2017年6月16日金曜日

映画『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』評text岡村 亜紀子

「ふたりということ」


 近年カップルを捉えたドキュメンタリーが多く製作されていて、いずれもそれほど著名人ではないカップルが出演している。ドキュメンタリーというミニシアター系に分類されると考えられるジャンルにおいて、ミニシアター系作品の一部の傾向――人々の生活や身近な内容または実験的な作品が多い――から、出演者が著名でないということはごく自然な流れなのかもしれない。その中でもカップルを題材にした作品は、よりミニマムでパーソナルな世界を映している。
 公開中の『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』は、どこかその趣を異にしているように思われる。

 絵コンテ作家ハロルド・マイケルソンと、名リサーチャーであるリリアン・マイケルソンの夫婦は、1960年代以降のハリウッド映画を支えた“パワーカップル”だ。しかし彼らが関わった多くの映画には、製作に多大な貢献をしたにも関わらず、その名がクレジットされていない。映画界の誰もが知っていながら、(世間の)誰も語らず、しかし誰もが彼らに仕事を頼みたがる……という興味深い人生が、時間を遡りながら近年の映像とアニメーションを交えて映されていく。
 ハロルドの絵コンテを想起させるアニメーションは、パトリック・メート(*1)によって製作されており、監督のダニエル・レイムは「映画を通じてリリアンや関係者が語る話と資料が物語る歴史に、私が脚本で伝えたかった想いが新たな「絵コンテ」として作品に加わりました」と語っている(*2)が、脚本を読み込んで描いたハロルドの絵コンテが映画の伝説のショットとなったように、そのアニメーションはただ可愛らしく楽しいだけでなく、ふたりの人生を豊かな映像としてわたしたちに届けている。
 監督は作中のアニメーションについて「多くの人が満足するドキュメンタリーを作るためには、時に、自分の解釈を物語に入れる必要があると思いました。それは、もしかしたら絵描きがポートレイトを描く時、絵描きの目の前にいる実際の姿以上に自分が被写体に込める想いも付け加えてしまうというクリシェと近いと思っています。」(*3)と語っている。ドキュメンタリーである中にかすかに香る物語性……。そう、本作にはすこしつかみどころがないチャーミングさがある。ふたりの半生であり、彼らに関わった誰かの人生であり、観客もふたりが関わった映画を通して彼らに触れているとも言え、ミニマムでマキシマムな世界が描かれている。

 ハロルドとリリアンのカップルがどのようにハリウッドで映画に携わり、一体どんな夫婦だったのか、互いに与えた影響――どんなふたりだったかを映画は丁寧に伝えていく。
 ハロルドが撮影前に描いたコンテを見て実際のシーンを見ると、コンテがそのまま再現されたかのような映像に驚かされる。一瞬の「画」ではなくキャメラの移動に関する部分までもコンテには描かれており、それがそのまま採用された作品(『卒業』)や、アイディアマンとして美術的な側面に影響を与えたりもしている(『スタートレック』)。中でも驚いたのは『大統領の堕ちた日』という作品で、ビルから堕ちる大統領が巨大な星条旗を引き裂きながら堕ちていく絵コンテである。そしてその撮影困難に思われるコンテを再現したシーンは迫力に満ち、示唆的なものになっている。イマジネーションだけでなく実際に撮影することを考えられたコンテを描くこと――それがハロルドの凄さだと関係者は語る。

 本作は一見、後日談的に思われる内容ながら、決して懐古性に満ちた作品ではない。
 インタビューを中心にハロルドとリリアンのふたりの人生を追いかけていく本作の根幹をなすのは、「事実」というより「記憶」という一見不確かにも思えるものだ。相互的なものではなく、各個人の視点へアプローチしながら、彼らに触れていく。それはふたりを通して、彼らに関わった人々へ触れていくことでもあるのだろう。そこにあるのは決定的な真実というよりも、もっと柔らかく、あいまいなものであり、その感触はなにか捉えどころがないようにも思えるのだが、ふと人間がなにかを知ること、なにかに出会うことの感触に似ていると思う。その感触をそのまま写し取ったかのようにも感じられる本作を通して、ハロルドとリリアンに、わたしたちは普段誰かに出会う時のようにして映画を通して出会う。
 そして彼らふたりの物語――その生い立ち、出会いから夫婦となるまで、ふたりで切り開いて来た半生、彼らが困難に出会いながらも前に進み続け成し遂げたことがら、そして現在――が、逸話であることは間違いないのだが、心に刻み込まれるのは、特別な才能を持ったカップルという印象よりも、彼らの半生に触れることで感じる幸福感とも呼ぶべきもの、である。観客それぞれの響くところに響いていく……、そんな物語は、どこかふたりが人生を捧げた映画に似ている。出演者であるリリアンが徐々にヒロイン性を帯びていく様子もまた、映画的である。

