2016年12月10日土曜日

映画『幸せなひとりぼっち』評textミ・ナミ

「幸せな人生のしまい方」


主人公のオーヴェはいつも不機嫌である。頼まれもしない町内の見回りに毎日躍起となって、規則を守らない住人を追いかけ回しては小言ばかりだ。最近はホームセンターのレジ係を説教して、周囲の反感を買っていた。妻のソーニャは半年前に亡くなり、ある日、長年勤めた鉄道局からもとうとう解雇される。オーヴェは意外と小心なので、悲観のあまり思わず首を吊ろうとしたその瞬間、新しく隣へ越してきた家族の騒々しさに、飛び出して行って怒鳴り散らす。以来、イラン移民の女性で快活な妊婦パルヴァネは何かとオーヴェを頼り、ペルシャ料理を振る舞う。彼女のちょっぴりドジな夫、二人の娘もフレンドリーに接する。オーヴェの気持ちはその後も死へと傾き、そのたび周りの騒々しさに邪魔される(しまいにネコまで転がり込む!)が、次第に凍った心には灯がともっていく。ある時、オーヴェはパルヴァネに、自分のこれまでの人生を打ち明ける。幼い頃の母の死。寡黙だが愛情深い父の思い出。人生の信条が決まった青年時代。最愛の妻ソーニャとのまぶしい日々。そして、夫婦の運命を大きく変えたあの日のことーー。

©Tre Vänner Produktion AB. All rights reserved.


オーヴェの自殺未遂だけでなく、かつて町長選や自家用車の車種をめぐって小競り合いを繰り広げた友人ルネは、今や難病で笑うことすら困難であるなど、この映画には影の部分も多い。だがたとえばオーヴェの自殺は、習い性の癇癪でいつも失敗に終わるなどギリギリなコメディになっていて、悲壮な印象はなく思わず吹き出してしまう。このあたりのさじ加減に、多くのコメディ映画の脚本と演出をつとめてきたというハンネス・ホルム監督の手腕が大いに発揮されているのだろう。

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パルヴァネはオーヴェに頼み込み、自動車の運転を習得しようと奮闘するが、公道での練習の際に軽いパニックを起こしてしまう。オーヴェはそこで、こんな風に言って聞かせる。あなたは多くの困難と苦労を乗り越えて、さらに車の運転まで覚えようとしている。自信を持ちなさい、と。融通が利かないオーヴェだが、周囲に流されて「規範」からはみでることを嫌う性分なだけなのだ。彼のパルヴァネへの叱咤は、表面的に優しい言葉よりもずっと暖かい。そもそもこの映画そのものが、不寛容とは無縁の世界のありようを指し示している。劇中人物たちが宗教や性別、民族やセクシャリティ(性的指向)の隔てを越え、自分とは異なる存在を理解し合い、連帯する姿が描かれている本作は、誰かへの不寛容さばかりが充満した現代諸相への、ささやかだがずしりと重たいカウンターパンチのようだ。

スウェーデンの伝統的国産車サーブのエンジンを眺めながら、オーヴェの父は「車が動くというのは、そう簡単な仕組みではない」と息子に語りかけた。本作に沿って言い換えるなら、「人間が生きるというのは、そう簡単な仕組みではない」。その「生きる」というのは、ただ人間の心臓が動き、呼吸するというフィジカルな意味だけでないように感じる。命ある者の行き着く先が必ず死であるならば、それを悲しむべきものとしてではなく、過ぎ去った生の時間を喜びながら終わっていくのが、幸福というのだろう。過去の怒りと悲しみに沈みきったまま死を迎えようとしたオーヴェを、幾度となく「生かした」、さしのべられた手。それはきっと、パルヴァネのものだけではなかったはずだ。

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頑固オヤジの愛され度:★★★★★
(text:ミ・ナミ)



『幸せなひとりぼっち』

2015年/スウェーデン/カラー/DCP5.1ch/シネマスコープ/116分/
原題:EN MAN SOM HETER OVE
スウェーデン語・ペルシア語/字幕翻訳:柏野文映/後援:スウェーデン大使館

作品解説
スウェーデン映画史上記録的大ヒット!国民の5人に1人が観た国民的映画

「人は一人で生きられるのか」を問う感涙必至のヒューマンドラマ

2015年のクリスマスにスウェーデンで封切られると、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015)を抑え、興行成績1位にランクイン。その後、公開5ヶ月を越える大ロングランになっただけではなく、世界17ヶ国での公開も決定し、ドイツやノルウェー、韓国でもヒットを飛ばしている。そんな本作の主人公は、頑固な老年男・オーヴェ。いつも不機嫌で人付き合いの苦手な彼が、隣人一家と交流する姿を通して、「人は一人で生きられるのか」「人生とは何か」を問うヒューマンドラマ。自らの正義を貫く彼だからこそ迎えられた幸せな結末は、多くの観客の胸を打ち、スウェーデンのアカデミー賞と言われるゴールデン・ビートル賞で主演男優賞と観客賞をダブル受賞!北欧発の感動作がいよいよ日本に上陸。

キャスト

オーヴェ:ロルフ・ラスゴード
オーヴェ(青年時代):フィリップ・バーグ
ソーニャ:イーダ・エングヴォル
パルヴァネ:バハー・パール

スタッフ
脚本/監督:ハンネス・ホルム  
原作:フレドリック・バックマン  
撮影:ゴラン・ハルベルグ
編集:フレドリック・モルヘデン  
音楽:ガウト・ストラース  
製作:アニカ・ベランデル
配給・宣伝:アンプラグド

劇場情報
2016年12月17日(土) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

公式ホームページ
http://hitori-movie.com/

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【執筆者プロフィール】

ミ・ナミ:MI nami

架空の居酒屋「ミナミの小部屋」店主にして映画記者、もしくは映画館映写係。
「韓国映画で学ぶ社会と歴史」(2015年、キネマ旬報社)に寄稿。
韓国映画の情報サイト「シネマコリア」でも定期的に執筆中。@33mi99http://twitter.com/@33mi99


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