2017年1月24日火曜日

映画『タンジェリン』評textミ・ナミ

「ネオン・ガール、タンジェリン・ウーマン」


うす汚れたドーナツ店「DONUTS TIME」で、カラースプレーがまぶされたドーナッツを分け合う、トランスジェンダーの娼婦が二人。28日間の拘留を終えたシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)は、大親友アレクサンドラ(マイヤ・テイラー)から、出所早々最悪な事実を聞かされる。恋人チェスター(ジェームズ・ラーソン)が、彼女の居ぬ間に浮気をしていたのだ。しかも「正真正銘」のオンナと! 怒り狂ったシンディは、チェスターとその相手、“D”から始まるイニシャルの金髪クソ女をシメるべく血眼で徘徊する。アレクサンドラはシンディをなだめるのを諦め、夜には自分のステージを見に来るよう伝えると、彼女を遠巻きに歩き出す。一方その頃、アルメニア移民のタクシー運転手ラズミック(カレン・カラグリアン)は、何か品定めでもするように、ゆっくり街を流している。夕陽に照らされるLAで、3人の刺激的な時間がこうして幕を開けてゆく。

シンディたちがけたたましく繰り出す下ネタは容赦なく、汚れ物はきちんとしたヨゴレとして表されるし、チェスターを寝取ったダイナだってハクいオネエチャンじゃなく、モーテルで売春しながら日銭を稼いでいる、鶏ガラみたいな女だった。現実社会は、誰にとっても冷たくしょっぱく出来ている。そうした汚さやえげつなさを「キレイ」で飾ることがないのが、この映画の誠実さだ。

LGBTQの間では、男性優位主義に引きづられて抑圧側に立つ白人のゲイが少なくないことや、白人のゲイ、白人のレズビアン、黒人のゲイ、黒人のレズビアン、トランスジェンダーの順で立場が弱くなるということを、耳にしたことがある。女性/男性、白人/黒人という複合的な差別の構造に組み込まれて、トランスジェンダーがより強い閉塞感の中で生きているというのは、想像に難くない。この映画はコメディであるけれど、少数の人々に対する、物見高さといけ好かなさが見当たらない。劇中から一例を挙げると、トランスジェンダーが、心に合致した性の衣裳を解く時というのは、おしなべてギャグとして物語に挿入されることで、観客の娯楽として消費されてきたように思う。だが考えてみれば、「それが自分らしいから」という理由があるからこそ女性の姿をしているシンディとアレクサンドラにとっては、衣裳は舫い綱なのではないか。マジョリティから嗤われるその瞬間を、監督は友情が最も表れる一幕として、胸がじんとなる仕掛けで見せてくれている。タンジェリンとは、オレンジよりもやや暖色にころんだ色だ。彼女たちはLAのネオンのようでもあり、タンジェリンカラーの夕陽そのものでもあった。

身体に悪そうだけどドーナツ食べたくなるね度:★★★★★(text:ミ・ナミ)




『タンジェリン』

2015年/88分/アメリカ

作品解説
超低予算を逆手にとった創意工夫と綿密なリサーチ、確かな技術力で疾走感あふれる刺激的な映像世界を作り上げたのは、監督、脚本、編集、プロデュースまでもこなすアメリカン・インディ界の気鋭ショーン・ベイカー。リサーチ中に出会ったトランスジェンダーの女性たちを役者として起用し、厳しい現実を描くと同時に下ネタ満載の爆笑コメディに仕上げている。実生活でも親友同士の二人ならではの爽快なマシンガン・トークと絶妙な掛け合いに痺れ、最後に待ち受ける切なく美しい友情のかたちに、誰もがホロッとさせられるだろう。

キャスト
シンディ:キタナ・キキ・ロドリゲス
アレクサンドラ:マイヤ・テイラー
ラズミック:カレン・カラグリアン
チェスター:ジェームズ・ランソン

スタッフ
監督/編集/共同プロデューサー:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ
撮影:ショーン・ベイカー、ラディウム・チャン
製作総指揮:マーク・デュプラス、ジェイ・デュプラス

配給

ミッドシップ

劇場情報
1月28日(土)シアター・イメージフォーラムにて公開


公式ホームページ
www.tangerinefilm.jp/

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【執筆者プロフィール】
ミ・ナミ:Mi nami

架空の居酒屋「ミナミの小部屋」店主にして映画記者、もしくは映画館映写係。
「韓国映画で学ぶ社会と歴史」(2015年、キネマ旬報社)に寄稿。
韓国映画の情報サイト「シネマコリア」でも定期的に執筆中。@33mi99http://twitter.com/@33mi99


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