2017年7月16日日曜日

「フランス映画祭2017 『エル ELLE』上映後トークイベント」text藤野 みさき

※一部、作品の結末に触れている箇所があります。

©Rumi Shirahata/UniFrance

 本年度の仏映画祭のなかでも、最も注目を集めた映画『エル ELLE』。フィリップ・ディジャンの原作「エル ELLE」をもとに、この映画は『ブラックブック』以来、実に10年ぶりのポール・ヴァーホーヴェン監督の長編作品となった。主演を務めたのは、まさに「現代のグレタ・ガルボ」と呼ぶにふさわしいフランスの名女優、イザベル・ユペール。上映後の場内の熱気が冷めやまないなか、盛大な拍手と歓待とともに、ポール・ヴァーホーヴェン監督、イザベル・ユペールを壇上に迎えた。司会は東京国際映画祭プログラミング・ディレクターである矢田部吉彦さん。限られた短い時間のなか、矢田部さんのテキパキとした司会進行のもとで質疑応答が始まり、主人公ミシェルの内側の世界から彼女の役づくりに至るまでを語った。ここでは、その質疑応答の様子の全文を記す。

(2017年6月23日(金)有楽町朝日ホールにて 取材・構成・文:藤野 みさき)

* * *

矢田部吉彦さん(以下矢田部):ポール・ヴァーホーヴェン監督、そしてイザベル・ユペールさん。この見たこともないような本当に素晴らしい作品を東京に届けてくださってありがとうございます。まず、お二人から一言ずつ、会場の皆様にお言葉を頂戴できますでしょうか?

ポール・ヴァーホーヴェン監督(以下PV):HI! こんにちは。このような形でまた東京に戻って来られましたことを大変嬉しく思っております。今回は5回目の来日になるのですが、毎回映画のプロモーションでした。しかし、今回は特別な作品をもっての来日となります。なぜか。それは、隣にいらっしゃる方のおかげです。

矢田部:ありがとうございます。では、続いてユペールさん、お願いいたします。

イザベル・ユペールさん(以下IH):(日本語で)コンニチワ! こんにちは。この場にいられることを本当に嬉しく思っておりますし、何と言っても隣にいらっしゃるポール・ヴァーホーヴェン監督と一緒にこの場にいられること、そして本当にたくさんの方にお越しいただきまして大変嬉しく思っております。

矢田部:ありがとうございます。それでは早速なのですが、皆様からのご質問をお受けして参りたいと思います。質問のある方、いらっしゃいますでしょうか?

 矢田部氏の司会進行の中、質問は会場の観客へと引き継がれてゆきます。

Q1. まずはユペールさんに御礼を申し上げたいと思います。去年(の仏映画祭で上映された)『愛と死の谷』のQ&Aの時でも、イザベル・ユペールさんは本当に有名な方でいらっしゃいますのでぜひ毎年来てください、とお願いをしたのです。お願いをした甲斐があったと思いました。本当に二年連続で来てくださってありがとうございます。

IH:アリガトウ!

質問と言いますか僕が感じたことなのですが、主人公のミシェルはやはりお父さんと同様にとても残酷な殺人犯としての性格を受け継いでいるのかな、という気がしたのです。ものすごく残酷な人の殺し方をする妄想のシーンがありましたが、実際はそうではなかったですよね。でも最後にレイプされそうになる時に「どうぞ」と体をあずけるシーンがありました。その場面を見て、もしも激しく殴られてしまったら、ミシェルの中の何かが壊れて大暴走を起こし、あのレイプ犯をも、ものすごく残酷な殺し方をするような気がしました。現実ではそのようなシーンはありませんでしたが、ミシェルの残酷で恐い性格が隠れているような気がしたのですが、演じられたユペールさんは主人公であるミシェルの正体・本当の性格についてはどのように思われますか?

IH:(英語で)まず自分自身を滅ぼしてしまう、というのは確かにあるかもしれませんが、この出来事・経験を通して、彼女はある意味自分を再構築するのだと私は考えております。そして、如何してそのような行動をしたのか? もしかしたら過去に原因があるのかもしれないですし、(ミシェルの父親が)連続殺人鬼だったということが説明になるのかもしれません。けれども、映画ではそのことが必ずしもリンクされている訳ではありません。それは一つの情報として主要なことが描かれていますので、観客の方の好きなように解釈をしていただけたらと思います。そしてミシェルは一つの悲劇的な出来事──レイプをされる──ということに、ポジティヴにとは言わないまでも、何か自分の頭の中で、子供時代であったり、自分が誰であるのか、ということと関連づけてゆくのです。そして、もしかしたら、非常に男性的な暴力というものが何処から来るのかということを自分自身がこの暴力と直面したことによって「知りたい」と思っているのかもしれません。ですから、今非常に冷酷でとおっしゃいましたけれども、そのミシェルの冷酷さのようなものが彼女の原動力になっている訳ではないと私は考えております。彼女は復讐のプランを間違いなく持っていたと思います。そして、それを見事に達成する訳ですが、これらすべては彼女にとって実存主義的な一つの体験だったのだと考えております。

矢田部:監督は事前にかなりユペールさんとミシェルのキャラクターについてディスカッションをされたのでしょうか? もしもされたとしたら、どのようなお話をされたのか教えていただけますか。

PV:実は一切そのようなディスカッションはもっておりません。勿論どういう風に撮るのかというステージング、物理的で場当たり的なことをするのか、そして、レイプのシーンに関しては、ある意味非常に危険な事故が起こりうるシーンでもありますので、きちんと事前に話し合いました。けれども、このミシェルという女性のキャラクター・彼女の動機というものに関しては一切ディスカッションはしていないのです。そしてディスカッションをしなかった理由は、私たちの中で、それはするべきではないことなのだと考えていたからだと思います。例えそのようなことについて話し合ったとしてもフロイト的な分析にしか至らない。そして、それは私たちが映画を作る際に何の助けにもならないと考えていたからです。私自身はイザベルさんを本当に信頼して、彼女はミシェルとしてやるべきことの全てを分かっていらっしゃいました。ですから、そういった部分での演出は一切つけていませんし、本当に直感的な意味で彼女が誰であるのかということを含めて、私たちは同じものを見ていたのだと思います。ですからコミュニケーションにおいては頷くだけで充分だったのです。

矢田部:ありがとうございます。

Q2. 映画冒頭のいきなりのレイプシーンから、ものすごく心を掴まされたと言いますか、目が離せないすごい導入だなあと思って、まずそこが吃驚したところでした。質問は、この映画では二つ大きな事件がありますよね。一つはユペールさん(演じるミシェル)のお父さんが連続殺人犯であることと、二つはミシェルが受けるレイプの事件です。どちらもモデルになったと言いますか、事件はあったりしたのでしょうか?

PV:まずミシェルが幼少期に経験したことが彼女にどう影響していたのか。そしてレイプ犯である男とサドマゾ(SM)的な関係を始めることと何か結果として繋がってゆくのかというのは、原作の小説でも繋がりがあるのかというのは全く描かれていませんし、映画でも同様です。そして、その辺りの関連性についても、著者であるフィリップ・ディジャン氏に訊くこともありませんでしたけれども、まずこのキャラクターであるミシェルを生み出して、実際にそのような体験をした女性が何十年も経った後どのように振る舞うのかということを、多分彼は掘りさげて書いていったのではと推察します。そして父親の方なのですが、これはノルウェーで──確か70年代くらいだったと記憶しているのですが──殺人を犯した事件がありました。そしてそのキャラクターをベースにしている、というのは著者がおっしゃられていました。

矢田部:ありがとうございます。

©Rumi Shirahata/UniFrance

Q3. ポール監督、イザベルさん、Q&Aにお越しくださってありがとうございます。ポール監督の『ロボコップ』は私の子供の頃のヒーローでした。質問は二つあります。二つともイザベルさんにお願いしたいのですが、一問目の質問のお答えで、男性から受ける暴力について自分の中で解釈をしていたのではないか、というようなお答えがありましたけれども、最後のパーティから帰ってくる車の中で「貴方の奥さんも、他の女性も、もっと早くこうすべきだった」と相手に対して対峙する姿勢を明確に表しますけれども、その間(あいだ)というのは、ミシェルの中でどのような考え方をもって男性に対して接していたのか。暴力というものがどのようにしてくるのか、ということを探っていたのか。そして、最後のところで、向かいの奥さんであるレベッカに「(夫の行動に)付き合ってくださってありがとうございました」と言われて、とても複雑な表情をしていましたけれども、ミシェルの中では犯人に対して何か一つ見切りをつけて自分の中で解決をしてゆこう、というような答えが出せたのかということをお伺いしたいです。もう一つは単純なお話しで、とても激しいシーンがありましたので、実際にお怪我などはなさらなかったでしょうか?

IH:(フランス語で)ストーリーの中でですけれども、彼女はいまおっしゃられたシーンで、突然話し方が、雰囲気が変わってゆきます。その中には皮肉もあればユーモアもあるのですが、このシーンでは一つのゲームのような形になって登場人物たちが近づいてゆく訳ですね。そして、このストーリーの最初の段階で、ユーモアも皮肉もあるのですが、最初にすでにミシェルは「復讐をしよう」と計画を立てます。そして、その復讐の計画が完結することとなるのです。いま突然フランス語になったということに気がつきました(笑)。

会場:(笑)。

IH:そして、この事件があってミシェルは初めて男性、特に男性の暴力について理解をし始めるのですが、特に最後のシーンですね。隣人のレイプ犯の妻と話して、その奥さんがミシェルにお礼を言う訳ですけれども、このシーンによって何かミステリアスなものが加わって、ますます複雑になってゆきます。そして隣人の女性はカトリック信者であり非常に真面目な人なのに、夫と言わば共犯のような行動をとりますから、ますます複雑になってゆくのです。

矢田部:あの……、ちょっと普段から恥ずかしくて訊けない質問をユペールさんにしたいと思うのです。この映画なら許されるのではないかと思うのですが、一番大変なシーンはどこでしたでしょうか。

IH:何もありませんでした。でも見るのは大変なシーンはあると思います。一番大変だったのは小さな鳥(スズメ)が死ぬ、あのシーンです。それはなぜかと言いますと、この映画のテーマはやはり「命」だと思うからです。命というものは非常に貴重なもので、こんな小さな鳥でも彼女は救おうとする訳ですから、いかに命が大切なのか。というテーマへと繋がってゆくと思うのです。

* * *

 会場は終始熱気に包まれながらも、観客からのひとつひとつの質問に丁寧に、そして真剣な面持ちで答えていた、ヴァーホーヴェン監督とイザベル・ユペール。ヴァーホーヴェン監督は非常に力強くはっきりとした英語に手のジェスチャーをまじえながら、この映画にかける想いを伝えようとしていた。観客のひとりの女性が「ロボコップは私の子供の頃のヒーローでした」と伝えたとき、ヴァーホーヴェン監督は本当に嬉しそうに、優しく笑みをこぼしていたことが印象深い。
 そして、ピンクのスーツを颯爽と着こなして、壇上に現れたイザベル・ユペール。その姿の、なんてすてきなことだろう。矢田部さんが「一番大変なシーンはどこだったでしょうか」という質問にも、すこし目をみひらきながら「何もなかったわ」と、実にさらっと即答したのはさすがである。

『エル ELLE』は、カテゴライズをすることが難しい映画だ。
 レイプ犯を探すエロティック・サスペンスかと思えば、観客をハッと驚かせるスリラーでもある。人間の奥深くに潜む恐ろしさを炙り出す心理劇かと思えば、なんとも滑稽な大人たちを描いたブラック・コメディとも言えるだろう。その解釈は観るひとによって違った印象を与えることと思う。どのジャンルにも属さないこの類い稀な傑作を、ぜひ劇場で体感してほしい。そして、イザベル・ユペールの、まさに氷の微笑にこころをかき乱される瞬間こそが、この映画のもつ最大の魅力である。

(text:藤野みさき)

『エル ELLE』は8月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー



『エル ELLE』
原題:ELLE/2016年/131分/フランス/カラー/シネマスコープ/5.1chデジタル
字幕翻訳:丸山垂穂/PG-12

作品解説
セザール賞作品賞・主演女優賞受賞、アカデミー賞主演女優賞ノミネートも果たした、ひときわ異彩を放つ話題作が遂に日本上陸!
自宅で覆面の男に襲われたゲーム会社の女社長(イザベル・ユペール)が、自ら犯人をあぶり出すために恐るべき罠を仕掛けていく……。彼女は強靭な精神力と、妖艶な魅力を放つ大人の女性である。だが、事件の真相に迫るに従い、観客は衝撃の連打を浴びることとなる。彼女こそが、犯人よりも遥かに危ない存在だった……!?

