2017年4月1日土曜日

映画『未来よ こんにちは』評text大久保 渉

「花に惹き付けられるようにして映画を見つめた」



もしも身の周りの人たちが自分よりも偉く見える日があったら、花を買って妻と親しめばいいと言う人がいた。桜の花があまりにも美しく咲いているのを見て、その樹の下には死体が埋まっていて人の血を吸っているんじゃないかと言う人がいた。本作の主人公は食卓に添えられた花束を見て、「慰めのつもり?」と言いながら怒って花をゴミ箱へと押し込んだ。またあくる日には、花が詰まった花瓶をそっと手にとってリビングの机の上に置き、一息つきながらソファーに寄り掛かって体を休めた。

花は人生の喜悲について回る。冠婚葬祭然り。花言葉は世界各国で異なるものの、それぞれに「愛」や「生」を唄っている。花が見る者の心を揺さぶるのは花自体が生殖を目的に艶やかに咲いているからなのか、それとも見る者の心象によるものなのかは難しい問いだけれども、いずれにしろ人は花を前にして何かを感じずにはいられず、花は人の傍で喜びも悲しみも等しく分かち合ってくれる。

本作『未来よ こんにちは』は、まるでそんな花のような映画だと思った。主人公を演じたフランス映画界の至宝イザベル・ユペールの凛とした立ち振る舞いに魅せられつつも、自らの人生にまで想いを馳せてしまう物語に惹かれる一作。可憐でありかつ素朴な映像の数々が、私の現在と未来にささやかな彩りをもたらしてくれる。


人は他人の立場に立つことができるのか? 映画が始まってすぐに表れる哲学的な一文と、目の前にいる被写体に惹きつけられるようにして向きを変えるカメラの動きが印象に残る。

哲学教師であり母である50代女性の主人公。高校の授業では、学生達から空しい瞳を向けられる。家に帰れば25年間連れ添った夫から突然の別れを告げられ、付き合いのある出版社からは自著の廃版についての話を持ちかけられる。娘息子は既に独立。目をかけていた元教え子の青年はふいに彼女をつくって田舎へと移住し、電話口からは老いた実母の飛び降り自殺の報が告げられる。

主人公にとっては予期せぬ出来事の連続であろう展開が繰り広げられる。しかし、人は他人の心を覗き見ることなんてできないのだから、突然周りが自分から離れていってしまうことなどさもありなんなのだろう。ただもちろん、そんな彼女の気持ちにだって、我々観客は勝手にかわいそうだなどと分かってしまえるものでもないのだろう。


移動中のバスの車窓から別れた夫と新恋人の仲睦まじそうな姿を見かけて、その偶然のタイミングに思わずぷふっと笑いだす。猫アレルギーと言いつつも、亡くなった母親が残した飼い猫を引き取ってネコなで声でよしよし愛でる。映画館で後ろの席に座る知らない男からいきなり体を触られて、普通にキレる。

主人公が教えの現場でモットーとしていることは「自分の頭で考える」ということ。目の前の出来事をどう受け止めていくのか。もちろん彼女の心の中まではさすがに分からないけれども、たとえ雨や嵐に吹き付けられようとも、腐らず、萎れず、泥だらけでも、自分の歩幅で一歩ずつ歩み続けるイザベル・ユペールの姿が、ただひたすらに美しく、愛おしく私の瞳に写った。

「気づけば、私、おひとり様?」――予告編に出てくるこの文言は、不幸の始まりか、幸せの予感か。人は彼女を見て「孤独」や「忍耐」あるいは「恰好いい」等々それぞれに異なった想いを巡らせるかもしれない。けれども、たぶんそれはすべてその通りでもあるのだろう。人によって、花を見て感じることはそれぞれに違うのだろうから。

喜びも悲しみも怒りも孤独も、感じたままに世界は変わる。

ただどうしても、落ち込んで落ち込んで仕方がないときは、花を買うか、本作のイザベル・ユペールの微笑みを思い返して、私は笑みをこぼしたい。

(text:大久保渉)

(C)2016 CG CinemaArte France CinemaDetailFilmRhone-Alpes Cinema


『未来よ こんにちは』
原題:L’AVENIR

2016年/フランス・ドイツ/102分

作品解説
第66回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊(監督)賞に輝いた『未来よ こんにちは』。『あの夏の子供たち』、『EDEN/エデン』など瑞々しい感性と柔らかな語り口で、弱冠35歳にしてエリック・ロメールの後継者と称されてきたミア・ハンセン=ラブ監督が今回の主役に据えたのは50代後半の女性。フランスの大女優イザベル・ユペールを想定して脚本を書いたというだけあって、彼女の魅力が最大限に引き出され、孤独や時の流れをしなやかに受け入れていくヒロインが鮮やかに誕生した。
パリの高校で哲学を教えているナタリー(イザベル・ユペール)は、同じ哲学教師の夫ハインツ(アンドレ・マルコン)と独立している二人の子供がいる。パリ市内に一人で暮らす母(エディット・スコブ)の介護に追われながらも充実した日々。
ナタリーには、才能を誇れる教え子がいた。彼、ファビアン(ロマン・コリンカ)は、ナタリーの授業で哲学の面白さを知り、教師になった若者。久しぶりに会ったファビアンは、既に教師を辞め、執筆をしながらアナーキスト仲間と活動を共にしていた。

キャスト
ナタリー:イザベル・ユペール
ハインツ:アンドレ・マルコン
ファビアン:ロマン・コリンカ
イヴェット:エディット・スコプ 

スタッフ
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
配給:クレストインターナショナル

公式ホームページ
http://crest-inter.co.jp/mirai/index.php

劇場情報
2017年3月25日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

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【執筆者プロフィール】

大久保 渉:Wataru Okubo

映画系文筆/映画館勤め/映画祭好き。執筆・編集『映画芸術』『ことばの映画館』『FILMAGA』他/ KAWASAKIしんゆり映画祭、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、各種映画祭にて活動中/神奈川県内の映画館にて勤務中。

Twitterアカウント:@OkuboWataru

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