2017年3月31日金曜日

映画『リトル京太の冒険』評text井河澤 智子


「まれびと」と少年  


豊かな緑と、古い町並みが美しい群馬県桐生市。京太は「あの日」から黄緑色の頭巾が手放せない。

僕のsafeはこれで大丈夫。
お守りのように京太は頭巾をかぶる。

『リトル京太の冒険』 ©2016 Little Neon Films    

京太のお母さんはとってもいいお母さん。
子どもが負った「びっくり」の傷が癒えるのには時間がかかることをよく知っている。
お店を切り盛りしながら、繊細な子どもを明るく支えている。
けどそこまで納得するにはきっとけっこうお母さんも悩んだんだろう。

お友達の詩織ちゃん。
お父さんが心配性。
娘を放射能から守るべく、防災服を着せガスマスクをかける。家から出さず、部屋はびっちりテープで目貼り。
詩織ちゃん本人は結構冷静で、京太の前で防災服を脱ぎマスクを外し、外に出てしまう。

お父さんは追いかけてきて、力ずくで詩織ちゃんを連れ戻そうとする。それもまた親心。

ティム先生。
のどかなこの町に赴任してきた外国人英語教師。

いちどはここを離れたが、また帰ってきてくれた。 


『リトル京太の冒険』 ©2016 Little Neon Films    

京太はティム先生が大好き。先生と、英単語帳を片手におしゃべりするのが楽しみだ。

ある日、ティム先生のところに金髪の女の人がやってくる。
ひょっとして、彼女は?

さて。
ざっと登場人物と舞台を説明したところで。
この物語は、「まれびと」信仰が根底にあるのではないだろうか、と考えられる。
「まれびと」とは折口信夫が提唱した民俗学の概念で、簡単に言えば「時を定めて他から訪れる異界からの客人(すなわち神)」である。桐生の人々はティム先生を「まれびと」とし、歓待する。「アメリカさん」と呼んで。(町の人々の何気ないこのひとことは、実は大きな伏線である。)
この地には大きな災いがあった。そのせいか「まれびと」はいなくなってしまった。しかし、こうしてまた帰ってきてくれた。ということは、この地はもう安全なのだ。彼が帰ってきたからもう大丈夫なのだ。
もしくは、彼はこの不安な地から自分たちを助け出してくれるかもしれない、という期待。

彼と仲良くなっておけば安全である。彼がここにいるから安全である。彼を引き止めておくために皆は彼を歓待する。
彼も居心地良さそうである。全く言葉が通じないにもかかわらず。
京太の母とも仲が良い。

ティム先生を「アメリカさん」と町の人が呼ぶように、この町ではよそ者は珍しい存在である。「アメリカさん」が複数いたらティム先生は「アメリカさん」と呼ばれなくなるだろう。だからこそ、ティム先生は「まれびと」たり得る。

さて。そこにもう一人の外国人が現れる。ティム先生が恋人を呼び寄せて桐生に腰を落ち着けることにしたのか、と京太は色めき立つ。ひょっとしたら町の人々もそう思ったのかもしれない。
先生は町の人気者だ。スナックで「星条旗よ永遠なれ」をリクエストされるくらいの人気者だ。
しかし先生、今ここでアメリカ国歌をリクエストされても……なのである。町の人々、白人を見るとアメリカ人と思うのをなんとかした方がいいのではないか、と思ったが、それは先生がぶつぶつと「言うに言えない」と呟く優しさのせいかもしれない。それはしばしば優柔不断さと紙一重である。

先生は、ここに住み着くのではなく「いなくなる」。京太のショックは大きかった。京太はこのカップルに、桐生をもっと好きになってもらおう、ずっとここにいてもらおう、僕たちを守ってもらおう、と彼らを歓待する計画をあれこれ立てていたのである。それはまるで彼らを夫婦の神としてここを鎮守の森とするかのように。
ここはいいところだから、ずっといてくれるよね?
その思い込みの強引さは、全くもって相手の都合を考えない子どもたち二人の行動に見てとれる。
ふたりの「まれびと」の秘密を知ってしまった京太は混乱し、ティム先生をなんとかここに引き止めておこうと道無き道をずんずんと歩く。それはまるで、深い森の中で道を見失わせ、帰さない、というように。
ティム先生だけではない。京太も、しっかり道に迷ってしまった。

さて。
京太の中で「神格化」されたティム先生。この地が安全だから帰ってきてくれた人、不安なこの地から僕たちを助けてくれる人。あなたがいるから僕のsafeは守られているのに、どうして? どうしていなくなっちゃうの?