出演
イザベル・ユペール
ロラン・ラフィット
アンヌ・コンシニ
シャルル・ベルリング
ヴィルジニー・エフィラ
ジュディット・マーレ
クリスチャン・ベルケル
ジョナ・ブロケ
アリス・イザーズ

スタッフ
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:デヴィッド・バーク
原作:フィリップ・ディジャン「エル ELLE」(ハヤカワ文庫)
音楽:アン・ダッドリー
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
編集:ヨープ・テル・ブルフ
美術:ロラン・オット
衣装:ナタリー・ラウール

配給
ギャガ GAGA

劇場情報
8月25日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

公式ホームページ
http://gaga.ne.jp/elle/

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『フランス映画祭2017』               
   
開催日程:2017年6月22日(木)〜25日(日)※会期終了 
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
オープニング作品:カトリーヌ・ドヌーヴ主演『The Midwife』(英題)
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第2期後期、未来の映画館を作るワークショップ第1期受講生。映画のほかでは、自然、お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが趣味。本年の仏映画祭では『エル ELLE』と『エタニティ 永遠の花たちへ』というふたつのすばらしい傑作に出逢うことができて、本当に嬉しかったです。

Twitter:@cherrytree813

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2017年6月20日火曜日

『仏映画祭2017 試写日記』text藤野 みさき


© Photo Michael Crotto

 仏映画祭は本年で節目の25周年を迎える。その歴史は、いまから24年前の1993年に遡る。第1回目の開催地である横浜のみなとみらいから、12年の歴史を経て2006年より会場は六本木へとうつり、現在は有楽町で開催されるようになった。仏映画ファンはもちろんのこと、映画を愛する人々とともに歩んできた、歴史ある映画祭である。
 第1回目の団長は『死刑台のエレベーター』で知られている名女優、ジャンヌ・モロー。それから、ソフィー・マルソー、キャロル・ブーケ、クロード・ルルーシュ、エマニュエル・べアール、ジュリエット・ビノシュ、ジェーン・バーキン、エマニュエル・ドゥヴォス、そしてイザベル・ユペールと、フランス映画界を代表する数々の映画人たちが団長として来日を果たしてきた。本年度の団長は、大女優カトリーヌ・ドヌーヴ。2007年以来、10年ぶりに2度目の団長として来日する。

© Les Films du Lendemain / Shanna Besson

 本年度の仏映画祭はカトリーヌ・ドヌーヴ最新作『The Midwife(英題)』のオープニング上映からはじまり、カンヌ国際映画祭など世界中で衝撃をまきおこした、鬼才ポール・ヴァーホーヴェン監督が送る、イザベル・ユペール主演の『エル ELLE』が上映される。その他には、偉大なる芸術家たちを描いた伝記映画『セザンヌと過ごした時間』、ジャック・ドワイヨン監督の『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』に、『ココ・アヴァン・シャネル』などで知られるアンヌ・フォンテーヌ監督の『夜明けの祈り』。そしていま最も注目の女性監督である、『スザンヌ』のカテル・キレヴェレ監督の『あさがくるまえに』と、幅広い映画が並んだ。

© Nord-Ouest

 そして女優たちがいきいきと輝いていることも、仏映画の大きな魅力のひとつだ。オドレイ・トトゥ、メラニー・ロラン、ベレニス・ベジョと、現在の仏映画界を代表する女優たちが共演するトラン・アン・ユン監督待望の最新作『エタニティ 永遠の花たちへ』。同じくオドレイ・トトゥ主演のコメディ映画『パリは今夜も開演中』、マリオン・コティヤール主演の『愛を綴る女』、踊りを通じて人生を見出そうとする少女の成長を綴った『ポーリーナ、私を踊る』に、人食い少女を描いた怪奇映画『Raw(英題)』が映画祭に華を添える。そして、本年度のクラシック作品は、2015年のマックス・オフュルス監督の『たそがれの女心』、2016年のジャック・リヴェット監督の『パリはわれらのもの』につづき、5月に引退表明をした名優アラン・ドロンの主演作『チェイサー』がスクリーンによみがえる。

 ふたりの女性たちの友情、人間の底知れない欲望、臓器移植と向きあう家族たちの葛藤、国境を越え踊りつづけながらみずからの「国(アイディンティティー)」をさがそうとした少女に、芸術家の苦悩……。本年も豊かな映画たちが私をあたらしい世界へと誘(いざな)ってくれた。本祭にさきだち、仏映画祭試写にて拝見した作品のなかでも、最も印象に残った『エル ELLE』と『あさがくるまえに』の感想をここに記したい。


© 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

『エル ELLE』

 イザベル・ユペールほどインテリジェントで恐れを知らない俳優に出逢ったことはない。その恐れの不在は渇望、欲求、獰猛(どうもう)さをもたらし、それが彼女にどんなリスクを負うことも厭わないことを可能にさせている——スーザン・ソンタグ(*1)

 本年度の仏映画祭試写のなかでも、群を抜いて私のこころを鷲掴みにした作品が『エル ELLE』である。
 本作のイザベル・ユペールをみたとき、私はソンタグがこのように評した彼女へのことばを想起した。それほど『エル ELLE』のミシェル役を演じることは難儀なことであったと思う。ミシェル役の女優選びは難航し、ヴァーホーヴェン監督のよく知る女優でさえも、この役を引き受けることはできなかったという。イザベル・ユペールがミシェル役を演じたい、と申し出なければ、ここまでの映画はできなかったと言っても過言ではない。

『エル ELLE』はレイプシーンから幕をあける。
 そのシーンがあまりに強烈かつ何度も繰り返されるので、私はイザベル・ユペール演じるミシェルが襲われるたびに恐怖におののいていた。薄暗い窓のむこうのカーテンが揺れ、フレームの外からスキー帽をかぶった犯人が突然現れる場面では、思わず私は自分を守るように反射的に両手で頭と体をおおってしまった。
 
 劇中、ミシェルが「恥を気にしていたらなにもできないわ」と言う。何気なく言ったこのことばこそ、この映画の真髄をついている。本作は羞恥心を捨てた大人たちがくりひろげる、サスペンスであり、ブラック・コメディでもある。加えて、この作品に出てくる人々はみな変なひとばかりだ。
 スキー帽をかぶった犯人のように、みなそれぞれが仮面をかぶっている。もと夫のリシャール、親友でレズビアン気質をもつアンナ、やけに優しい隣人のパトリック、頼りなさげな息子のヴァンサンに、こちらも頼りなさげでわがままな彼の恋人であるジョジー。誰が、ミシェルを犯したのか。その犯人を探しながら、次第に焦点は出てくる人物たちに移動し、人間のもつ欲望や恐ろしさを映画は炙りだす。

 犯したい願望に、犯されたい願望。『氷の微笑』でも感じたことだが、潜在意識の心理描写はヴァーホーヴェン監督のもつ大きな魅力だ。ミシェルはレイプされたことをきっかけに犯されたい欲望がわきあがる。食事の席で、最初は毛嫌いをしていたジョジーと同じ黒のマニキュアをしているのは、果たして偶然なのか否か。みえないところで、彼女と相通じるものがあることを暗示しているのだろうか。

 犯人さがしも終わりを迎えたことにより、事態は終止符をうつ。ミシェルは「終わったわ。終わったのよ」と息子のヴァンサンを抱きしめる。しかし、本当にそうなのだろうか。『ブラックブック』でのラストシーンのように、終わったようでいても、実は終わりではない。苦しみの痕跡はのこり、連鎖はつづいてゆくのだろうと思わずにはいられない幕引きである。人間の記憶はそう簡単に忘却の彼方に葬られるものではないのだから。

 イザベル・ユペールは今回の『エル ELLE』で、どの女優も挑んだことのない役を演じきり、私を驚かせてくれた。彼女は言う。「私は落ち込むことを恐れない。その辛さを知っていればこそ、幸福をかみしめられるから」と。恐れを知らない彼女は、次はどこをめざすのだろう。

*1 Figaro Japon 2009年3月号より一部抜粋


© Les Films Pelléas, Les Films du Bélier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

『あさがくるまえに』
 
 カテル・キレヴェレ監督の映画に出逢った日を、私はいまでもとてもよく覚えている。初めてキレヴェレ監督の映画にふれたのは3年前、2014年の仏映画祭で上映された『スザンヌ』という作品だった。『スザンヌ』はサラ・フォレスティエが主演をつとめ、スザンヌという女性の20年間の年月と足跡を描いた映画である。その映される映像のガラスのような透明感のある美しさ、そして胸をえぐるような心理描写は、私のこころにまるで傷跡のようにのこり、月日が経過したいまもなお、その痛みは私を魅了してやまない。

 本作『あさがくるまえに』は、題名のとおり、朝がくる前のたった一日24時間という時間を描いた作品である。ひとりの青年、シモンの脳死をきっかけに、臓器移植に葛藤する家族と、心臓の移植を待つ女性クレールの、見ず知らずのふたりの人生が映画のなかで交差する。

 もしも、最愛のひとが脳死の判定を受けたら、私たちはどうするだろう?
 あるいは、自分がなにかの事故で脳死をしたら、遺された家族はどう死に向きあえばいいのだろうか。けっして他人ごとではない問題に私ならどうするかと問いかけずにはいられなかった。カテル・キレヴェレ監督の映画は、どうして、こんなにも私の胸を揺さぶるのだろう。登場人物の痛みが、まるでスクリーンという隔たりがないかのように、痛々しく胸に突きささる。シモンの母親を演じたエマニュエル・セニエの涙がいつまでも脳裏に焼きつき、決断を迫られる彼女の苦悩が胸を締めつける。人間の感情の機微・そして繊細さを、登場人物と観客との距離を感じさせずに丁寧に描くことができるのは、キレヴェレ監督のすばらしいところのひとつであると私は思う。

 彼女はインタヴューのなかで「私は本作を生きている者の視点から描きたいと思いました。つまり、死者ではなく、残された者たちの視点です」と述べていた。最愛のひとを失っても、私たちはこの世界を生きていかなければいけない。シモンの両親、臓器移植を待つクレールとその家族(息子)たち。朝がくる前に、シモンの心臓がル・アーヴルからパリの病院へと送られ、ドナーであるクレールの手術がとりおこなわれる。
 夜明けをつげる朝の陽ざしとともに、彼女はしずかに瞳をひらく。それは、亡きシモンの鼓動でもあり、彼の魂はいま彼女とともに呼吸をしているのである。人間の生命は二度、生まれることができる。肉体として、そして、もしかしたら、魂としても。彼女の生の息吹を通じて、映画『あさがくるまえに』は、私たちにその可能性を信じさせてくれる。

