2017年5月10日水曜日

「ともこの座敷牢」

『夜は短し歩けよ乙女』に関するいろいろなことなど


おおむね、人間は
アホ小学生あるいはバカ中学生もしくはボンクラ高校生そして腐れ大学生、さらにうっかり大学院に入院してしまった患者。
このいずれか、あるいはすべてに該当する。
筆者は見事すべてに該当している。

思い返すと、どこに出しても恥ずかしい立派なクズ人生であった。棺桶に収まる際にはその恥の多い生涯を走馬灯で強引に見せつけられ「やめれやめれハズい」と身悶え棺桶の壁をカリカリと掻き毟ることであろう。もっともお棺に入る前からとっくに腐れていたということを忘れてはいけない。
困ったことに、筆者が迂闊にも長いこと過ごしてしまった街に住まう者どもは、あまりに個性豊かであった。マイルドに表現したが、要はいろんな意味でオモチロイやつらばかりであり、筆者は己がクズであるとまったく自覚していなかったのである。類は友を呼ぶのだろうか、あの土地の奇怪さはバミューダトライアングルにも匹敵する。

腐れ学生も発酵がうまくいけば芳醇なナニカにでもなれるのだろうが、筆者の現状は発酵に失敗しすっかり饐えきっているといえよう。
街を行くオサレなカップルを見ると爆竹を投げつけたくなり、キャッキャウフフする若者たちを見ると「全力で爆ぜやがれ」と悪態をつき、そのくせ、まさに幸せ絶頂のお二人の門出を縁の下で寿ぐ職業に就くべく訓練を重ねている。とんだ矛盾である。もっとも ♡しあわせ♡ とはなんぞ? それって美味しいの? とんとわからないので訓練は遅々として進まない。
あの奇怪な土地に住まっていた時代、筆者の周囲は男女関係においてはむしろ充実しすぎてぱっつんぱっつんなやつらばかりだったのだが、筆者は見事蚊帳の外であった。なぜか。
これには明白な理由があるのだが、ここでは言及しない。本人が寂しくなるからである。

京都という土地もまた魑魅魍魎が蠢く土地である。多分。
多分というのは住んだことがないので断言できないからである。しかし、街中に閻魔大王直結ホットラインが存在し(その底には狸からカエルへと宗旨替えしたナニカが住まっているようである)、ラブホ街を抜けるとそこには夥しい念が層をなしてへばりついた縁切り岩が存在し(実はどうもいつも間違えて裏から参拝していた模様であった。ということは、表から参拝し縁切り祈願の後周囲に広がるのはラブホ街、というなんとも味わい深い場所であるということだ)(なぜ頻繁に縁切り神社に参拝する羽目に陥っていたのかは聞かぬが花)、鴨川の土手には等間隔の置物が常にあり、わが心の爆竹を存分に(以下略)
そりゃもう絶対要所要所に異世界への扉がパカッとしているに違いない。
森見登美彦氏の作品はおおむねそんな魅惑の土地、京都を舞台としており、その土地に住まう腐れ大学生が結構な割合で登場する。

筆者は、「太陽の塔」「四畳半神話大系」以来のわりかし熱心な森見登美彦作品の読者である。「四畳半神話大系」は太田出版のハードカバーを初版で所持しておるぞ。じまんではない。
3作目「きつねのはなし」まで知る人ぞ知る存在であった登美彦氏ではあるが、ほぼ同時期に出版された4作目「夜は短し歩けよ乙女」で一気にブレイクする。全く本屋大賞とは恐ろしいものであるが、おそらくこれは中村佑介氏による装画によるところも大きいと思われる。ロックバンド「アジアン・カンフー・ジェネレーション」のアルバムジャケットにより若者に浸透しまくったあの可愛らしいイラストがどどんと平積みになっていればそりゃ売れるわ。
かくして、登美彦氏の描くケッタイな大学生活は中村氏のイラストで読む者の脳内に再生されるようになったことと思われる。
 尚、今気づいたのだが、「乙女」も初版で所持しておった。驚いた。

登美彦氏は本屋大賞ノミネート常連となった。本賞はノミネート作も含め映画化率が非常に、ひじょーに高い。しかし、氏の作品は実写化はおろか映像化も容易にされなかった。文章のみで表現されるイメージの奔流は映像化困難であろう。本屋大賞御用達の俳優が演じるにふさわしいキャラクターが登場しないので映像化されないのでは、と考えてしまうのは明らかに邪推である。いささか底意地が悪い。

映像化は2010年「四畳半神話大系」がテレビアニメ化されるまで待たねばならなかった。※
キャラクター原案は中村佑介氏である。待ってました!
これが実に出来が良かった。あの怒涛のようなセリフに乗せて紙芝居のような可愛らしい画面が淀みなく動く。鬱屈した腐れ大学生が詭弁を流麗に撒き散らす。ああ、そうなのである! 大学生活とは薔薇色であるべきものなのだ! しかしそんなハッピーなキャンパスライフを送れない者も稀に、かつしばしば存在する。もしもあの時……
この作品は「もしこのサークルに入ったなら……」という妄想からパラレルな物語が展開する。待ち受けているのは薔薇色とは程遠いてんやわんやである。そして700枚という長編である。長い。長いが、パラレルな物語ゆえ、かなりの部分が重複する。コピp…… おや、こんな深夜に誰か来たようだ。

前言撤回すみませんでした(震えながら)。
とにかくこのアニメは主役「先輩」が素晴らしかった。浅沼晋太郎氏の見事なまでのセリフさばき、これぞプロの声優の仕事。あの速さで! 実に正確な発音で! ああ!
そして中村氏の世界観が可能な限り再現された賑やかな画面がとにかく楽しい。とにかく画面の情報が凄まじく多いがそれがうるさく感じられず、これは見事であった。

さて、それから早幾年。
ファン待望の映画化の話が舞い込んできた。
登美彦氏の出世作「夜は短し歩けよ乙女」が、「四畳半神話大系」スタッフ再集結で大スクリーンにどどんと!おぉぉぉぉぉ!やはりキャラクター原案は中村佑介!おぉぉぉ!
しかし筆者の中でひとつ懸念があった。キャラとしては前作を引き継いでいると思われる「先輩」の声優が変更されたことである。星野源氏が「先輩」役ですとな?