 ハロルドを仕事の上でも家庭でも支えたリリアンは、リサーチャーであり、妻であり、母であった。中盤からは彼女のインタビューが増え、映画で描かれた半生に対する彼女自身の告白や当時の感情が語られる様子を見ることが出来る。次第に映画の中で、リリアンの物語が立ち上がっていく。
 作中、リリアンが「フィクションである映画の物語の背景にリアリティーを込めたかった」というようなセリフがあった。養護施設で育ち、本の世界に没頭していた幼少期に、施設を脱走しようとしてうまくいかなかった経験を、リリアンは「本の世界と違って現実はあまくなかった」と言う。現実とフィクションの境目を理解しながらも、彼女は本を愛し続けたことが、育児中のあいまに本を読むことで救われていたというエピソードからわかる。ハロルドを通して、映画の世界で働き始めた彼女は「ウソが真実になる」と映画を評していた。その為に、彼女は尽力し続けたのである。
「わたしの生い立ちでは、戦い(fight)し続けるしかなかった」と語る彼女はとてもチャーミングに柔らかい表情で、時にキラリと瞳を光らせて、その半生を振り返る。「わたしたちはふたりでひとつ(team)だった」と、ハロルドとの関係を語る。自分の人生を。こんな幸せなことあるかしら、と。

 映画の都ハリウッドの黄金期、あるカップルがいた。
 彼らの「仕事」と同様に、そして映画の物語のように、その人生も様々なドラマに満ちていたこと、そしてごく普通に幸せだったこと。その2つを同時に見せてくれる本作は、映画の魔法に満ちた希有なドキュメンタリーかもしれない。そしてふたりと同じように、監督や出演者、メインスタッフ以外の、映画に携わる多くの人々の存在もまた、感じられるのである。
「ハリウッド映画業界は殺伐とした雰囲気だ」と語る関係者のインタビューでは、ハロルドが後進を育てる為に、後年ドリームワークスで自分の技術をおしみなく教えたことを伝えていた。ドリームワークスのヒット作『シュレック』シリーズでヒロイン・フィオナ姫の両親(国王と王妃)の名はハロルドとリリアンである。暖かみを感じられずにはいられないエピソードである。
 また、ハロルドが多大な影響を受けたというヒッチコック監督の代表作『鳥』のDVDを本作観賞後に見たところ、特典映像としておさめられたスタッフインタビューの中にハロルドのインタビューが収録されていたのである。なんだか知人のおじさんに出会ったみたいに少し興奮してしまった。
 本作を観ると、ふたりの関わった多くの名作が紹介されていて、改めて見たいと感じたり、本作をきっかけに未見の作品を見てみようと思うきっかけとなるだろう。それはハロルド&リリアンへの敬意に満ちた本作と、観客のこころが通い合うときかもしれない。

*1 パトリック・メート
ドリームワークス・アニメーションとソニー・ピクチャーズアニメーションでシニア・アニメーション・アーティストを務める

*2、*3 参照元:プレス資料

(text:岡村亜紀子)



『ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー』
2015年/94分/アメリカ

作品解説
映画『十戒』でモーゼが海を割り奇跡を起こす名シーン、ヒッチコックの『鳥』で逃げ惑う人々を鳥たちが襲うシーン、青春映画『卒業』でミセス・ロビンソンが自宅に呼びベンジャミンを誘惑するあのシーン……。ハリウッド全盛期に誕生した数多くの名シーンのもとにはハロルドの絵コンテとリリアンの映画リサーチがあった。
映画をこよなく愛し、ハリウッドの巨匠たちからも愛された絵コンテ作家ハロルドと、映画リサーチャーのリリアン。愛と情熱だけでなく、創造性とアイディアを分かち合った知られざる夫婦の心温まる感動的なドキュメンタリー。

出演
ハロルド・マイケルソン
リリアン・マイケルソン
アルフレッド・ヒッチコック
フランシス・フォード・コッポラ
メル・ブルックス
ダニー・デヴィート ほか

スタッフ
監督/脚本:ダニエル・レイム
プロデューサー・編集:ダニエル・レイム/ジェニファー・レイム
エグゼクティブ・プロデューサー:ダニー・デヴィート
アニメーション:パトリック・メート
撮影:バティステ・フェンウィック/ダニエル・レイム
音楽:デイブ・レボルト

配給
ココロヲ・動かす・映画社○

劇場情報
YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中

公式ホームページ
http://www.harold-lillian.com/

*******************************

【執筆者プロフィール】

岡村 亜紀子:Akiko Okamura

1980年生まれの、レンタル店店員。勤務時間は主に深夜。
このごろ通勤中に読書をするようにしています。
最近のヒットは『鳥の巣』(シャーリイ・ジャクスン著)。
知られざる傑作、埋もれた異色作をジャンル問わず、本邦初訳作品を中心に紹介するというシリーズ(ドーキー・アーカイヴ/国書刊行会)の一冊だったようです。
今後のラインナップも楽しみです。

*******************************

0 件のコメント:

コメントを投稿