* * *

 今回の試写を拝見し、最も嬉しかったことは、やはりカテル・キレヴェレ監督の『あさがくるまえに』を観られたことである。私が『スザンヌ』に出逢ったのは3年前だが、自分の成長や記憶とともに、映画を越えて人生のなかで思い出の映画や監督とふたたび邂逅できることは、とてもすてきな経験だと思う。
 本祭では試写で観られなかった作品をひとつでも多く観られたらいいなと思っている。仏映画祭は一年のうちでも最も仏映画の風にふれることができるところだから。仏映画祭をあとにするたびに、私はその年に出逢った仏映画の記憶とともに帰路につく。また来年と。ずっと、私は仏映画に恋をしていたい。

(text:藤野みさき)


『フランス映画祭2017』               
   
開催日程:2017年6月22日(木)〜25日(日)  
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
オープニング作品:カトリーヌ・ドヌーヴ主演『The Midwife』(英題)
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

◉ 作品紹介

『エル ELLE』

原題:ELLE/2016年/131分/フランス/カラー/シネマスコープ/5.1chデジタル
字幕翻訳:丸山垂穂/PG-12

出演
イザベル・ユペール
ロラン・ラフィット
アンヌ・コンシニ
シャルル・ベルリング
ヴィルジニー・エフィラ
ジュディット・マーレ
クリスチャン・ベルケル
ジョナ・ブロケ
アリス・イザーズ

スタッフ
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:デヴィッド・バーク
原作:フィリップ・ディジャン「エル ELLE」(ハヤカワ文庫)
音楽:アン・ダッドリー
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
編集:ヨープ・テル・ブルフ
美術:ロラン・オット
衣装:ナタリー・ラウール

配給
ギャガ GAGA

劇場情報
8月25日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

公式ホームページ
http://gaga.ne.jp/elle/

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『あさがくるまえに』

原題:Réparer les vivants/2016年/フランス=ベルギー/カラー/104分/スコープ・サイズ/DCP/字幕翻訳:寺尾次郎

出演
タハール・ラヒム
エマニュエル・セニエ
アンヌ・ドルヴァル
ドミニク・ブラン ほか

スタッフ
監督:カテル・キレヴェレ
撮影:トム・アラリ
原作:メイリス・ド・ケランガル
音楽:アレクサンドル・デプラ

提供
リアリーライクフィルムズ

配給
リアリーライクフィルムズ + コピアポア・フィルムズ

劇場情報
9月16日(土)より ヒューマントラストシネマ渋谷にてロードショー

公式ホームページ
https://www.reallylikefilms.com/asakuru

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第2期後期、未来の映画館を作るワークショップ第1期受講生。映画のほかでは、自然、お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが趣味。仏映画祭と同い歳で、本歳で25歳になります。お肌の曲がり角なので、よもぎ蒸しに通いつつ、最近美顔器を購入しました。
Twitter:@cherrytree813

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2017年6月16日金曜日

映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』評text岡村 亜紀子

「ふたりということ」


 近年カップルを捉えたドキュメンタリーが多く製作されていて、いずれもそれほど著名人ではないカップルが出演している。ドキュメンタリーというミニシアター系に分類されると考えられるジャンルにおいて、ミニシアター系作品の一部の傾向――人々の生活や身近な内容または実験的な作品が多い――から、出演者が著名でないということはごく自然な流れなのかもしれない。その中でもカップルを題材にした作品は、よりミニマムでパーソナルな世界を映している。
 公開中の『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』は、どこかその趣を異にしているように思われる。

 絵コンテ作家ハロルド・マイケルソンと、名リサーチャーであるリリアン・マイケルソンの夫婦は、1960年代以降のハリウッド映画を支えた“パワーカップル”だ。しかし彼らが関わった多くの映画には、製作に多大な貢献をしたにも関わらず、その名がクレジットされていない。映画界の誰もが知っていながら、(世間の)誰も語らず、しかし誰もが彼らに仕事を頼みたがる……という興味深い人生が、時間を遡りながら近年の映像とアニメーションを交えて映されていく。
 ハロルドの絵コンテを想起させるアニメーションは、パトリック・メート(*1)によって製作されており、監督のダニエル・レイムは「映画を通じてリリアンや関係者が語る話と資料が物語る歴史に、私が脚本で伝えたかった想いが新たな「絵コンテ」として作品に加わりました」と語っている(*2)が、脚本を読み込んで描いたハロルドの絵コンテが映画の伝説のショットとなったように、そのアニメーションはただ可愛らしく楽しいだけでなく、ふたりの人生を豊かな映像としてわたしたちに届けている。
 監督は作中のアニメーションについて「多くの人が満足するドキュメンタリーを作るためには、時に、自分の解釈を物語に入れる必要があると思いました。それは、もしかしたら絵描きがポートレイトを描く時、絵描きの目の前にいる実際の姿以上に自分が被写体に込める想いも付け加えてしまうというクリシェと近いと思っています。」(*3)と語っている。ドキュメンタリーである中にかすかに香る物語性……。そう、本作にはすこしつかみどころがないチャーミングさがある。ふたりの半生であり、彼らに関わった誰かの人生であり、観客もふたりが関わった映画を通して彼らに触れているとも言え、ミニマムでマキシマムな世界が描かれている。

 ハロルドとリリアンのカップルがどのようにハリウッドで映画に携わり、一体どんな夫婦だったのか、互いに与えた影響――どんなふたりだったかを映画は丁寧に伝えていく。
 ハロルドが撮影前に描いたコンテを見て実際のシーンを見ると、コンテがそのまま再現されたかのような映像に驚かされる。一瞬の「画」ではなくキャメラの移動に関する部分までもコンテには描かれており、それがそのまま採用された作品(『卒業』)や、アイディアマンとして美術的な側面に影響を与えたりもしている(『スタートレック』)。中でも驚いたのは『大統領の堕ちた日』という作品で、ビルから堕ちる大統領が巨大な星条旗を引き裂きながら堕ちていく絵コンテである。そしてその撮影困難に思われるコンテを再現したシーンは迫力に満ち、示唆的なものになっている。イマジネーションだけでなく実際に撮影することを考えられたコンテを描くこと――それがハロルドの凄さだと関係者は語る。

 本作は一見、後日談的に思われる内容ながら、決して懐古性に満ちた作品ではない。
 インタビューを中心にハロルドとリリアンのふたりの人生を追いかけていく本作の根幹をなすのは、「事実」というより「記憶」という一見不確かにも思えるものだ。相互的なものではなく、各個人の視点へアプローチしながら、彼らに触れていく。それはふたりを通して、彼らに関わった人々へ触れていくことでもあるのだろう。そこにあるのは決定的な真実というよりも、もっと柔らかく、あいまいなものであり、その感触はなにか捉えどころがないようにも思えるのだが、ふと人間がなにかを知ること、なにかに出会うことの感触に似ていると思う。その感触をそのまま写し取ったかのようにも感じられる本作を通して、ハロルドとリリアンに、わたしたちは普段誰かに出会う時のようにして映画を通して出会う。
 そして彼らふたりの物語――その生い立ち、出会いから夫婦となるまで、ふたりで切り開いて来た半生、彼らが困難に出会いながらも前に進み続け成し遂げたことがら、そして現在――が、逸話であることは間違いないのだが、心に刻み込まれるのは、特別な才能を持ったカップルという印象よりも、彼らの半生に触れることで感じる幸福感とも呼ぶべきもの、である。観客それぞれの響くところに響いていく……、そんな物語は、どこかふたりが人生を捧げた映画に似ている。出演者であるリリアンが徐々にヒロイン性を帯びていく様子もまた、映画的である。

 ハロルドを仕事の上でも家庭でも支えたリリアンは、リサーチャーであり、妻であり、母であった。中盤からは彼女のインタビューが増え、映画で描かれた半生に対する彼女自身の告白や当時の感情が語られる様子を見ることが出来る。次第に映画の中で、リリアンの物語が立ち上がっていく。
 作中、リリアンが「フィクションである映画の物語の背景にリアリティーを込めたかった」というようなセリフがあった。養護施設で育ち、本の世界に没頭していた幼少期に、施設を脱走しようとしてうまくいかなかった経験を、リリアンは「本の世界と違って現実はあまくなかった」と言う。現実とフィクションの境目を理解しながらも、彼女は本を愛し続けたことが、育児中のあいまに本を読むことで救われていたというエピソードからわかる。ハロルドを通して、映画の世界で働き始めた彼女は「ウソが真実になる」と映画を評していた。その為に、彼女は尽力し続けたのである。
「わたしの生い立ちでは、戦い(fight)し続けるしかなかった」と語る彼女はとてもチャーミングに柔らかい表情で、時にキラリと瞳を光らせて、その半生を振り返る。「わたしたちはふたりでひとつ(team)だった」と、ハロルドとの関係を語る。自分の人生を。こんな幸せなことあるかしら、と。

 映画の都ハリウッドの黄金期、あるカップルがいた。
 彼らの「仕事」と同様に、そして映画の物語のように、その人生も様々なドラマに満ちていたこと、そしてごく普通に幸せだったこと。その2つを同時に見せてくれる本作は、映画の魔法に満ちた希有なドキュメンタリーかもしれない。そしてふたりと同じように、監督や出演者、メインスタッフ以外の、映画に携わる多くの人々の存在もまた、感じられるのである。
「ハリウッド映画業界は殺伐とした雰囲気だ」と語る関係者のインタビューでは、ハロルドが後進を育てる為に、後年ドリームワークスで自分の技術をおしみなく教えたことを伝えていた。ドリームワークスのヒット作『シュレック』シリーズでヒロイン・フィオナ姫の両親(国王と王妃)の名はハロルドとリリアンである。暖かみを感じられずにはいられないエピソードである。
 また、ハロルドが多大な影響を受けたというヒッチコック監督の代表作『鳥』のDVDを本作観賞後に見たところ、特典映像としておさめられたスタッフインタビューの中にハロルドのインタビューが収録されていたのである。なんだか知人のおじさんに出会ったみたいに少し興奮してしまった。
 本作を観ると、ふたりの関わった多くの名作が紹介されていて、改めて見たいと感じたり、本作をきっかけに未見の作品を見てみようと思うきっかけとなるだろう。それはハロルド&リリアンへの敬意に満ちた本作と、観客のこころが通い合うときかもしれない。

*1 パトリック・メート
ドリームワークス・アニメーションとソニー・ピクチャーズアニメーションでシニア・アニメーション・アーティストを務める

*2、*3 参照元:プレス資料

(text:岡村亜紀子)



『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』
2015年/94分/アメリカ

作品解説
映画『十戒』でモーゼが海を割り奇跡を起こす名シーン、ヒッチコックの『鳥』で逃げ惑う人々を鳥たちが襲うシーン、青春映画『卒業』でミセス・ロビンソンが自宅に呼びベンジャミンを誘惑するあのシーン……。ハリウッド全盛期に誕生した数多くの名シーンのもとにはハロルドの絵コンテとリリアンの映画リサーチがあった。
映画をこよなく愛し、ハリウッドの巨匠たちからも愛された絵コンテ作家ハロルドと、映画リサーチャーのリリアン。愛と情熱だけでなく、創造性とアイディアを分かち合った知られざる夫婦の心温まる感動的なドキュメンタリー。

出演
ハロルド・マイケルソン
リリアン・マイケルソン
アルフレッド・ヒッチコック
フランシス・フォード・コッポラ
メル・ブルックス
ダニー・デヴィート ほか

スタッフ
監督/脚本:ダニエル・レイム
プロデューサー・編集:ダニエル・レイム/ジェニファー・レイム
エグゼクティブ・プロデューサー:ダニー・デヴィート
アニメーション:パトリック・メート
撮影:バティステ・フェンウィック/ダニエル・レイム
音楽:デイブ・レボルト