京太の心を守る。しかしこれは本来ティム先生が負う役目ではないのだ。
お母さんはそれまで何も言わなかった。しかししっかりとそこにいて、京太を守っているではないか。京太が安心できるように、その心の傷に寄り添ってくれているではないか。

「言うに言えない」でいたティム先生。彼の故郷にも、その国の行く末がかかった一大事が起きていた。ティム先生、実は「アメリカさん」ではなく、スコットランド人だったのである。スコットランドが独立か? その動きは、ティム先生にとっては、桐生--日本を襲った天変地異に匹敵する事態である。彼は、そんな時に故郷を傍観していられなかった。もっともである。

『リトル京太の冒険』 ©2016 Little Neon Films    


先生は、「まれびと--神」ではなく、ひとりのスコットランド人であった。
京太はひょっとしたら、ティム先生はそのような「特別な存在」ではなく、自分たちと同じひとりの人間であると理解し、自分の心に寄り添ってくれるのは、先生だけではなく、もっとも身近な--例えばお母さん、詩織ちゃん、詩織ちゃんのお父さん、町の人々、先生も含めた学校のみんな、そしてティム先生の後任である金髪のモーリー先生--たくさんの人々がいてくれることを感じ、ひとつ、肌身離さずつけていたお守りを手放すことができるようになった、のかもしれない。

ところどころに回想として挟まれる短編『京太の放課後』(2012)『京太のおつかい』(2013)ではあんなに小さかった京太。
この『リトル京太の冒険』ではそろそろ小学校を卒業する頃だろうか?

京太をこの場所から連れ出してくれるかもしれなかった、ティム先生。
先生は、ある日突然姿を消してしまう、神や精霊の類ではなかった。
そう遠くない未来、自らの足で、ティム先生の住む地へ降り立つ京太の姿が、見えるようである。


(text:井河澤智子)



『リトル京太の冒険』
2016年/83分/日本

作品解説
「僕のsafeを守るのはー?」“あの日”から防災ずきんを手放せなくなった子どもが抱く想いと成長を、優しさに溢れた視点で5年の歳月をかけ描いた大川五月監督の長編デビュー作。
あの日以来、どこに行くにも防災頭巾を手放さない群馬県桐生に住む12歳の少年・京太。単語帳を片手に町に戻ってきた大好きな外国人教師ティムや母・絹子と暮らすある日、海外からもう一人の訪問者がやってくるが、そこには重大な問題が。京太がとった行動は、あの日からそれぞれの心の奥にしまっていた記憶を呼び起こす…。

キャスト
出演:土屋楓、清水美沙、アンドリュー・ドゥ、木村心結、眞島秀和、ステファニー・トゥワイフォード・ボールドウィン

スタッフ
監督・脚本・編集:大川五月
プロデューサー:杉浦青
音楽:HARCO
撮影:千葉史郎
照明:上野敦年
製作:リトル・ネオン・フィルムズ

宣伝:キャットパワー

配給:日本出版販売

公式ホームページ
https://www.littleneonfilms.com/littlekyota

劇場情報
4月1日(土)シアターイメージフォーラムにて公開

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【執筆者プロフィール】

井河澤 智子 Tomoko Ikazawa

「あの日」あなたは、なにをしていましたか?
私は、あの頃図書館に勤めていました。
蝶の群れのようにポンポンひらひら舞い飛ぶ本を、あっけにとられて見ていた覚えがあります。
しばらくはコンビニでの買い物も大変でした。品薄で。
仕事終わって帰宅するといつも輪番停電に引っかかる。暖房使えないし、すっごく寒くて即布団にダイブ。電気つかないから夕飯もつくれない。
腹減った。夕飯は職場のポットを使わせてもらってカップ麺食うしかないな。
と思って、選ぶ余地もなくろくに見ずにカップ麺買ったんです、コンビニで。
仕事終わって。ひとり薄暗い中でお湯注いで3分待って、
啜り込んで
       ギャーーー

辛い!かっらい!
おまけにすっごくニンニクききすぎ!

あれはびっくりしましたね。
ちなみにこの映画の舞台である桐生とその職場、同じ震度でした。

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