人々の人生に日々起こることであり、代替え可能なもの――例えその偶然が起きなくても、他の出来事を通していつしか同じ方向へ進んでいく――として散りばめられている。
 ヒロインを中心に起こっていく、偶然のようでいて起こるべくして起きた出来事の一部だけでなく、他者にも偶然が起きていく。後者は物語の歯車になりながらもいかにも偶然らしい偶然として、ときに笑いを誘ったりしながら、観客に受け入れられる。延南洞の町並みや、冒頭から続いていく人物と風景とのバランスが、少しファンタスティックな本作にとても似合っている。

 カフェで「ミンジョン!」と親しげに声をかけられたヒロインは「人違いではないか?」と言いつつも、相手の男との会話を続ける。そしてミンジョンと自分は一卵性双生児だと告白して、男と別れる。
 シーンはヨンスの部屋に変わり、ミンジョンはTシャツ姿でヨンスの眠るベッドにもぐり込む。しかし、ヨンスと酒のことから口論となって「しばらく距離を置こう。連絡もしないで」というミンジョン。彼女が帰宅するために着替えたのは、あの「ミンジョンと自分は双子だ」といった女性が着ていた服装と同じなのである。
 またある時、彼女は同じカフェで別の男に声をかけられる。しかし、一度目と同じく、人違いだと困惑しながらも男と会話を続ける。今度は双子とは言わず、自分について話しながら。 

(c) 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

 男たちはこぞって彼女を美しいと讃え、彼女も「私って男好きのするタイプみたいなの」と言う。ミンジョンではないという時のイ・ユヨンは好感を持っていることをしぐさに交えてアピールする。その男たちのツボを押すような立ち振るまいに、ミンジョンとの微妙な違いを感じて色々と想像(妄想)をめぐらせてしまった。彼女の行動はアルコールのせいとか、精神障がいのような病気や多重人格なのだろうかと。
 最も簡単なミンジョンが嘘をついているという解答は、半ば意識的に思考回路でかわされ続けていく。それは全てに当てはまるとも取れるし、反対に(特に本作において)定義することが曖昧な事柄だからだ。
 利己性、他者性、利便性……嘘にもいろいろなタイプがあるがだれかは嘘によって利益(?)を得ているはずだ。それに対し、イ・ユヨン演じるヒロインのそれは、嘘というにはあまりにも捨て身なのである。そもそも嘘を定義することは、とてもむつかしいのであるまいか。事実と違っていてもそれを本当だと思っていたら? 自分の内側にある真実を素直に表に出せないときは? それは、嘘ということばでは言い表せない事柄に思われる。 
 
 ミンジョンに間違われた(とする)時の彼女ヒロインは名乗らないので、彼女を「私」と呼ぶことにする。イ・ユヨンが演じているヒロインの本当の姿はミンジョンなのか「私」なのか。それに依って物語の意味さえ変化するだろう。そしてヒロインの色々な姿を見聞きしなながらも、それぞれに現れる彼女の断片は結ばれることのないまま物語は続いていく。
 一方、ヨンスの心情はミンジョンや「私」と違ってダイレクトに示されている。彼のミンジョンに対する感情の揺れは、妄想に形を変えたり、友人たちへの告白だったり(そのシーンの居酒屋の風情は、おしゃれではないけれど韓国らしくて素敵だった)、酒場で出会う女性との会話だったりに表されている。
 反対に、ミンジョンや「私」の感情を、観客は殆ど目にしない。わたしが見たのは、演技や無意識に抑制されコントロールされたそれであって、彼女の他者への気持ちから生まれたものではなく、誰かのために用意されているかに思える。それを嘘や本物という視座で見ることはしないまでも、少なくとも彼女自身には見えないのである。

 そんな感情のバランスが崩れるクライマックスがやってくるのは、「私」にカフェで出会った2人の男が鉢合わせするシーンだ。一瞬の泣き出しそうな表情、そして泣き声の響く路地裏、という短い瞬間にふと彼女自身が現れる。
 そして彼女が「 “今までで”で初めて」と言って目を潤ませるとき。感じる感動は、ヒロインの感動であり彼女が表した感情からわたしの内部に生まれたものである。何を指して、そして誰として、彼女は“今まで”と言って(感じて)いるのだろう。複雑なヒロインが感じた「今までで」×「初めて」は何を意味するのだろうか。経験と感情が合わさって生まれたであろうこのセリフが不思議な余韻をもたらし、そのセリフに感じた光を強く印象づけるのである。