配給
ココロヲ・動かす・映画社○

劇場情報
YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中

公式ホームページ
http://www.harold-lillian.com/

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【執筆者プロフィール】

岡村 亜紀子:Akiko Okamura

1980年生まれの、レンタル店店員。勤務時間は主に深夜。
このごろ通勤中に読書をするようにしています。
最近のヒットは『鳥の巣』(シャーリイ・ジャクスン著)。
知られざる傑作、埋もれた異色作をジャンル問わず、本邦初訳作品を中心に紹介するというシリーズ(ドーキー・アーカイヴ/国書刊行会)の一冊だったようです。
今後のラインナップも楽しみです。

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2017年5月10日水曜日

「ともこの座敷牢」

『夜は短し歩けよ乙女』に関するいろいろなことなど


おおむね、人間は
アホ小学生あるいはバカ中学生もしくはボンクラ高校生そして腐れ大学生、さらにうっかり大学院に入院してしまった患者。
このいずれか、あるいはすべてに該当する。
筆者は見事すべてに該当している。

思い返すと、どこに出しても恥ずかしい立派なクズ人生であった。棺桶に収まる際にはその恥の多い生涯を走馬灯で強引に見せつけられ「やめれやめれハズい」と身悶え棺桶の壁をカリカリと掻き毟ることであろう。もっともお棺に入る前からとっくに腐れていたということを忘れてはいけない。
困ったことに、筆者が迂闊にも長いこと過ごしてしまった街に住まう者どもは、あまりに個性豊かであった。マイルドに表現したが、要はいろんな意味でオモチロイやつらばかりであり、筆者は己がクズであるとまったく自覚していなかったのである。類は友を呼ぶのだろうか、あの土地の奇怪さはバミューダトライアングルにも匹敵する。

腐れ学生も発酵がうまくいけば芳醇なナニカにでもなれるのだろうが、筆者の現状は発酵に失敗しすっかり饐えきっているといえよう。
街を行くオサレなカップルを見ると爆竹を投げつけたくなり、キャッキャウフフする若者たちを見ると「全力で爆ぜやがれ」と悪態をつき、そのくせ、まさに幸せ絶頂のお二人の門出を縁の下で寿ぐ職業に就くべく訓練を重ねている。とんだ矛盾である。もっとも ♡しあわせ♡ とはなんぞ? それって美味しいの? とんとわからないので訓練は遅々として進まない。
あの奇怪な土地に住まっていた時代、筆者の周囲は男女関係においてはむしろ充実しすぎてぱっつんぱっつんなやつらばかりだったのだが、筆者は見事蚊帳の外であった。なぜか。
これには明白な理由があるのだが、ここでは言及しない。本人が寂しくなるからである。

京都という土地もまた魑魅魍魎が蠢く土地である。多分。
多分というのは住んだことがないので断言できないからである。しかし、街中に閻魔大王直結ホットラインが存在し(その底には狸からカエルへと宗旨替えしたナニカが住まっているようである)、ラブホ街を抜けるとそこには夥しい念が層をなしてへばりついた縁切り岩が存在し(実はどうもいつも間違えて裏から参拝していた模様であった。ということは、表から参拝し縁切り祈願の後周囲に広がるのはラブホ街、というなんとも味わい深い場所であるということだ)(なぜ頻繁に縁切り神社に参拝する羽目に陥っていたのかは聞かぬが花)、鴨川の土手には等間隔の置物が常にあり、わが心の爆竹を存分に(以下略)
そりゃもう絶対要所要所に異世界への扉がパカッとしているに違いない。
森見登美彦氏の作品はおおむねそんな魅惑の土地、京都を舞台としており、その土地に住まう腐れ大学生が結構な割合で登場する。

筆者は、「太陽の塔」「四畳半神話大系」以来のわりかし熱心な森見登美彦作品の読者である。「四畳半神話大系」は太田出版のハードカバーを初版で所持しておるぞ。じまんではない。
3作目「きつねのはなし」まで知る人ぞ知る存在であった登美彦氏ではあるが、ほぼ同時期に出版された4作目「夜は短し歩けよ乙女」で一気にブレイクする。全く本屋大賞とは恐ろしいものであるが、おそらくこれは中村佑介氏による装画によるところも大きいと思われる。ロックバンド「アジアン・カンフー・ジェネレーション」のアルバムジャケットにより若者に浸透しまくったあの可愛らしいイラストがどどんと平積みになっていればそりゃ売れるわ。
かくして、登美彦氏の描くケッタイな大学生活は中村氏のイラストで読む者の脳内に再生されるようになったことと思われる。
 尚、今気づいたのだが、「乙女」も初版で所持しておった。驚いた。

登美彦氏は本屋大賞ノミネート常連となった。本賞はノミネート作も含め映画化率が非常に、ひじょーに高い。しかし、氏の作品は実写化はおろか映像化も容易にされなかった。文章のみで表現されるイメージの奔流は映像化困難であろう。本屋大賞御用達の俳優が演じるにふさわしいキャラクターが登場しないので映像化されないのでは、と考えてしまうのは明らかに邪推である。いささか底意地が悪い。

映像化は2010年「四畳半神話大系」がテレビアニメ化されるまで待たねばならなかった。※
キャラクター原案は中村佑介氏である。待ってました!
これが実に出来が良かった。あの怒涛のようなセリフに乗せて紙芝居のような可愛らしい画面が淀みなく動く。鬱屈した腐れ大学生が詭弁を流麗に撒き散らす。ああ、そうなのである! 大学生活とは薔薇色であるべきものなのだ! しかしそんなハッピーなキャンパスライフを送れない者も稀に、かつしばしば存在する。もしもあの時……
この作品は「もしこのサークルに入ったなら……」という妄想からパラレルな物語が展開する。待ち受けているのは薔薇色とは程遠いてんやわんやである。そして700枚という長編である。長い。長いが、パラレルな物語ゆえ、かなりの部分が重複する。コピp…… おや、こんな深夜に誰か来たようだ。

前言撤回すみませんでした(震えながら)。
とにかくこのアニメは主役「先輩」が素晴らしかった。浅沼晋太郎氏の見事なまでのセリフさばき、これぞプロの声優の仕事。あの速さで! 実に正確な発音で! ああ!
そして中村氏の世界観が可能な限り再現された賑やかな画面がとにかく楽しい。とにかく画面の情報が凄まじく多いがそれがうるさく感じられず、これは見事であった。

さて、それから早幾年。
ファン待望の映画化の話が舞い込んできた。
登美彦氏の出世作「夜は短し歩けよ乙女」が、「四畳半神話大系」スタッフ再集結で大スクリーンにどどんと!おぉぉぉぉぉ!やはりキャラクター原案は中村佑介!おぉぉぉ!
しかし筆者の中でひとつ懸念があった。キャラとしては前作を引き継いでいると思われる「先輩」の声優が変更されたことである。星野源氏が「先輩」役ですとな?

浅沼晋太郎のほうがいいんじゃないかなぁ。
旬の俳優使うのかよ。タイミングずれてたら高橋一生あたり使ってたんじゃねぇの?
いいからアジカンのゴッチ使えよ。
ビジュアルがああならゴッチでいいよもう!

思うところはいろいろあれど、森見登美彦作品、満を持して映画化! パチパチパチパチ!
筆者はあまりアニメを観ない。ジブリさえチョウロクに観たことがないので、細かいところはとんとわからぬ。
ただ、この妄想力、素晴らしい。文章だけで表現されたケッタイな諸々が形をとって目の前に繰り広げられる至福。大風呂敷を広げたイメージを視覚化するって、本当に素晴らしい才能なんだ。筆者、多分口元をほころばせて観入っていたと思われる。すげー。すげー。帰ってこい筆者の語彙力。語るべき内容にふさわしい言葉を持ち合わせていない貧弱な脳内辞書はとっととアップデートすべきである。
世界観はテレビアニメ版「四畳半神話大系」をほぼ踏襲している。ヘタレな大学生と黒髪の乙女。おかしな学生たちと学内組織。男子学生を悩ませるジョニー。そんな腐れ学生どもの世界に、この『乙女』からは京都の深淵にどっかりと住まう異世界の住民が絡み始める。「四畳半神話大系」ではよくわからぬ大学8回生だった人物が、ここではそんな魍魎の類であることが示される。それまで大学とその周辺で結界を張られ、内に閉じていた「異界」が、街中に風呂敷を広げ始めたのは、この「夜は短し歩けよ乙女」からなのかもしれない。その後登美彦氏が描く京都の街は糺ノ森の狸たちをも巻き込み、「有頂天家族」へと続いていく。

源さんについては、やはり先輩は続投が良かったなぁと思う場面もあった。まぁプロの声優とがっつり絡み、かつ早口の長ゼリフがあったので仕方がない。しかし、ミュージカルシーンに声優として登場した新妻聖子氏は流石であった。あの無駄に壮大なナンバー、なにかに似ていると思ったら、かの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」である。機会があったら是非ハナウタを歌いながらご鑑賞いただきたい。はた迷惑なこと請け合いである。

そして、こりゃどう見てもゴッチだろう、という先輩だが、一瞬「あ! 登美彦氏に寄せてる!」と感じた場面がある。
お前ら、爆ぜろ。
おともだちパンチを喰らわせてもよろしいか。
京都には縁切りどころもあるが縁結びもござる。こうして出逢ったのも、何かの御縁。

森見氏の作風はしばしば「マジック・リアリズム」にも例えられる。マジック・リアリズムといえばガルシア=マルケス。筆者、どこかのお宅のベランダから華麗にシーツが吹っ飛んでいく光景を見るたびに、ああ、こうしてシーツを掴んだまま風に乗って消えていった娘がいたなぁ、と「百年の孤独」の一場面を思い出し、遠い目で青空を眺めるのである。

さて、医者の往診の時間である。

※実は、森見作品の舞台化は映像化より早かった。2009年に「夜は短し歩けよ乙女」がアトリエ・ダンカンプロデュースで上演されている。


『夜は短し歩けよ乙女』

2017年/93分/日本



作品解説

「四畳半神話大系」「有頂天家族」などで知られる人気作家・森見登美彦の初期ベストセラー「夜は短し歩けよ乙女」をアニメーション映画化。監督は、テレビアニメ化された「四畳半神話大系」湯浅政明。同じく「四畳半神話大系」も手がけた、劇団「ヨーロッパ企画」の上田誠が脚本を担当。

クラブの後輩である”黒髪の乙女”に思いを寄せる”先輩”は今日も「なるべく彼女の目に留まる」ことを目的とした「ナカメ作戦」を実行する。春の先斗町、夏の古本市、秋の学園祭、そして冬が訪れて…。

京都の街で、個性豊かな仲間が巻き起こす珍事件に巻き込まれながら、季節はどんどん過ぎてゆく。外堀を埋めることしかできない”先輩”の思いはどこへ向かうのか?