浅沼晋太郎のほうがいいんじゃないかなぁ。
旬の俳優使うのかよ。タイミングずれてたら高橋一生あたり使ってたんじゃねぇの?
いいからアジカンのゴッチ使えよ。
ビジュアルがああならゴッチでいいよもう!

思うところはいろいろあれど、森見登美彦作品、満を持して映画化! パチパチパチパチ!
筆者はあまりアニメを観ない。ジブリさえチョウロクに観たことがないので、細かいところはとんとわからぬ。
ただ、この妄想力、素晴らしい。文章だけで表現されたケッタイな諸々が形をとって目の前に繰り広げられる至福。大風呂敷を広げたイメージを視覚化するって、本当に素晴らしい才能なんだ。筆者、多分口元をほころばせて観入っていたと思われる。すげー。すげー。帰ってこい筆者の語彙力。語るべき内容にふさわしい言葉を持ち合わせていない貧弱な脳内辞書はとっととアップデートすべきである。
世界観はテレビアニメ版「四畳半神話大系」をほぼ踏襲している。ヘタレな大学生と黒髪の乙女。おかしな学生たちと学内組織。男子学生を悩ませるジョニー。そんな腐れ学生どもの世界に、この『乙女』からは京都の深淵にどっかりと住まう異世界の住民が絡み始める。「四畳半神話大系」ではよくわからぬ大学8回生だった人物が、ここではそんな魍魎の類であることが示される。それまで大学とその周辺で結界を張られ、内に閉じていた「異界」が、街中に風呂敷を広げ始めたのは、この「夜は短し歩けよ乙女」からなのかもしれない。その後登美彦氏が描く京都の街は糺ノ森の狸たちをも巻き込み、「有頂天家族」へと続いていく。

源さんについては、やはり先輩は続投が良かったなぁと思う場面もあった。まぁプロの声優とがっつり絡み、かつ早口の長ゼリフがあったので仕方がない。しかし、ミュージカルシーンに声優として登場した新妻聖子氏は流石であった。あの無駄に壮大なナンバー、なにかに似ていると思ったら、かの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」である。機会があったら是非ハナウタを歌いながらご鑑賞いただきたい。はた迷惑なこと請け合いである。

そして、こりゃどう見てもゴッチだろう、という先輩だが、一瞬「あ! 登美彦氏に寄せてる!」と感じた場面がある。
お前ら、爆ぜろ。
おともだちパンチを喰らわせてもよろしいか。
京都には縁切りどころもあるが縁結びもござる。こうして出逢ったのも、何かの御縁。

森見氏の作風はしばしば「マジック・リアリズム」にも例えられる。マジック・リアリズムといえばガルシア=マルケス。筆者、どこかのお宅のベランダから華麗にシーツが吹っ飛んでいく光景を見るたびに、ああ、こうしてシーツを掴んだまま風に乗って消えていった娘がいたなぁ、と「百年の孤独」の一場面を思い出し、遠い目で青空を眺めるのである。

さて、医者の往診の時間である。

※実は、森見作品の舞台化は映像化より早かった。2009年に「夜は短し歩けよ乙女」がアトリエ・ダンカンプロデュースで上演されている。


『夜は短し歩けよ乙女』

2017年/93分/日本



作品解説

「四畳半神話大系」「有頂天家族」などで知られる人気作家・森見登美彦の初期ベストセラー「夜は短し歩けよ乙女」をアニメーション映画化。監督は、テレビアニメ化された「四畳半神話大系」湯浅政明。同じく「四畳半神話大系」も手がけた、劇団「ヨーロッパ企画」の上田誠が脚本を担当。

クラブの後輩である”黒髪の乙女”に思いを寄せる”先輩”は今日も「なるべく彼女の目に留まる」ことを目的とした「ナカメ作戦」を実行する。春の先斗町、夏の古本市、秋の学園祭、そして冬が訪れて…。

京都の街で、個性豊かな仲間が巻き起こす珍事件に巻き込まれながら、季節はどんどん過ぎてゆく。外堀を埋めることしかできない”先輩”の思いはどこへ向かうのか?


キャスト

先輩:星野源
黒髪の乙女:花澤香菜
学園祭事務局長:神谷浩史
パンツ総番長:秋山竜次
樋口師匠:中井和哉


スタッフ

原作:森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」(角川書店)
監督:湯浅政明
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクター原案:中村佑介
キャラクターデザイン:伊藤伸高
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
制作:サイエンスSARU
製作:ナカメの会
配給:東宝映像事業部

公式サイト

http://kurokaminootome.com


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「ともこの座敷牢」とは

「ことばの映画館」舞台の奈落の奥底に閉じ込められている奇人が漏らすうめき声およびたわごとを記録するフィールドワーク。その記録は特に重要なものでもなんでもないので特に資料として保管される必要はまったくない。
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