2017年3月29日水曜日

映画『人類遺産』評text高橋 雄太

「人類以外の視線」


太陽系第三惑星・地球。かつてこの惑星には人類(ホモ・サピエンス)という生物が生息しており、文明を築いていたという。しかし、人類はすでにこの星に存在しない。ここにあるのは、人類滅亡後の地球に残された彼らの遺産の数々である…。 


例えば未来の地球を訪れた宇宙人ならば、この映画に登場するものと似た風景を目にして、冒頭のような言葉を残すのではないだろうか。『人類遺産』(原題:HOMO SAPIENS)を見れば、そんなことを想像してみたくなる。これは人類以外の視点を体験させる映画なのである。

この映画には数多くの廃墟が登場するのだが、廃墟は決して我々に縁遠い場所ではない。コロッセオ、アンコール・ワット、原爆ドーム、アウシュビッツ収容所などの歴史的な遺産は、世界的に有名な廃墟と言えるだろう。こうした歴史的遺産には説明がつけられていることが多く、私たちは現地を訪れる際に、それらの解説、さらに本や博物館で知識を得ることができる。そして廃墟になる前の姿、過去に存在したであろう歴史上の著名人や名もなき人々、さらに苦難を味わった人たちの物語に想いを馳せる。

『人類遺産』においても、冒頭に登場するドーム型建造物から始まり、病院や教会、東日本大震災の被災地と思われる場所の映像などから、過去のことをかろうじて想像することはできる(*1)。兵器の映像からは戦争への警鐘を感じることも不可能ではない。だが、本作には、遺産の情報を示す字幕もナレーションも一切なく、人間は一人も登場しない。今は廃墟となった場所にいたのはどのような人々なのか。なぜ打ち捨てられてしまったのか。本作から、遺産に隠された物語を読み取ることは難しい。情報の欠如と、「遺産」に存在したであろう人類の不在を前に、観客は物語への共感も、「諸行無常」という感傷にひたることも困難な宙づりの状態に置かれる。

一方、人類の不在とは対照的に動植物は存在しており、地球も活動し、自然現象も発生する。鳥はさえずり、植物は建物を侵食するように生い茂っている。風は木々を揺らし、雨は重力に引かれて降り注ぐ。人類の時は止まってしまったが、そんなこととは無関係に時間は流れ続けている。私たち人類は、前述のコロッセオや原爆ドームといった遺産を修復している。再建でも撤去でもなく、廃墟を廃墟のまま残すため、歴史を受け継ぐため、修復する。だが『人類遺産』における廃墟は、修復とも再建とも無縁に見える。人間がいない世界において、人類遺産は不可逆な時の流れの中にあり、容赦なく朽ち果てる未来に向かうのだろう。

人間の不在とは対照的に、この作品に必要不可欠な存在がいる。それは「人類遺産」を見つめる者だ。この作品は極めて恣意的に作られたものである。廃墟を正面から見据えるシンメトリーの構図、差し込む光とその軌跡を可視化する土煙。固定ショットの映像を包み込む音。廃墟を捉える美しい映像と音は、無造作に記録されたものではなく、不自然なまでに作り込まれたものであり、何者かが手を加えたことは明らかである。無論のこと、人間が排除された被写体を準備し、構図を定め、カメラの手前で視線を向けているのはニコラウス・ゲイハルター監督らである(*2)。だが、人類の消えた世界と人類から断絶した時の流れの中にあって、その視線は人類以外の存在を感じさせるものとなる。本文の冒頭では一例として宇宙人を挙げたが、知性と意識を持って人類遺産を見つめる者がいるのだ。

本作はドキュメンタリー映画に分類されるているが、実はフィクションでもある。劇映画のように架空の物語というフィクションではなく、反対に物語と人類の不在というフィクションであり、そこから生じる人類ならざる視線というフィクションである。すなわち、HOMO SAPIENS=人類という原題を持つ本作は、人類が主役なのではなく、タイトル通りに人類を客体化した作品、人間中心主義を脱した映画である。私たちはこの映画を見ることで、人類以外の視線と一体化し、来たるべき人類不在の地球をめぐる旅に出る。

さて、冒頭に述べた想像を続けてみる。『人類遺産』が本当に「人類遺産」として地球に残された未来、それを発掘した者はこんなふうに思うだろうか。

人類というのは不思議な生物だったようだ。反映していた時代に生きていながら、自分たちが滅亡した後の地球を映像に残していたのだから…。



【脚注】 

(*1)映画には福島県浪江町の風景が登場する(本作のパンフレット、3月11日上映後の佐藤健寿氏、岩崎孝正氏トークショーより)

 

(*2)監督らは、廃墟近くにいた人たちが写り込まないないように撮影したという。また、音声の中には映像とは別に追加したものがあるとのこと(パンフレット、同トークショーより)


(text:高橋雄太)




『人類遺産』
2016年/94分/オーストリア、ドイツ、スイス
原題:HOMO SAPIENS 

作品解説
『いのちの食べ方』のニコラウス・ゲイハルター監督最新作。撮影期間4年、世界70ヶ所以上の廃墟を撮影した作品。ブルガリアの共産党ドーム、東日本大震災の被災地、病院、ゴーストタウンといった数々の場所が登場する。放置され、朽ちゆく人口建造物の風景からは、人々が去った後もなお、不思議な息吹が感じられる。彼らが私たちに伝えようとしているメッセージとは何か? いま、時空を超えた人類遺産との対話が始まる。

スタッフ
監督・撮影:ニコラウス・ゲイハルター
編集:ミヒャエル・パルム
音響デザイン:ペーター・クーティン、フローリアン・キンドリンガー 
録音:アレクサンダー・コラー
プロデューサー:ニコラウス・ゲイハルター、ミヒャエル・キッツベルガー、ヴォルフガング・ヴィダーホーファー、マルクス・グラーザー

提供:新日本映画社

配給・宣伝:エスパース・サロウ

劇場情報
2017年3月4日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 

公式ホームページ 
http://jinruiisan.espace-sarou.com

*******************************

【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。本文中に挙げた遺跡のほかにイチオシは中国の雲崗石窟です。

*******************************

0 件のコメント:

コメントを投稿