キャスト

先輩:星野源
黒髪の乙女:花澤香菜
学園祭事務局長:神谷浩史
パンツ総番長:秋山竜次
樋口師匠:中井和哉


スタッフ

原作:森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」(角川書店)
監督:湯浅政明
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクター原案:中村佑介
キャラクターデザイン:伊藤伸高
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
制作:サイエンスSARU
製作:ナカメの会
配給:東宝映像事業部

公式サイト

http://kurokaminootome.com


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「ともこの座敷牢」とは

「ことばの映画館」舞台の奈落の奥底に閉じ込められている奇人が漏らすうめき声およびたわごとを記録するフィールドワーク。その記録は特に重要なものでもなんでもないので特に資料として保管される必要はまったくない。
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2017年5月9日火曜日

映画『わすれな草』text大久保 渉

「変わりゆく母を変わらぬ愛で包み、変わっていく自分たちを愛するということ」

2016年7月に、NHKで「私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白」という番組が放送された。娘や息子が親を殺害する背景に介護の問題があるとされる事件は2010年以降の6年間で少なくとも138件ほど発生し、それは約2週間に一度悲劇が繰り返されていることになるという取材内容が語られた。また、2017年4月11日の毎日新聞(東京朝刊)では、全国の警察が2016年に摘発した殺人事件(未遂を含む)のうち、55%が親族間で起きていたという警察庁の調べを載せていた。


映画『わすれな草』が74歳の認知症の妻とその介護をする夫の姿を写したドキュメンタリー映画だと聞いて、ふいに暗澹とした思いが胸の中に渦巻いたのはそれらの内容が頭の片隅に残っていたからだろうか。それとも、「わすれな草」という花の語源にまつわる悲恋伝説――男が死に際に「私を忘れないで」と言って愛する女に花を投げ渡した逸話――が思い出されたためだろうか。

ただ、そんな想いは真っ暗闇な劇場内のスクリーンに光(映像)が投射された瞬間、思いもかけずに吹き飛んだ。映画のファーストシーン、自宅のベランダからカメラに向かって両手を大きく振る白髪の老夫婦の遠景が映しだされる。そして、彼らがはにかみながら大声でこちらに語りかけてくる。「ヤッホー!ここよー!」。

映画を監督したのは彼らの息子。カメラを構えるのは彼の仕事仲間。血縁者同士で交わされる眼差しの親密さが一瞬のうちに画面に満ち溢れ、観ているこちらの頬までもが思わず緩んでしまう。ただ、その親密さは、カメラから遠く離れた位置にいる二人を写す第三者(非血縁者)のカメラマンによって、近づきすぎず、やや引いた立場から撮られている。その主観的とも客観的ともとれる映像のバランスが、これから始まる記録映画への警戒を解いてくれる。


「ここ数年で母はすっかり変わってしまった」。暫くぶりに母の元を訪れ、長らく介護を続けてきた父に休みを与えて小旅行に送りだし、代わりに彼女を愛おしそうに介護し始めた息子は、その生活を続けて1週間で「僕は疲れ切った」と語りだす。夫のことが、息子のことが、自分の家が分からない。無為な会話を繰り返し、「無理よ」「できない」を口癖のように呟き癇癪を起こす認知症の老女。ただその映像から悲壮感、疲弊感が漂わないのは、カメラが息子である監督の愛と苦悩の心情に寄りすぎず、さりとて病状ばかりを観察せずに、母と息子、母と父の姿を1カットに納めてその触れあう姿にこそフォーカスを当てていたからだろうか。

時おり息子がモノローグで母の失われゆく記憶を紐解き、若かりし頃の写真と共にその半生を顕在化してかつての母を讃えるも、ただそのことで今現在の母が貶められることは決してなく、カメラは初めて彼女を見た観客と同じ視点に立ってその愛らしい微笑みを映し撮り、過去と現在の魅力をそれぞれに立ち上らせる。

ただその「現在の母」が垣間見せる魅力はもしかしたら肉親からするとやはり悲しむべき変化の結果でしかないのかもしれないが、しかし時間と彼女の病状が進んでいく中で、一年半という撮影期間を通して、徐々に母親の「新たな一面」を受け入れる父と息子の変化もまた自然なままに記録されていくため、当事者たちの喜悲の表情を拾いつつも、それぞれに変わりゆく被写体を追う映像からは、一介護の現場が示す健やかな関係性の在り様が伝わってくる。


本作の原題「Vergiss mein nicht(私を忘れないで)」とは誰の気持ちを言い表した言葉なのか。それは記憶を失う母への献身的な介護を続ける父と子の姿から漏れ出た変わらぬ愛の囁きのようにも見てとれるし、薄れゆく記憶の中で、知ってか知らずか、自分に愛を与えてくれる二人の手を握ろうとする母が心の中で発した声にも聞こえてくる。

「私を忘れないで」。愛だけで介護ができるとは思わない。ただそれでも、本作に出てくる母のグレーテルと父のマルテと、息子のダーヴィットと、彼らの姿を心の片隅に留めておくことで、もしも自分がいつか母を介護するその時に、思わず拳を振り上げたくなってしまう瞬間があったとしても、彼らの日々を思い返すことで、その手の平をそっと、母のひざの上に置いてあげることができると思う。

数週間ぶりに会う妻に向かって両手を広げて抱きつく夫。「私の夫は彼だわ」と息子を指差してはにかむ妻。困ったように微笑む息子。拗ねたように笑う夫。照れ笑いする息子。その雰囲気に笑う妻。

変わりゆく母を変わらぬ愛で包み、変わっていく自分たちを愛するということ。私は彼らの姿を、忘れない。

(text:大久保渉)

(C)Lichtblick Media GmbH

参照:毎日新聞2017年4月11日(東京朝刊)ウェブ版NHK「私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白」番組サイト


『わすれな草』
原題:Vergiss mein nicht

2013年/ドイツ/88分

作品解説
ドキュメンタリー作家ダーヴィット・ジーヴェキングは、フランクフルト近郊の実家へ帰ってきた。認知症になった母グレーテルの世話を手伝うためだ。父マルテは、長年妻を介護してきたが、さすがに疲れてしまったらしい。ダーヴィットは母の世話をしながら、昔からの親友であるカメラマンと共に、母と過ごす最期の時間を映像に記録する。理性的だった母は、病によって、すべての抑制から解放され心の赴くまま自由に過ごしているように見える。自分が若返った気になった母は、息子のダーヴィットを夫だと思い込み、父が思わず嫉妬することも。かつてはドライで個人主義的に見えた父と母の夫婦関係も、いつしか愛情をありのままに表す関係へと変わっていく。記憶を失っていく母の病は、夫婦、家族にとって、新たな“はじまり”となり……。

監督自身の体験を軸に綴られる愛とユーモアに満ちた「最期の時間の寄り添い方」。ドイツで異例の大ヒットを記録し、世界中を優しい笑顔とあたたかい涙で包んだ、夫婦そして家族の愛を映し出すドキュメンタリーがついに日本公開!

スタッフ
監督:ダーヴィット・ジーヴェキング
配給:ノーム

公式ホームページ
http://www.gnome15.com/wasurenagusa/

劇場情報
渋谷ユーロスぺースにて公開中、ほか全国順次公開
http://www.gnome15.com/wasurenagusa/theaters.php


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【執筆者プロフィール】

大久保 渉:Wataru Okubo

映画系文筆/映画館勤め/映画祭スタッフ。執筆・編集「映画芸術」「ことばの映画館」「FILMAGA」他/ SKIPシティ国際Dシネマ映画祭事務局アシスタント、KAWASAKIしんゆり映画祭、東京ろう映画祭、各種映画祭にて活動中/神奈川県内の映画館にて勤務中。
☆4/28に「映画芸術 春号」が発売されました。特集はエドワード・ヤンです。ぜひご高覧下さいませ。

Twitterアカウント:@OkuboWataru

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2017年5月2日火曜日

映画『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』text藤野みさき

Let Me See What Spring Is Like On Mars」


Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler © Assemblage Films LLC
 
 ロバート・フランクは、世界ではもとより、ロベール・ドアノー、ブラッサイ、アンリ・カルティエ=ブレッソンを始めとする偉大な写真家とともに、日本でも最もなじみ深い写真家のひとりである。誰が撮影したのかわからなくても、知らないところで、彼の写真をみたことのあるひとも多いのではないだろうか? 最も有名な写真集『アメリカンズ』を始め、ネバダ州のシティ・ホールで踊る愛くるしい新婚カップルを撮影した写真に、強烈なまなざしで睨むように斜め上をみつめる「エレヴェーター・ガール」。印象に残る彼の写真は多い。

 ロバート・フランクは、1924年11月9日、スイスのチューリッヒに生まれる。のちに47年に単身でアメリカに渡り、ニューヨークの人々を写す傍らで、「ハーパースバザー」などのファッション誌の写真家として活動を始めた。当時のファッション誌の報酬は、ロバートの愛しているストリート・フォトグラフィーよりもはるかに高額で、とても驚いたことを劇中で語っている。その後、1958年に彼の集大成でもある『アメリカンズ』を発表。文字通り、本書はいまをも語りつがれる彼の代表作となった。
 本作はそのような「写真家」としてのロバート・フランクだけを映しだすのではない。彼が撮影した映画や、大切な家族のこと、詩人・小説家のジャック・ケルアックや写真家のルイス・フォアー、歌手のミック・ジャガーなどの数々の著名人との交流を映しながら、現在のロバート・フランクのこころの声を映画はつむいでゆく。

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler © Assemblage Films LLC

 私がはじめてロバート・フランクの写真に出逢ったのは、いまから7年前のことだった。霧のロンドンと言われる英国の都を静粛に歩く紳士たちをとらえた写真たちに魅了されたのである。アメリカをとらえた鋭さをもつ写真とは違い、粒があらいような、それでいて、どこか懐かしさをも感じさせてくれる写真たちだった。
 アメリカの都会の街を写した写真家といえば、私はアンドレアス・ファイニンガーとベレニス・アボットを一番に想起する。だが、街の風景をとらえたファイニンガーやアボットとは違い、ロバート・フランクはニューヨークの街を生きる人々の表情を写真におさめつづけた。彼の被写体は、いつも、目の前にいる血の通った人間、そのものである。

 大のインタヴュー嫌いで、劇中でも過去に受けたインタヴューも常に厳しい表情をし、ときにはキャメラからフレームアウトしてしまうロバートであったが、この映画に映っている彼の表情や瞳は実にやさしく、そして朗らかだ。彼は自宅の椅子に腰掛け、ときに冗談を言って笑みを浮かべながら、写真を撮るときの心得や、いままで歩んできた足跡を、窓からみえる現在のニューヨークを眺めながら語る。主流に流されない人々に魅了されること、道の真ん中よりも端を歩くのが好きなこと……。その語られる飾り気のないことばたちは、彼に25年間ものときを寄り添いつづけている、ローラ・イスラエル監督との間に築かれた信頼関係そのものなのだと思う。フレームの外から聴こえてくる彼女の声はまるで娘のようでもある。映画全体を通して、イスラエル監督のやさしいまなざしをキャメラの奥から感じずにはいられない。

Photo of Robert Frank and June Leaf by Robert Frank © Robert Frank

 なかでも、最愛の娘と息子を語るときの追憶は胸を締めつける。飛行機事故により21歳の若さでこの世を去った娘アンドレアと、癌を患いながらも、この世界を生きようともがき苦しみ、葛藤し、亡くなった息子パブロの死。1980年に撮影された、映画『人生は踊り続ける』に映る息子の姿を、ロバートは自宅の壁に投影された映像で眺めていた。
「教えてほしい。どうして、お前は人生を楽しめないんだ? どうして、重い荷物を背負いこむ? 父さんがカメラを運ぶように」ロバートは息子に問いかける。息子のパブロは「地球の重力に耐えられないんだ。火星を散策したいよ」と答えた。
 繊細がゆえにさまざまなことに傷つき、すべてを背負いこみ、苦しんだパブロ。パブロの遺した手紙を読み返しながら「孤独な戦いと夢を、吐き出したかったのだろう」と想いをはせる。娘アンドレアの写る写真には「毎日、娘のことを想っている」と書かれていた。そこには世界的な名声を得た写真家「ロバート・フランク」ではない、ひとりの父親としての素顔が映しだされている。最愛のひとを失うときの心情は、私たち誰しものこころのなかに存在するものだ。子に先立たれる親の悲しみと孤独、もう一緒にみることのできない風景。それでも前をむき、自身のFATE〈運命〉に向きあう姿は、観る人々の胸をうつ。
 