 さて、そんなわたしにも、本作を観たときに「初めて」が起きた。
 この作品を楽しみにしていたミ・ナミさんが偶然に隣の席だったのである。本作は3回上映されるので、もしかしたら今日いるのかな? くらいに思っていたけれど、こんな偶然があるなんて。彼女は、この偶然がホン・サンス作品を観る前に起きたことが、また凄いと言っていた。それは、いうなればしっくりとくる偶然である。
 そして『あなた自信とあなたのこと』終盤のイ・ユヨンの「“今まで”で初めて」というセリフは、本作の中において、そしてきっと“今までの”彼女の人生において、幾人も存在した彼女の姿をひとりの女性として届けてくれる。そして、鑑賞時に起きた偶然とは趣が違うけれど、「今までで」×「初めて」の組み合わせがこんなにしっくりと感じられるのは本作だけかも知れないとわたしに思わせるのである。

イ・ユヨンの魅力にノックダウン度:★★★★★
(text:岡村亜紀子)


(c) 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

『あなた自身とあなたのこと』
原題: 당신 자신과 당신의 것、英題:Yourself and Yours
2016年/韓国/86分

作品解説
舞台はソウル・延南洞(ヨンナムドン)。ある日、画家ヨンス(キム・ジュヒョク)は恋人のミンジョンと痴話喧嘩する。ミンジョン(イ・ユヨン)は去り、翌日ヨンスは彼女を探すがなかなか見つからない。そして彼女そっくりの女性を目撃するが、まるで赤の他人のようで……。ヨンスの頭は混乱していく……。芸術家(くずれ)の男の恋愛話という点では従来のホン・サンス作品と共通するが、本作は不条理なファンタジーの要素が加わっている。

キャスト
ヨンス:キム・ジュヒョク
ミンジョン:イ・ユヨン

スタッフ
監督/脚本 : ホン・サンス
撮影監督 : パク・ホンヨル
編集 : ハム・ソンウォン
音響 : キム・ミル
作曲 : ダルパラン

作品ホームページ
(東京国際映画祭・公式ホームページより)

第29回 東京国際映画祭

29回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)。

注目の集まる、若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」。国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。
アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」。本年は日本映画2大特集として、アニメーション特集 「映画監督 細田守の世界」 、Japan Now 部門 「監督特集 岩井俊二」が行われる。
さらに、海外の有名映画祭での受賞作や、名匠・巨匠の新作、あるいはTIFF おなじみの監督の新作で、8月31日現在で日本公開が未定の作品をピックアップする「ワールド・フォーカス」など始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。

本年は新たな試みとして「ユース」部門と野外上映が行われる。「ユース」部門は「TIFF チルドレン」、「TIFF ティーンズ」の二部構成に分かれており、これからの映画を担う若い人に向けて創設された部門であり、本年は3作品が上映される。海外の映画祭で多くの観客が参加して映画を楽しんでいることに習って企画されたという野外上映では、六本木ヒルズアリーナにて無料の上映が行われる。

また、アジア映画の特集上映を行う「CROSSCUT ASIA」(クロ スカット・アジア)では、本年は究極の多様性を内包する国ともいわれる「インドネシア」を大特集する。
その他、国際交流基金アジアセンターとの共同製作による、東京国際映画祭が初めてオムニバス映画製作を手がけた記念すべき第一作、『アジア三面鏡 2016:リフレクションズ』が上映されることにも注目が集まる(ブリランテ・メンドーサ監督 「SHINIUMA Dead Horse」、行定 勲監督 「鳩 Pigeon」、ソト・クォーリーカー監督 「Beyond The Bridge」)。

国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報
2016年10月25日(火)~ 11月3日(木・祝)[10日間]

上映作品一覧

上映スケジュール

開催会場
六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホール
会場アクセス☞ http://2016.tiff-jp.net/ja/access/

公式ホームページ


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【執筆者プロフィール】

岡村 亜紀子:Akiko Okamura

1980年生まれの、レンタル店店員。勤務時間は主に深夜。
ホン・サンス作品をスクリーンで初めて見ることが出来、幸せでした。

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