 ロバート・フランクは92歳を迎えたが、彼の人生に対する挑戦は終りを知ることはない。たとえこの世界が過酷であったとしても「立ちあがり、両眼をひらいて、人生を恐れない」こと。この命が鼓動をうつ限り、私たちの人生には希望が存在し、そして無限の可能性は自らの手のひらのなかにあることを、この映画を通じてロバート・フランクは示してくれる。

(text:藤野 みさき)


『Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代』
原題:『Don’t Blink – ROBERT FRANK』
2015年/アメリカ・フランス/82分
モノクロ・カラー/DCP
日本語字幕:和田絵理

スタッフ
監督:ローラ・イスラエル
撮影:リサ・リンズラー、エド・ラックマン
編集:アレックス・ビンガム
音楽プロデューサー:ハル・ウィルナー

参加アーティスト
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
ローリング・ストーンズ
トム・ウェイツ
パティ・スミス
ヨ・ラ・テンゴ
ミィコンズ
ニュー・オーダー
チャールズ・ミンガス
ボブ・ディラン
ザ・キルズ
ナタリー・マクマスター
ジョセフ・アーサー
ジョニー・サンダース
ザ・ホワイト・ストライプス

協力
ジューン・リーフ
ゲルハルト・シュタイデル
トム・ジャームッシュ
シド・キャプランほか

配給
テレビマンユニオン 

配給協力・宣伝
プレイタイム

劇場情報
4月29日(土・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

公式ホームページ
robertfrank-movie.jp

※ Bunkamuraザ・ミュージアムでは、ロバート・フランクとともにニューヨークを代表する写真家ソール・ライターの日本初となる回顧展も同時開催決定。

「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」
会期:2017年4月29日(土・祝)〜6月25日(日)予定
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

 1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、「未来の映画館をつくるワークショップ第一期受講。心配性で潔癖症。映画の他では、自然・お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが好きです。写真をあつめることも好きで、七年前より開設をしたTumblrのブログもときおり更新しています。http://cerrytree.tumblr.com

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2017年4月28日金曜日

映画『草原の河』text常川 拓也

『草原の河』/ソンタルジャ


©GARUDA FILM

日本ではじめて劇場公開されるチベット人監督(ソンタルジャ)による映画『草原の河』(2015)は、幼い6歳の女の子ヤンチェン・ラモの視点からチベット高原での牧畜民の生活を切り取っている。カメラは基本的にほとんど子どもの目線の高さに位置して寄り添い、澄んだ映像は純真無垢な彼女のまなざしそのままを表しているかのようだ。それは、私たちがこれまでに映画で触れてきたチベットとは同じでありながら、また異なる景色を提供する。ヤンチェン・ラモは子羊にジャチャと名付け、ペットのように愛しむが、ここではそれは放牧される存在だ。チベットの風景や文化をこれまでとは別の視点で、少女の無垢な視点で見つめることは新鮮な感触をもたらしている。

©GARUDA FILM

私は「ことばの映画館」vol. 4(*)でチベットを代表する映画作家で、本作の共同プロデューサーでもあるペマ・ツェテンについて執筆したが、その中で、彼の作品を観ることで、「チベットの伝統文化と中国の現代文明が衝突した、その相違の混乱の只中にいるチベットの今に私たちは触れることができる」と書いた。また、彼の作品が「ある種の寓話を通して、伝統文化と現代社会の狭間で適応に苦しむチベットの人々の姿や風景に対して」在ることに言及した。実際のところ、それらのことは、彼の盟友であるソンタルジャの作品にも見て取ることができるように思える(ソンタルジャはペマ・ツェテン『静かなるマニ石』(2005)、『オールド・ドッグ』(2011)の撮影監督を務めている)。ちなみに、ペマ・ツェテンは文学的な映画監督、ソンタルジャは映画的な映画監督であるとチベットでは評されることがあるというが、そのような印象を受けるとすれば、それはふたりの出自が前者が小説家、後者が美術家あるいは撮影監督であるというところが大きいだろう。

©GARUDA FILM

確かにチベットの今を見つめる彼らが描くのは、伝統文化と近代化の狭間でアイデンティティの拠り所を失くし、惑うチベットの男たちの姿である。
ソンタルジャの映画の男は、家族間に起きたある出来事を機に頑なに心を閉ざし、周囲に口を開かない。初監督作『陽に灼けた道』(2011)では主人公の男ニマは自身の起こした事故によって母を亡くしてしまったトラウマを抱えているが、監督二作目『草原の河』のグルは、自分の父が死にゆく母を無残に捨てたと考え、身勝手な彼に対してわだかまりを捨てきれずにいる。『草原の河』は視点こそ小さな少女ヤンチェン・ラモに立っているが、物語上の主人公に当たるのはむしろその父グルであると言っていいだろう。どちらにおいても、身近な人の死をどう受け入れるか、どう乗り越えるかということにソンタルジャは関心を寄せている。

©GARUDA FILM

映画は、冬の終わりに、酔っ払って「馬に乗るなら生きてるうち/死んだら駆ける場所がない/酒を飲むなら生きてるうち/馬に乗るなら生きてるうち」と歌いながらバイクを運転しているグルが転倒する場面からはじまる。歌の歌詞とは異なり、砂埃の舞う高原で男は馬ではなくバイク(チベットでは鉄の馬とも呼ばれる)に乗っている。以後、彼は自身のバイクの壊れたミラーを頻繁に気にかけ、タバコを吸いながらたびたびバイクを修理している姿が確認できる。

本作を観て、グルとバイクとの関係性が印象に残った。私たちが目にするのは、一家の中で言葉を発することなく虚無に覆われた父親グルの模様であり、マスキュリニティを喪失した男の姿だろう(ひび割れたミラーを覗き込むグルの顔がそこで分裂して見えるのは、彼の壊れたアイデンティティを確かに暗示している)。グルは自身のトラウマや家族の亀裂と向き合うことよりも、むしろバイクの修理にしか目がいっていないようにも思える。ある意味、グルはバイクと一体化しているのである(ある種ロードムービー的な趣も持つ『陽に灼けた道』では母の死でラサ巡礼の旅に出て荒野を歩き続けるニマがコケる場面が強調して描かれていたが、『草原の河』のグルはバイクに乗ったまま川に落ちたり転ぶ姿が印象に残る)。

『陽に灼けた道』
  ©"A Day in the Life of Tibetan Pastoralists" Production Team  

とりわけ、俯瞰気味のロングショットで捉えられた風景の中、グルが妻と娘にはじめて自身の父親との確執の理由──4年前、病床に伏した彼の母親が最期に父と会うこと希望するも、「行って何の役に立つ? 死ぬのは避けられない。それよりも祈り。お経を読むのが一番だ」と河を渡らず、母親の些細な望みすら叶えなかったことを憎んでいたこと──を告白するとき、彼は二人の周りをバイクで駆けている。増村保造『濡れた二人』(1968)をどこか彷彿とさせるダイナミックな演出がなされた最も印象的な場面である。

なお、第16回東京フィルメックスで来日したペマ・ツェテンに『タルロ』のインタビューをした際(「ことばの映画館」Vol.4に掲載)、彼は文化大革命について、「その時期を経験した人にとっては、(中略)“人民のために働く”ということをすごく洗脳されていた時代であ」り、その時代の人たちは「“自己のためではなく他人のために何かをする”ということが、一種の善であると植え付けられて生きて」きたのだと語っていた。おそらくこのことは、チベットの古い世代であるグルの父の思考を考える上で有益だろう。

©GARUDA FILM

後半、グルは娘とともに町の病院に入院した父を訪ねるため高原から都市部へと向かう。病院を出た後、彼のバイクのミラーが直っていることに注目したい。修繕されたミラーには、彼の父と娘が病院の向かいで座って話しているのが映っているのだ。そして、三人はともにグルのバイクに乗ってロードを駆ける。『草原の河』においては、バイクが荒野と都市を繋げ、そして家族の和解/再生の物語へと接続させている。

一行は、河を前にして水が引くまでその場で待つこととなる。自身の娘と父が和やかな会話をする中、タバコを吸いながらひとり離れて横になるグルに光が差し込み、彼はひっそりと涙を流す。目の前に流れる河は、ただ彼の苦悩と傷を静かに受け入れている。

(text:常川拓也)

*…映画冊子「ことばの映画館」Vol.4

♦Vol.4の内容紹介記事
http://kotocine.blogspot.jp/2016/11/blog-post_20.html

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『草原の河』
2015/98分/中国

原題:河|英語題:River|チベット語|DCP|ビスタサイズ|ステレオ


作品解説
長編デビュー作『陽に灼けた道』(2011)でバンクーバー国際映画祭ヤング・シネマ賞グランプリに輝いたソンタルジャの長編二作目にして、日本で初めて劇場公開されるチベット人監督作品。チベットの雄大な自然の中で暮らす遊牧民の一家の姿を幼い少女の目を通して描かれる。2015年ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門でのワールド・プレミアを皮切りに、世界各国の映画祭で上映され、峻烈な映像美が高い評価を受けた。チベット高原で牧畜を営む一家の幼いひとり娘は、母が新しい命を授かったことを知り、やがて生まれてくる赤ちゃんに母を取られてしまうのではないかと不安になっている。村人たちと接することなく暮らしている父のグルは、4年前のとある出来事をきっかけに自分の父親をいまも許せないでいる。それぞれがぎくしゃくした関係のなかで生きる娘とその父、そして祖父。家族三代の関係が変化する時がやってくる。撮影当時6歳だった娘役のヤンチェン・ラモは、第18回上海国際映画祭アジア新人映画部門で最優秀女優賞を史上最年少で受賞。日本では2015年、第28回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門にて『河』という原題で上映された。なお、ソンタルジャ監督作品が中国以外で劇場公開されるのは初となる。

キャスト
ヤンチェン・ラモ:ヤンチェン・ラモ
ルクドル(母):ルンゼン・ドルマ
グル(父):グル・ツェテン

スタッフ
脚本・監督:ソンタルジャ
撮影:王 猛 
共同プロデューサー:ペマ・ツェテン

配給
ムヴィオラ

劇場情報
4月29日(土・祝)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開

公式ホームページ
http://moviola.jp/kawa/

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【執筆者プロフィール】

常川拓也:Takuya Tsunekawa

新潟県生まれ。映画批評。「NOBODY」「neoneo」「INTRO」「リアルサウンド映画部」等へ寄稿。Twitter:@tsunetaku

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2017年4月23日日曜日

映画『作家、本当のJ.T.リロイ』著者ローラ・アルバート、インタビューtext常川 拓也

『作家、本当のJ.T.リロイ』著者ローラ・アルバートinterview


正直に言って、この人の語る言葉を一体どこまで信用してよいものなのかわからなくて戸惑った。それが『作家、本当のJ.T.リロイ』を最初に観た率直な感想である。本作は、若き女装の男娼J.T.リロイの架空の回想録をノンフィクション小説として世に発表した女性ローラ・アルバートのインタビューを中心に構成されている。思うに、本作が信用ならない語り手による告白である点は留意が必要だろう。そもそも回想録というものの中には脚色や誇張が付きものである。事実をそっくりそのまま正確に覚えている人もいなければ、本作においてはほとんど彼女のみの証言、つまり主観的な“真実”の提示が行なわれているからだ。それが長い間、当時の夫の妹サバンナ・クヌープを男装させ、J.T.リロイとして仕立て上げて世間を欺いてきた人間の言葉であれば尚更である。そこには同情を誘うための作り話もあるかもしれない。私たちはその点をいま一度考える必要がある。

あるいは、ほかの人の視点から見れば事実も変わってくるであろう。たとえば、本作と全く逆にアルバート以外の者たちの証言で構成されたドキュメンタリー『The Cult of JT LeRoy』の監督が、J.T.リロイに扮したクヌープはカルトに引き込まれるかのような方法でアルバートから彼女の小道具として雇われていたのだと指摘している点は興味深い(ちなみに、アルバートは『The Cult of JT LeRoy』ではインタビューなど協力することを拒否したようだ)。

しかしこの映画の面白いところは、監督のジェフ・フォイヤージークが、まさにどこまでが本当でどこまでが嘘なのかよくわからないアルバートにはじめて自分自身の声で痛ましい生い立ちについて語らせていることにこそある。本作の冒頭に引用されているフェデリコ・フェリーニの言葉を思い出そう──「生み落とされた作品は作りものとも真実とも異なり、それそのものでしかない」。

『作家、本当のJ.T.リロイ』の公開に合わせて来日したローラ・アルバートにお話を聞く機会を得た。なお、本インタビューは四誌合同で行われたものだが、すべての文責は筆者に帰すものである。(取材・構成・文:常川拓也)




──本作で印象的なのは、映画の多くを通話音声をはじめとしたあなたの過去の記録が占めていることです。素朴な疑問なのですが、なぜあなたは自身の記録を膨大に残していたのでしょうか。ジェフ・フォイヤージークは(前作『悪魔とダニエル・ジョンストン』の)ダニエル・ジョンストン以上にあなたがセルフ・ドキュメンテーションを持っていたと明かしています。

ローラ・アルバート(以下、LA):私はダニエルよりも競争心が強いので彼よりも記録しようと思いました(笑)。冗談はさておき、そもそも私の母がよくオープンリール式のテープで記録をする人でした。母はアーティストで、ほかのアーティストにインタビューをすることがしばしばありました。彼女は自分もアーティストであるとリスペクトされるために、つまりファンとして話をしているのではないということを相手に示すために記録を取っていました。それは彼女の習慣にもなっていました。また、子どもというのはある種の神聖さを持って生まれてくると思うのですが、それが何らかの形で侵害されると、どちらが上か下かというのを子どもなりに知ろうとします。私の場合はその手段が録音したり記録することでした。たとえば本当は言ったはずなのに後になって親が「そんなこと言ってない!」と言った時にどちらが正しいかわからなくなったとしても、記録してあればやはりそう言っていたのだとわかります。ダニエルも同じような理由で記録を取っていたのではないかと私は思います。人は色々なことをすぐに忘れてしまう生き物です。その時はすごく辛くても時間が経つと忘れてしまいます。しかし痛みというものは、自分の土壌の一部になります。それを記録することによって、なぜ私がいまこういう風になっているのかを理解する助けになるとも思いました。人によってはそんなこと忘れたいと思うでしょうが、私の場合はどうしてそうなったかを理解したい気持ちがあったのかもしれません。もうひとつの理由としては、記録することによって後である種コラージュができるというようなアート的な意味合いもありました。なので、そのような痛みから、そしてジャーナリズムの観点から記録をしていました。

──世界への不信感みたいなものを抱いたある時点から意図的に記録しはじめたということでしょうか。

LA:たぶん私はそういう風に生まれついたのかもしれません。というのも、両親がいつも絵を描いている人だったらその子どもにとって絵を描くことがノーマルであるように、私にとっては母がいつも記録していたので、不信感というよりもノーマルな行為でした。母は写真も撮っていましたが、ストーリーテラーでもありました。ユダヤ系ということもあり、ホロコーストのサバイバーの方々へインタビューも行っていました。必ずしも不信感や痛みだけでなく、好奇心もあったと思います。インタビューした時にそれが記録されていると思うと、何かを語ること自体にももちろん意味があることですが、記録されていて長く残ることを意識しながら人が喋っていると何かさらに生まれてくることがあるとも思うのです。

──この作品を撮る前と、撮った後とではどのような心境の変化がありましたか。

LA:自分の中で色々なものを統合する役に立ちました。特に怒りを手放すこと、それから自分のやったことに対して責任を取ることの助けになりました。何というか、色々なことが完了できたような気がします。こういう言い方があります、「あなたは自分の抱えている秘密と同じくらい病んでいる」。そういう意味で言えば、私には全く秘密はなく「何でも聞いて」という感じでした。自分が持っていたマテリアルすべてを監督に渡しました。それは私にとっては恥ずかしく難しいことでもありましたが、すべてを渡すことで自分に対する恥を手放す助けにもなりました。恥を手放すこともとても大変なことでした。写真なんかも恥ずかしいと思って提出しましたが、改めて見てみてるとそんなに恥ずかしくない、そんなに悪くないと思えました。思うに、特に性的・肉体的虐待を受けて育った子どもというのは自分は酷い人間だと信じきってしまっているところがあります。いまになってみると私はもちろん悪いことをしたわけではあるけれど、自分が思ってるほど悪くはなかったし、私は悪意を持ってやったわけではない。その結果、出てきたものが作品となって、アートとなって、色々な人の命を救ったと思います。色々な人から感謝の手紙をもらいましたし、ここ日本でも本や映画を見て助けられたとメッセージをもらいました。そういうことを聞くと自分に平和が訪れるような気がします。そしてまた誰かが私のことを攻撃した時に自分を助けてくれることになりました。

──ビリー・コーガンだけに自分の本当のことを打ち明けたと告白していますが、それは彼があなたがずっと好きで聞いていた音楽を作る人だから何かわかってくれるだろうという思いがどこかあったからですか。それとも彼に会った時に何か特別な魅力を感じたからでしょうか。

LA:その時に私たちはアーシア(・アルジェント)の家に泊まっていましたが、そこには多くの有名人がいて、クローゼットの中にはたくさんの贅沢品がありました。JTも有名人で、私はただのマネージャーでした。何もない、まるで見えないゼロの存在でした。ビリーはJTに会うつもりでいましたが、サバンナがいなかったので、私はスピーディとして話を作り上げなくてはいけなくて、「彼は急に会うのが怖くなっていなくなってしまったの」とでも言おうかと思いましたが、それを考えたらすごく辛くなって、彼に会う前から私は泣いてしまっていました。JTがいなくなってしまったと言うと、きっと彼も私をまた見えない存在として扱ってしまうのではないかと思って怖かったのです。しかし違いました。彼は私を私として見てくれました。別に美人だったからとかそういうことではありません。綺麗な人は周りにたくさんいました。たまにそういうことが起こるのですが、サイキックなエネルギーというか、クジラやイルカのように超音波のコミュニケーションが取れる人だと会った瞬間にわかりました。彼の音楽は私にとって、とても大きな意味があるものでした。というのは、彼がたぶん一番最初に性的な虐待について歌った音楽を作った人だからです。実は最近、彼の50歳の誕生日の際に会いましたが、またさらにコネクションが強まったと思います。彼は本当に素晴らしい人で、「誰にも言わないよ」と言った通り、本当にすべてそのままにしてくれました。私が彼に言ったのはこの本がどれだけ大切で、この本のためならバニー・スーツでも着るわよということです。

──もしNYタイムズに真相を暴露されていなかったとしたら、いまもJ.T.リロイとして活動を続けていたと思いますか。

LA:私の方からNYタイムズの方に行ったかもしれません(笑)。たとえるなら、シャム双生児が肺をふたりでシェアしてるような状態でした。JTの肺が私のよりも強かったような状態でしたが、色々なプロセスを通じて、私のものの方が強くなっていきました。もうひとりでやっていけるという状態になった時に(私の中に)男の子が現れなくなりました。私として生きてももう大丈夫だとなった時に、(もう片方の自分を)切る準備ができていた気がします。自分をキリストにたとえるのは何なんですけれども、キリストは自分に一番近い弟子のユダが自分を裏切るときっと知っていたのだけれども、それはなされなければならなかった。そういう意味では、ジェフは私にとって一番近い人で、彼がユダの役目をしてしまったわけですが、彼はそうしなければなりませんでした。なぜならたぶん私は自分で言わなかったし、サバンナも自分で言わなかったでしょう。だからジェフがやらなければならなかったと感じます。別のたとえをするならば、子どもが自転車に乗る練習をする時に補助輪を外して親に押してもらいますよね。子どもは自分が乗れると思わないから、お父さんやお母さんに「絶対手を離さないでね」と言いますが、親の方が「わかったわかった」と言いながら手を離していて、子どもは自分が乗れてると知らずに乗れてるようなことだったと思います。でも私がやっていたわけです。J.T.リロイという人は実在はしないけれども生き続けていると私は思います。ちょうどある歴史家の方がバッグス・バニーについて同じことを語っていました。バッグス・バニーは実在していないけど生き続けていると。

──リロイはインターネットが発達していない時代だったからこそバレずに済んだのかもしれません。現代だとあのようなことができると思いますか。

LA:いまの時代の方がさらにアバターを持つということがノーマルなことだと思います。なのでいまの子どもたちにとっては「何が問題なの? だってフィクションだったんでしょ?」という話になるかもしれません。特に日本の人はアバターをたくさん持っているのではないかと思います。公的な自分と私的な自分、つまり本音と建前を持っていますよね。だから日本の方には理解しやすいのではないかと思います。たしかにインターネットやSNSがあるとすぐにわかるということもありますが、誰かが私がやったことをいまもう一度やろうと思ってももうできないと思いますし、私はやろうと思ってやったのではなくそういう風になってしまったのです。真珠貝が綺麗なものを作ろうと思って真珠を作っているのではなく、たまたま砂や小石が予定してなかったのに入ってしまって、痛いから色々な液体を分泌するうちに真珠ができてしまうように、アクシデントとして苦しみから生まれ起こったことだと思います。



──アバターを持つことが、あなたにとってある種セラピーとしての働きにも繋がっていたと思われますか。

LA:アバターがあるということよりも、書くということが私にとって癒しに繋がっていました。私はその前には色々なホットラインに電話をしていたわけですが、ホットラインに電話をすることはヒーリングではなく、ドラッグ中毒の人がドラッグをしたり、過食症の人が食べ物を食べたり吐いたりするのと同じようなことで、ただ痛みを麻痺させていただけだと思います。しかし書くことは、折れた骨が少しずつ治っていくような助けになっていきました。そして次第にJTという存在が出てきて、そのJTは身体を欲しがりました。しかし私は彼に身体をあげられなかった。私は男の子っぽい身体つきの女の人がすごく羨ましかったのですが、私の身体はそうではなかった。なのでJTの方が私から出て行ったわけです。私はトランスジェンダーではありませんでした。当時はジェンダー・フルイディティという概念がまだ存在していませんでしたが、私のセクシャリティは非常に流動的だったと感じます。またJTの存在に加えて、息子が産まれてからはまず彼を守らなければいけないという思いも強くなり、スピーディやエミリーも出てきました。周りの人がスピーディやエミリーに怒っても私は気にしませんでした。一番大事な守るべきものは別にある。息子に何かしようとするならば、そのダメージの大きさを知っているので、その人は殺してもいいぐらいに守ろうと思っていたのです。ただ、そういう意味では私の母は私を愛してはくれましたが、守ってはくれませんでした。彼女自身もある種虐待を受けていましたが、助けを得られなかったので、その技量がなかったのだと思います。いまになって思えば、すべてが私を治癒させてくれ、よりよくなる助けになったと思っています。今回、来日して色々取材を受ける中でも様々な情報を得て、自分自身のことを学んでいます。そこで感じているのは、ほとんどの人は自分のことをそんなに大切にしていないと考え、自分で自分のことをわかっているつもりになっているけどそんなにわかってないのではないかということです。常にオープンでいることが大切で、そうすれば、色々な啓示というかサインが知らされてくると思っています。そして自分が取ってしまった行動の理由に気がついて理解していくことも大事だとも思います。アメリカ人はすぐ良い/悪いのモラルで片付けたがるのですが、日本人はアイデンティティにしてもアートにしてももう少し白黒でないグレーのエリアを理解できる人たちが多いような気がします。

──J.T.リロイの物語にアメリカ中があれだけ熱狂したということは、ある種みんなの求めていたものがそこにはあったのかもしれません。当時といまとではアメリカ人の間に何か変化があると思いますか。

LA:最初に人々が反応したのは作品でした。しかしNYタイムズがあれは嘘だとかでっち上げだとか書き立て、メディアの人たちはたぶん本ともども葬り去ろうとしました。しかし本は葬り去られず、「あの本に助けられた」「感動した」と言ってくれる人がいます。アートというものは葬り去ることはできません。本当に色々な人が色々なことを言いました。「あなたがああいう本を書いたのはマドンナに会うためじゃないか」「有名になりたいからじゃないか」と。これは虐待やトラウマがない人でないとわからないかと思いますが、そのような体験について話すことはすごく辛いことです。虐待を受けたことがない人はわからないから注目を浴びたくて書いたのだと責めますが、そんなことはありません。自分がトラウマを受けたことを普通はなかなか口に出しては言えないものです。多くの人が私を中傷し攻撃した理由は様々あると思いますが、もしかしたらそれは成功に対する嫉妬かもしれないし、あるいは出る杭は打たれるということだったかもしれません。トラウマや虐待を経験した人であれば、これが自分のことだと言えず、私的な部分は隠したい気持ちは理解していただけるのではないかと思います。マドンナに会うために本を書いたのではないかと言う人もいますが、いい本を書くことはとても大変なので、それだったらストーカーになる方が楽だったと思います。そういうことがわからない愚かな人がたくさんいるからトランプ大統領が選ばれてしまうわけです。ですが、たぶんいまの方が自分が隠れたいという気持ちを理解してくれる人が増えてるような気はします。ただ、全員を喜ばせることはできません。依存症回復のための12ステップがありますが、その中でアル中の人について言うのは、一杯でも十分すぎるぐらいだし百万杯でも足りないということです。つまり自分の中の空虚さは何ものでも埋めることはできません。私の場合はそれを書くことや作品によってしか埋めることはできないのだと思っています。そういうことを言ってわかる人もいれば、わからない人もいると思いますが、私にとって大切なのはそういう人たちがいるということではなく、書いていく作品だと思っています。

──あなたの告白からは性的虐待や容姿へのコンプレックス、あるいはボディ・イメージに関する強迫観念といった問題が提起されます。そういった問題は、いまだったらたとえばレナ・ダナムやエイミー・シューマーといったアメリカの女性クリエイター/コメディエンヌは架空の回想録ではなく、自分自身の回想録として自身の体験を自身の言葉でユーモアを交えてポジティヴに語っていると言えるかもしれません。現在はノンバイナリー・ジェンダーという言葉もありますが、約20年前と現在では変化をどういう風に思いますか。

LA:たしかにいまの方がそういった言葉があるだけだいぶいいと思いますが、当時、私は暴露された後にトランスジェンダーの人たちから「私たちのトランスジェンダーとしてのアイデンティティを利用した」と一斉に攻撃されました。もう本当に「クソッタレ!」って感じでした。誰も私に書けと言ったわけではありません。強迫的に書かざるを得なくなってああいう風に私は書いたのです。その当時はそういった言葉はありませんでしたが、トランスの人たちやいまで言うジェンダー・フルイディティの人たちは私が書いたことに共感してくれていました。でも暴露された後は、私をまるで退屈した主婦が遊んで書いたのだと言うように攻撃しました。私は自分が感じていた、その当時はまだ言葉にはなかったものをただ書かざるを得なくて書いていました。ジェンダーというものは、白黒というよりもここからここまでの範囲、スペクトラムだと考えています。日本の人はジェンダーのルールみたいなものをファンタジーやプレイで上手く遊んで乗り越えることができる人たちだと思いますが、アメリカはそういう意味では遅れていると思います。

──容姿や体型へのコンプレックスという問題は日本でも多くの人々が共感するであろう事柄でもあると思います。

LA:一番危険なのは、自分が孤独だと思うことです。病気や依存症、中毒といった症状が出るということは、痛みを麻痺させるためだと思います。子どもは大人ではないのでドラックやお酒ではなく、麻痺させるために食べ物に走ってしまいがちです。私たちの文化はもっと繊細さを持ってそういう人たちを見つめる必要があると思います。日本も食生活が変わって肥満の子が増えてきているみたいですが、肥満児になると周囲からからかわれます。彼らは痛みを癒すために、痛みを麻痺させるために食べ物を使っているのに、それによっていじめられてしまい、安全な場所や逃げ場がなくなってしまいます。それを暴力に訴える人もいるかもしれません。アメリカの場合なら銃を撃つかもしれない。しかし女の人の場合は、内面化させることがあるので、自分を責めることになりがちだと思います。繰り返しになりますが、一番大事なのは自分がひとりではないと思えることです。先ほども引用した「あなたが抱えている秘密の量と同じだけあなたを病んでいる」という言葉があるように、秘密はあなたに「お前は悪いやつだ」「お前はひとりなんだ」とそそのかしてくることがあります。なので、その秘密をシェアできる人やグループを見つけることが大事だと思います。また、アートというものも自分自身であるために、あるいは自分の秘密を持たない場として大切になってくると思います。アバターを作ることによって、自分が自分に正直になれるのであればいいのですが、それが自分の本当の人生を完全に生きることを妨げるのであれば、アバターはやはり中毒症状になってしまうと思います。自分から恥を乗り越える方法は必ずあると希望を持ってもらいたいと思います。自分が言うことや言いたいことに対して耳を傾けてくる人は必ずいるし、聞いてもらう方法はきっとあるはずです。人々はよく有名になれば、あるいは美しくなれば問題は解決する、みんなから愛されると思いがちですが、たとえばマイケル・ジャクソンを見ても、白くなっても整形しても彼の狂気は治りませんでしたよね。別に痩せることが問題解決にはなるのではなく、やはり自分の内面的なものと対峙しなければいけないと思います。だからセラピストやグループなど何かスピリチャルなコネクションを持てる人を探す、出会うことが大事だと思いますし、またアートというのはそれを可能にする大きな手段にもなると思います。フェイクなアートというのはありません。アート自体がある意味フェイクでできているわけですから。それは偽のニュースとは違うものです。

──ずっと気になっていたことですが、アーシア・アルジェントは『サラ、いつわりの祈り』(2004)を作る時に実は真相を知っていたと思いますか。

LA:スピーディとして私はその撮影現場にいましたが、そこで脚本を渡されたので、私が直していました。でも誰も何も言いませんでした。何か少し違うなぁ、何か少し変だなぁと違和感を抱いていた人もいるかもしれませんが、作品がそこにある、本がそこにあるということが一番大事だったと思っています。そういう意味でアーシアも誰のために映画を作ったわけではなく、自分のために映画を作ったのだと思います。彼女がそれを知っていたかどうかはあまり関係がない、意味がないことだと思います。

──現在執筆中であるという回想録はどの程度進んでいらっしゃいますか。

LA:半分ぐらい進んだところでしょうか。とても大変で、実はまだJTのところに行き着いていません。二部構成にしないといけないかもしれません。回想録や自伝を私はよく読むのですが、中には何々があって何々があったと中身がダラダラしてしまっているものがあります。私はそういう風にはしたくなくて、練り上げられたストーリーのようにしたいと考えています。そうすると、ほかの書き方ができないので、ものすごく時間がかかってしまいます。私はJTを通じて小説を書いたわけですが、いま自分の自伝を改めて書いていて、どれだけ小説の方にフィクションとしてのある種の真実が書かれていたのかということをいまどんどん発見している最中です。フィクションというのはある種の夢の状態のような感じで、夜に寝ている時に見る夢の中でたとえばゴジラが出てきて戦ったとしたら、それは考えてみると起きている時間に自分の上司と何か問題があったみたいなことがありますよね。そういったことにいまどんどん気がついて、小説の方に真実が書かれていたのだなぁといまになって気がついているところです。また、こういう風に色々なインタビューを受けたりすることで、再びこの作品に生きてもらいたい。先日、(『サラ、神に背いた少年』『サラ、いつわりの祈り』の)翻訳者の金原瑞人さんにもお会いしましたが、彼も素晴らしいアーティストだと思いました。彼は私がJTではなかったことを怒るどころか、作品として非常に価値があると褒めてくれました。今回、日本に来られたことは特権的なことだと思っています。前回来日した時はマネージャーの役をやっていたので、インタビューをそばで聞いていたのですから。しかしそういう役をするということは、木製のコンドームを使ってセックスするような感じなのです(笑)。サバンナは質問の反映しかできませんが、私はテニスをしたいわけです。ちゃんとボールを正しい方向に打ちたい。私は、ヴァンパイアの物語を書いたわけでもロマンスの物語を書いたわけでもありません。みんなが注意を払うべき問題について書いたという風に思っています。いわば生か死かということです。いまトランプみたいな人が大統領になっているわけですが、彼は女性をレイプような人であり、女子ども、あるいは声なき人たちをどんどん切り捨てていくような人です。そういう時代だからこそ、言うべきことはちゃんと声をあげて言わなければいけないと思います。普通のニュースというのは、どれだけ酷いニュース、たとえばシリアで何万人が亡くなったといったニュースがあっても、そうなんだとその時だけ思ってまた皿洗いに戻ってしまうものですが、それが小説という形で感動したりすると、何か脳に変化が起きて違うリアクションをすると思います。たとえばこういう本を読んだ後に太った子がよちよち歩いているのを見たら、笑うのではなくて、何か苦しんでいるのかもしれないと思って、もう少し気にかけてあげようと思うかもしれない。そうすると、もしかしたらその子がアーティストになって、世の中を救うかもしれない。

( text:常川拓也)



『作家、本当のJ.T,リロイ』
(2016年/アメリカ/111分/カラー、一部モノクロ/1.85:1/DCP/原題:Author: The JT Leroy Story)

作品解説
1996年、女装の男娼となった過去を綴った自伝『サラ、神に背いた少年』で一躍時代の寵児となったものの、後に実在しないことが明るみとなった謎の天才美少年作家J.T.リロイにまつわる一連の顛末に迫ったドキュメンタリー。その才能にほれ込んだガス・ヴァン・サントは映画『エレファント』の脚本を依頼し、二作目の著作『サラ、いつわりの祈り』はアーシア・アルジェントによって2004年に映画化された。しかし、2006年のニューヨーク・タイムズによる暴露記事で事態は一変。J.T.リロイという人物は存在すらせず、その正体はサンフランシスコ在住の40歳女性ローラ・アルバートだった。一連の騒動をアルバート自身の言葉をはじめ、ガス・ヴァン・サント、トム・ウェイツ、コートニー・ラブ、ビリー・コーガンらとの通話音声や留守電メッセージなどによって解剖していく。

出演
ローラ・アルバート、ブルース・ベンダーソン、デニス・クーパー、ウィノナ・ライダー、アイラ・シルバーバーグほか

スタッフ
監督:ジェフ・フォイヤージーク(『悪魔とダニエル・ジョンストン』)
撮影監督:リチャード・ヘンケルズ
音楽:ウォルター・ワーゾワ

配給・宣伝:アップリンク

劇場情報
2017年4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開中

公式ホームページ
http://www.uplink.co.jp/jtleroy/

(C)2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.

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【執筆者プロフィール】

常川拓也:Takuya Tsunekawa

新潟県生まれ。映画批評。「NOBODY」「neoneo」「INTRO」「リアルサウンド映画部」等へ寄稿。Twitter:@tsunetaku

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